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基本的に、森の中だし、どこでもいいような……。それとも、休憩に適した場所でもあるのだろ
うか?
「あぁ……。そこか……」
エルクから、なんだか残念そうなつぶやきが聞こえた。
「少し道からそれるけれど、もう少し先に行ったところに、小屋があるわ」
「そこで休憩?」
「いいえ。そこは、木こり小屋よ。その周辺に、泉があるわ」
「ひっ……」
エルクが小さく悲鳴を上げた。
「ん? 何か、あるのか?」
「気にしなくていいわ。そこは、『回復の泉』と呼ばれ、神聖な場所、と、されているわ」
なんか、遠回しな言い方。
「名称はともかく、そんな場所に立ち入っていいのか?」
「構わないわ。その昔、屈強な木こりたちが、仕事終わりにそこで水浴びをしていたのよ。それを
見た村人が、あんまりな雰囲気に、いつしか『回復の泉』と呼ぶようになったわ」
「一説によると、あまりの『アッー!』な雰囲気に、誰も近づけさせないように神聖化されたとも
言われるわ」
エルクが余計なひと言を付け加えた……。
「うわっ! なんか、行きたくねえ……」
「だったら、行くの、やめる? 疲れた身体でそのまま歩き続ける?」
「行かさせていただきます……」
小屋はほどなく見つかった。
かなり朽ちてはいるが、見た目、一応小屋としての機能は残っているようだ。
小屋の脇の小道を進むと、泉が近くにあるのが見えた。
泉の方に近づく。
「ここか?」
「そうよ。見ての通り、普通の泉よ。ここでしばらく、休憩にしましょう」
ヴィンセントとエルクが背中から降りる。
思い思いの方向で座り、休憩を始める。
……っていうか、あいつらは、いらないだろ。
オレは、泉の方に進む。
「木こりの『アッー!』な経験をしたいの?」
「うるさいぞ、エルク。飲めるかどうか、確認したいだけだ」
片手ですくい、臭いをかぐ。
特別に変な臭いもしない。
「飲めるのか?」
「確証はないわ」
そうッすか……。
水は、かなりの透明度を誇り、見た目に、危険なものが混ざっているようには思えない。
水を口に運ぶ。水特有の甘さと柔らかさが口に広がる。
「確かに、回復だな……」
「何が?」
「水が……」
それから、オレは、木陰に横たわり、木漏れ日を見つめた。
眠るつもりはなかったが、朝が早かったせいか、うたた寝をしてしまった……。
……っ!
唐突に顔面に閃光が走り、声にならない叫びを上げた。
「いつまで眠っているのかしら?」
な……なんだ……?
薄目を開ける。
昼をだいぶ回り、夕方に向かいつつある空。そして、馬乗りになり、左手を振り上げ、平手打ち
の前動作を取るヴィンセント。
「ちょっ……おま……っ!」
再び顔面が火を噴いた。
「ようやくお目覚めね」
オレたちは……、もとい、オレは再び歩き出した。
「最後の一発は、絶対余計な一発だったと思うんだが?」
オレは、平手打ちをされた顔面をさすりながら、皮肉交じりに抗議する。
「あまりに気持ちよさそうに眠っていたのだから、ついやってしまったわ」
「つい、で、そんな起こし方はしないと思うけど……」
エルクが同情混じりに援護してくれた。
再び、道に戻り、村を目指す。
「ところで、ヴィンセント、お前、魔法、見たことあるのか?」
「なんで?」
「さっき言ってた魔法、戦いが本格的になる前に、見せてやろうか?」
「遠慮しておくわ。これから、見せてもらう機会はあると思うし、それで消耗してしまっては、今
から行われる戦闘に、耐えられるかわからないわ……」
そう言って、視線を遠くに向ける。
それにつられる形で、正面を見る。
なるほど……。
「どうする?」
正面には、今朝襲ってきた、黒い騎士だ。
答えはわかっているが、念のため、訊く。
無言で降りるヴィンセントとエルク。
「へぇ~。あの剣……。だったら、今のうちに叩いておく必要があるわね……」
エルクも構える。
「あなたは、無理をしなくていいわ」
「祀りと関係あるなら、私だって関係あるでしょ? それに、あの剣なら、早めに倒さないと、後
悔しそうだし」
「そうね。祀りが始まってしまったら、決まりで従者に攻撃ができなってしまう。今のうちに、叩
いておけば、それだけ有利に祀りを進めることができるわね」
剣を抜き、盾と共に構えるオレ。
さて、どうしたものか……。
今朝の襲撃から、だいぶ時間が空く。何度も襲撃のチャンスはあったはずだが、なぜこのタイミ
ングだろうか。
「いいな。倒すけど、殺すなよ」
敵ではあるが、目的と素性がわからない以上、殺めるわけにはいかない。もちろん、知りたいと
いう好奇心もある。
ヴィンセントとエルクも構える。
黒騎士が動く。
剣を下から振り上げ、動きの途中で、剣を持ち替え、突きのような形を取った。
最初の動きだけで判断すると、突きで討たれる。
相手の突きを叩き落とす。
すると、叩き落とされた勢いを利用し、剣を左手の逆手で持ち直し、切り付けてくる。
反射的にオレは、左足を引き、回転するよう身体を動かし、左手の盾で防ぐ――。
金属音と共に、重い衝撃が左手から伝わる。
ヴィンセントとエルクが動き、魔力を高めた。結晶が輝く――。
「チっ!」
黒騎士は大きく舌打ちをする。
「さすがに、分が悪い……」
黒騎士が地面を蹴り、オレに身体をぶつけるような状態になった。
「なぜオレを狙う」
「――っ!」
黒騎士は一言強い口調で言うと、大きく間合いを取り、村の方に走り出した。
「おいっ!」
別に戦闘を望んでいるわけではないが、ファーストコンタクトだけで退散するとは思っていなか
ったため、かなり拍子抜けしてしまった。
「意外に早かったわね」
「倒すつもりだったのに……」
「あなたの力では無理よ」
「そりゃ、そうだけど……」
ヴィンセントとエルクの会話をしり目に、オレは、黒騎士が後退する直前に言っていた言葉が、
頭から離れなかった。「オマエノチニキケ!」……。
「ヴィンセントに訊くけど、その、オレを、従者に選んだ理由はなんだ?」
「え?」
方向は、黒騎士が逃げていった方向だ。
「最初に会ったとき、なんか、オレを待っていたようなこと言ってたからさ」
確かに、オレは、特殊な能力を持っている。しかし、それは、一般に知られているようなもので
はない。だが、ヴィンセントは、知っていたような感じもした。
「そうね。今回の目覚めのとき、私の村の村長に会ったわ。そのときに、強力な力の持ち主がいる
と聞いて、街に向かったわ」
「村長? お前の、村のか?」
「そうよ――」
すでに地図から消えてしまった村だ。当時の人間など、生きているはずがない。いや、それ以前
に、オレはその村の村長と知り合いではない。
「私も、最初は驚いたけれど、どうやら、村長も、私たちと同じく、使い魔の呪いで生きることを
強制させられたようね……」
おそらく、巫女の祀りの後見人、祀りを取り仕切る神官の役割が村長なのだろう。
ヴィンセントの話では、村で会ったのではなく、他の場所で偶然再会したのである。そのとき、
村長は、村を目指すということを話していたそうだ。
村長が、オレを知っている、ということか?
日は大分傾いてきている。
今回の移動は、調査を目的とているため、大部分の荷物は置いてきている。今道具袋に入ってい
るものは、灯り用の発光石と、それを入れるランタン、それから、食糧くらい。
発光石と金槌を取り出し、発光石に衝撃を与える。
金属音が響き、衝撃により、石が青白く周囲を照らす。これは、いわゆる魔力道具の一種で、衝
撃を加えると、石の中の魔力が放出され、光を放つものだ。
発光石は、いわゆる、魔力道具の一種で、何かの衝撃を加えると光を放つものだ。
石をランタンに入れ、歩き続ける。
「この感じ。たどり着いたわ」
ヴィンセントがつぶやく。
「ここを抜けると、エルたちの村よ……」
エルクも呼応した。
よくわからないが、ここにきて、何故か懐かしいようなそんな感覚に襲われた。この感覚は、帰
国したときのような、そんな感じに近い。
森を抜ける。
景色が広がる。
均整の取れた家が連なる――。
活気が溢れた村――。
村の少女が、「おかえり」と、声をかけてくる――。
子供たちが村の中心の広場へ駆け出す――。
商人たちが商売に精を出す――。
「え……?」
そんな風景が、一瞬だが、脳裏に浮かんだ。
「何かしら?」
驚いているオレに、ヴィンセントが声をかけた。
「いや……」
実際は、当時の面影というものは、皆無であった。
「想像はしていたけど……」
エルクは、声を詰まらせながらつぶやいた。
「ここ。……広場。昔……よく遊んだわ」
黄昏時を越え、夕闇が支配している。
ヴィンセントが、記憶を頼りに案内する。
ほとんどの建物が、廃墟となっている場所で、少し開けた、場所を指さした。
広場を抜けると、建物の廃墟が多くなる地区に入る。
「ここから先……。人が住む地区。……そこを抜けると、守護貴族の居住地区……」
多くの廃墟がある場所を抜けると、建物の形状を残している家が数棟ある。
ヴィンセントは、まったく目を合わせずに、淡々と案内を続ける。
「あの……ヴィンセント?」
エルクがヴィンセントに話しかけた。
「自分の家、見たいのね?」
「うん……」
「私も、自分の家を見てくるわ。そうね……。村長の、家で……」
エルクは、ゆっくりオレの背中から降り、夜の闇に消えていった。
村長はおそらく、自分の家にいる。
しばらく歩き、ヴィンセントが不意に背中から飛び降りた。
「ここが、私の家よ」
しっかりとした作りの二階建ての建物。
「いつ……振り、かしら……?」
長い年月のためか、ドアが開かず、かなり力を入れて、強引に開けて、中に入る。
内部は、荒らされているような様子はなかった。家の中の装飾品の類はなく、シンプルな様子で
ある。
廃墟特有の「倒れた家具」や「壊された家具」、「落書き」といったものが一切ない。
ヴィンセントが、階段を上がり、一階に上がる。
オレもその後ろに続く。
階段で一瞬考える――。
大丈夫か?
確かに、見た目は頑丈そうなものだが、長年使われていないとなると、当然腐食が起こっている
可能性もある。
慎重にヴィンセントの後に続いた。
廊下をしばらく歩き、そこで止まった。
「ここが、私の部屋……」
扉を開ける。
長期間使われなかった独特の臭いがするが、きれいな部屋だ。
家の大きさの割に、シンプルな家具が備え付けられている。
「本当に、貴族か?」
シンプル、つまり、家具からは、高貴な感じがしないのである。
「私の家は、元々は普通の商人の家だったわ。事業に成功して、没落した守護七貴族の代わりに、
守護貴族となった。だから、私が元々使っていた家具などは、普通の家具よ」
やれやれといった感じの返しをするヴィンセント。
「まあ、私の家系と、私の従妹のティルツの家系が、そうやって守護貴族になったわ」
「ティルツ?」
「私と同じように、巫女よ」
ヴィンセントが、部屋の中央に向かう。
ベッドに触れ、ため息をつく。
「埃がなければ、ここで横になりたい気分だけれど、さすがに厳しいわね」
「そうだな……」
周囲を見渡すと、机の上に何か、メモのようなものが置いてあるのに気付いた。
ヴィンセントの身長では見えない位置だった。
「ヴィンセント、これ……」
メモを取り、ヴィンセントに渡す。
そのメモに目を通す。
「ごめんなさい。しばらく、一人にして欲しいのだけれど……」
オレは、部屋を出て、ドアを閉め、下の階に降りた。
どれくらいの時が流れたかはわからないが、しばらく下階のロビーの椅子に座っていると、ヴィ
ンセントが降りてきた。
「終わったか?」
ゆっくりと階段を降りながら、オレと視線を合わせずに、ヴィンセントは答えた。
「えぇ……」
そして、到着すると大きくため息をついてつぶやいた。
「行きましょう……」
村長の家に向かう。
ひょっとしたら、何百年振りの帰郷になるのかもしれない。何か思うところがあるのだろう。し
ばらく何を話したらいいのかわからない、重い沈黙が包み込む。
すると、前の方から、エルクが歩いてきた。
うつむき、暗い表情。昼間の雰囲気からは想像もできないほどの暗さだ。
「早かったわね」
「……」
ヴィンセントの問いにも、答えたくないといったような表情だ。
エルクの眼は赤く腫れている。
「行きましょう……」
エルクが黙って、小さくうなずいた。
エルクが加わったとはいえ、この暗くて重い空気はどうにもならない。
「村長の家なら、泊まることもできるだろうし、調査も明日の方がいいでしょ?」
「そうしてくれると助かる。一応野宿も考えていたけど、普通の家が残っているなら、それを利用
しない理由がない」
ヴィンセントが、村長の家に案内する。
途中まで歩いたとき、何かを煮詰めるの香がしてきた。
「どうやら、ヴィンセントの狙いは正しかったようだな」
村の端。場所としては、村に入ってすぐの広場を右に曲がった先である。
人が住む場所とはまた、少し離れていて、ちょっとした広場のようにも感じられる広いスペース
がある。そして、家の付近には、祭事を執り行うような、祭壇のような、舞台がある。
その家には、明かりが灯されていて、煙突からは、湯気なのか、煙のようなものが立ち上がって
いる。
「この家は、代々村長に任命された人が住む家だわ」
そう言って立ち止まる。
代々ということは、宿舎のようなものか。
「村長は、基本的に、前の村長からの推薦で決まるわ。そして、祀りを執り行ってから、次の村長
が任命され、引き継がれる」
「ここに住んでいるのは、エルも知っている村長。そういうことね、ヴィンセント」
ドア付近まで歩く。
「やっぱり知らない人が住んでいたりして」
「こんなときに、意味の分からない冗談を言わないで頂戴、エルク」
そして、ドアノブに手を掛けようとした、その瞬間、ドアの中から声が響いた。
「わかっている。中に入ってくるがいい」




