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Kiss in the Doll  作者: 香音
8/19

8

 翌朝。早朝――。

 春先で、まだ日が昇るのがそれほど早くはない。

 薄暗いが、灯りなしでも、問題はない。深い霧がなければ、の話だが……。

――弦楽器の静かなハーモニー――

――神秘的な音の重なり合いが聞こえてきそうな、ミステリアスな早朝だ――

――はっきりとしたオーボエやハープの音が響く――

 そんな感じがするを朝を、最悪な目覚めが訪れた……。

「ぐゥごへッ!」

 いきなりの鈍い衝撃に、わけのわからないうめき声を上げ、飛び起きる。

「ようやくお目覚めね」

 そのままベッドから転げ落ち、腹を押さえ、こみ上げてくる「パワー」を抑え込む。

「気持ちよく……眠っている……人に、なんて起こし方を……、するんだ……!」

「ベッドの端の支柱から、飛び上がり、肘をあなたのお腹に叩き込んでやったわ」

 ヴィンセントは、首を掻っ切る。

「方法のことじゃねえよ! 朝っぱらから臓物口からまき散らすところだったじゃないか!」

 最悪な寝起きだ。

 いつものように準備をし、外に出る。

 霧が濃いとはいえ、朝の雰囲気は、さわやかだ。

 ヴィンセントを背負い、一歩踏み出す。

「今更だが、もっとマシな起こし方はなかったのかよ」

「あれでも、初めのうちは普通に起こしていたわ。なかなか起きなかったのだから、当然の報いよ。それとも、両膝を落としてほしかったかしら?」

 ……。

「思ったより、霧が濃いわね」

「この時期は仕方がないよ。昼と夜とでは、暖かさの差がある。もうじき春が来る、と思えば、この霧もありがたいもんだよ」

「春か……。何回目、かしら……」

 ヴィンセントが遠い目線でつぶやく。

 道が大きく開ける。

 しかし、まだ朝が早いということもあり、店の類は一切開いてはいない。

「ここを真っ直ぐ行けば、城門に辿り着く。ハァ~……。背中の人形について訊かれたら、どう答えればいいんだろう……?」

「そんなの、ありのままを話せばいいじゃない」

「信じてくれる自信はない。まあ、『腹話術士だ』とでも言っておけばいいか。そのときは、適当なこと、話してくれよ。一般の人は、オレほどこういうことに、耐性はないんだから」

「わかったわ」

 ヴィンセントがうなずくと、正面から人が歩いてくるのが目に入った。

「こんな時間に?」

 濃い霧のため、詳しくは見えないが、目の前の人影は、腰に差していると思われる剣を抜いたように見えた。

「グランノース特務隊にして、王家直系の王位継承者……」

 女――?

「悪いけど……アンタに死んでもらいにきた」

 反射的にヴィンセントが飛び降り、オレは、剣を抜き、盾を構えた。

 黒い人影が走り出す。

「あっ!」

 信じられない速さで距離を詰められる。

 霧を切り裂き、剣が伸びる。

 反射的に、剣を振り上げ、相手の剣を払う――。

 相手の姿がわかる。

 フルフェイスの兜をした、全身黒ずくめの鎧を身に付けている。

 相手の右腕が浮いたが、瞬間的に剣を持ち替えて、逆手の状態で、切り付けてくる。

 左手の盾から鈍い衝撃と金属音が響く。

 相手の勢いを殺さず、盾で、そらす――。

 そらすときに一瞬だけその剣が視界に入る。

 勢いそのままに、想定外の方向に身体が飛び、バランスを崩す相手。

 殺すつもりはない。だが、殺されるつもりもない。

 バランスを崩した相手の背後から、剣を首筋に当てる。

「これ以上、やるつもりはない。何者だ?」

 緊張感が生まれる。

「チっ!」

 すると、相手は大きく舌打ちをし、地面すれすれの高さまで身を屈めると、地面を転がるように回転し、こちらに向かって地面を蹴った。

「うっ!」

 相手のタックルをまともにくらい、後ろに倒れこむオレ。

「次は、殺す…」

 そう吐き捨てると、霧の中へ走り去っていった。

「なんだったんだ……?」

 霧の中、空を眺める……。

「終わったようね」

 ヴィンセントが近寄ってきた。

 ゆっくり立ち上がる。

「何か心当たりは? あの女も、早朝に歩いていただけで、『殺す』とは、言わないはずよ」

「まあ、王族ということで、狙われる可能性はあるけど、基本的には、ないな」

 人間、生きていれば誰かしらからか恨まれることはあるし、思わぬところからも恨まれる可能性はあるが……。

「そう、ね……」

「それにしても、あいつの剣……」

「わかっているわ。私と同じ力を感じた」

「ということは……」

 言葉を続けようとしたが、ヴィンセントの表情がそれを続けさせなかった。

 オレは再び、ヴィンセントを背負い、城門を目指した。

 意外にすんなり、街の外に出ることができた。

「それにしても、あいつら、背中のヴィンセント、完全にスルーだったな」

「それに関しては、私がなんとかしたわ」

「それ、どういう……?」

「簡単なことよ。あなたの家族同様、私が発している香りで、操ったわ。今回は、『背中の私は気にするな』という風に」

 って、おい!

「クリスも、お前が操った、ってことかよ」

「操るというのは、人聞きが悪いわ」

 初めから言ってくれよ……。

 霧もすっかり晴れ、春の日が照らす頃、ヴィンセントが声をかけてきた。

「忘れないうちに聞いておくのだけれど、いいかしら?」

「なんだ?」

「あなたの言う、魔法って、どのようなもの?」

 「忘れないうちに」と言っていたから、なんのことかと思ったら、そんなことか。

「半年くらいの座学を手短に話すから、かなり端折るけど、それでもいいなら」

「構わないわ」

「魔法の話をする前に、この世界を構成している要素を説明する必要が……」

「それが、魔法とどう関係が?」

「魔法自体、オレたちの世界、物理界の力を使っているわけではないんだ」

 別次元の力を、こちらの次元に影響を与える形に変換して使う、これが魔法の概要だ。

「なるほど……」

「別次元で、より物理界に近い力を使い、物理界に影響を与える魔法と呼ぶ。また、物理魔法は、その次元に住んでいる精霊の力を借りるんだ」

「『住んでいる』ということは、行こうと思えばその世界に行けるのかしら?」

「らしいね」

 世界のどこかにあるトンネルをくぐると、行けるらしいが。

「話がそれたけど、世界の極性をさらに精神界にすると、神や天使、魔族の世界とも言える精神界となる」

「一発で戦争が起こりそうな状況ね」

「まあね。大体の人は、神は天に、魔王は地下に、というイメージがあるけど、神も魔王も、陰か陽の違いだけで、存在の仕方などは同じだと思えばいいよ」

 ここからが本題だ。

「魔法を簡単に説明すると、自己の魔力とイメージで発動する異次元の力だ」

 イメージ、つまり、思考だ。しかし、万人が同じ魔法を使おうとしたときに、同じイメージかどうかはわからない。イメージが異なれば、効果が変わってしまう。そこで、考案されたのが、呪文だ。魔法と呪文を結び付けておけば、多少の誤差はあっても、同じ力が発動できる。また、呪文の詠唱には、魔力を高めたり、集中したりと、かなり、使うものにとって好都合だ。

「なるほど……。大体わかったわ」

 ヴィンセントも納得したようだ。

「一つ質問だけれど、私が力をフルに使いながら、あなたは、魔法を使うことはできるかしら?」

「え?」

「私についていた従者の何人かにも、魔道士と言っていた者もいたのだけれど、どれも、魔法どころではないほど消耗していたわ」

「それは、実際にやってみないとわからない」

「そう……」

 街を出て、かなりの時間が流れた。

「そうだ。オレも、忘れないうちに聞いておこう」

「断るわ」

「いいだろう、それくらい」

「どうせ、碌な質問でもないでしょ?」

「……」

「冗談よ」

 なんなんだ!

 オレは気を取り直して、話し始めた。

「七年に一人、巫女が選ばれ、戦いになる」

「えぇ。そうよ」

「だったら、命を落とすこともあるよな?」

「そうね」

「お前、何人兄妹だ?」

 その瞬間、強力な力により、頸動脈が締めつけられた。

「ちょ……っ。うっ……! ぐ……っ!」

「失礼ね! 人の家庭が、常に発情しているみたいに言わないの!」

「言って……ねえ!」

 オレは、ヴィンセントの腕を掴むと、上半身を前に倒す勢いで、ヴィンセントを投げた。

 空中で一回転し、きれいに着地をするヴィンセント。

「例外はあるのだけれど、各貴族、一族の中から一人ずつ選ばれるわ。決して、各家から選ばれるわけではないわ……」

 な……なるほど……。

 またそれから、しばらく歩いた。

 地図を確認する。

「ここって……」

 そう。昨日も止まった場所だ。

「こっちよ」

 ヴィンセントが指差す。

 指さされた方を見ると、街道の他に、道が分かれたような跡があった。雑草が生い茂り、とても道とは言い難いが、辛うじてかつて道だった場所には、道であった痕跡はあった。

「大分変っているけれど、雰囲気はまだあるわ」

 遠い目をするヴィンセント。

 道に生えた雑草のため、歩きにくい。

「ここを抜けると、今度は森。森は、少しずつ上りとなり、そこを抜けると、村に辿り着くわ」

 やがて、ヴィンセントの言っていた通り、森へと入って行った。

 森の中も、比較的雑草が深いが、平野に比べて高くないため、歩行に支障はない。

「ここから先は、森ということもあって、ひょっとしたら、襲撃のようなものあるかもしれないから、十分に注意しなさい」

「わかった」

 襲撃って……。

「通常ならば、村の周辺で行うのが祀りの決まり。でも、たった一人、そういうルールを忘れる残念な頭の持ち主がいるの」

「それだったら、お前も、城で仕掛けたんじゃ」

「あれは、行ってしまえば遊びの範疇よ、相手の力を探るための、ね。でも、その一人は、ルール無用で、平気で仕掛けてくるわ」

 仕掛けたことには、変わらないような……。

「まあ、注意するさ」

 しかし、その直後、近くで、圧力というか、攻撃的な意思を感じた。

 ヴィンセントがオレの背中から蹴りつけるように飛び降りる――。

 オレは、反動で、五、六歩前のめりになる。

 思いっきり、蹴りやがった……。

 枝木が折れる音、葉が揺らされる音が周囲に響く。

 ほぼ反射的に、そのまま転がるように前に跳ぶ――。

 空気の振動音と共に、オレが立っていた地面をえぐった。

「何が起こった!」

「言っていた馬鹿が来たわ」

 言ってる傍から!

 すぐに立ち上がり、剣を抜く。

「必要ないわ」

「え?」

 二度ほど同じように、強力に圧縮された空気の振動音をかわす。

「言ったでしょ、馬鹿が来たって?」

 敵の位置は、おそらく正面。

 音や衝撃波は、何かしらの障害物があれば、ダメージは弱くなるし、木や枝に触れれば、音から位置が探れる。そして、巫女の力は、消耗が激しい……。

 数度攻撃をかわすと、攻撃が止まった。

 ……。

 森の中は静かだった。

――弦楽器の静かなハーモニー――

「来ないな……」

「そうね。一応、成長しているのかしら……?」

 注意しながらも、攻撃が来た方向に歩き出す。

 しばらく歩いていると、強烈な攻撃意思=魔力の高まりを感じた。

「来るわ」

――唐突に、弦を強烈に弾くようなピチカートが響く――

 反射的にその場を離れる。

――静かなハーモニーが、トロンボーンの攻撃的な響きにより、雰囲気が一変する――

 二度、三度の音の攻撃が訪れる。

「この近くね」

 この音、どこか、迷いのようなものを感じる。

 一瞬間があり、再び音が響く――。

 多重音――。

和音(コード)か!」

 ハープのような、弦の響き――。

「大きく避けなさい!」

 ヴィンセントが叫ぶ。

 単音と違い、和音となると、複数の音が発せられるだけでなく、音に厚みも生まれる。そして、その厚みは、攻撃範囲やダメージが大きくなる、ということだろう。おそらく、響き方による倍音も鳴るので、余計に強力なものになるだろう。

 案の定、先ほどよりも大きな範囲の地面がえぐれた。

 危ねえ……。

 だが、これだけ強力な攻撃ができるのなら、討っておいた方が……。

「ヴィンセント、攻撃した方が……」

「まだよ。大体の場所の見当はついているし、すぐに反撃もできる。でも、もう少しだけ避け続けてみなさい」

 反撃は、いつでもできるのだが……。

 なるほど。これなら、反撃しなくても問題はない。

 ヴィンセントは、「オレの力がなければ、まともに戦えない」と言っていた。それが本当なら、これだけの強力な攻撃をかましていたら……。

 続けて二回ほど、音が響く――。

 しかし、その音は、辛うじて音を出している、といったようなレベルだ。

 思った通り……。

 つぶやきが漏れる。

 音が着弾しても、大した破壊力にはならなかった。

 すると、近くで、何か塊のようなものが落下するような音が聞こえた。

「やはり、自滅したわね」

 ヴィンセントがつぶやく。

「それが狙いかよ……」

 音のした方へ向かう。

 ヴィンセントと同じような人形が転がっている。

 堅い髪質の茶色い髪に、フワッとした明るいオレンジのドレス。

「当たり前の結果ね……。前にも話したけれど、結晶の力は、かなりの勢いで消耗するわ。今の私のように、湯水のごとく浪費しても、まったく問題のない状態ならまだしも、従者もない状態では、一瞬でこうなるわ」

 眠っているように倒れている人形に向かい、勝ち誇る。

「死んでるのか?」

「私たちに、死という概念はないわ……」

 そう言いつつ、どこからか花を拾い、人形に手向け、手を合わせるヴィンセント。

「って、死んでないからぁっ!」

 人形が突然起き上がり、手向けられた花を蹴散らす。

「あら。生きていたわね」

「自分で死という概念がないって、言ってたでしょ!」

「おいヴィンセント。このうるさいの、何?」

 人形を無視し、ヴィンセントに訊く。

「この子は、エルク。結晶は、『お気楽ハープ』。『失笑をもたらす者』よ」

「違うっ!」

 ヴィンセントの胸ぐらを掴みながら、オレを睨み付け、叫んだ。

「私は、エルク! 『歓楽をもたらす者』。か・ん・ら・く! それに、何が『お気楽』よ!エルの結晶は、『契約の竪琴(ケイローン・ハープ)』……!」

 自分のことをエルと言うのか。見た目以上に幼い印象がある。

 ヴィンセントが大きくため息をついた。

「この、いろいろと残念な子、失礼、馬鹿な子が、攻防万能型の結晶に選ばれるなんて、誰が想像したでしょう……」

 わざわざ言い直さんでも。

 その後、「馬鹿じゃないもん!」から始まる口論。エルクが突っかかり、ヴィンセントがかわすというやり取りが続いた。

 なんでもいいから、先に進ませろ……。

 一通り言い合うと、エルクが肩で息を始め、いきなり倒れ、動かなくなった。

「静かになったわね。行くわよ」

 無情にも、エルクを捨てる、ヴィンセント。

「いいのかよ? つーか、それが狙い?」

「問題ないわ。それよりも私たちは、先に進まなければならないわ」

 ヴィンセントがオレの背中によじ登る。

「ちょっ……。待ちな……さい!」

 かなり弱々しくなっているが、背後で、エルクが叫んでいる。

「い……いいのか?」

「いいのよ。馬鹿だけど、ああ見えて、頑張れる子だから……」

「馬鹿じゃ……ない……もん……」

 そこは、突っ込むんだ。

「せいぜい追いつくのね。追いついたら、一緒に乗せてやってもいいわ」

「そんな勝手なことを!」

「いいじゃない。別に減るものでもないのだし」

 そういう問題じゃねえよ。

「ハァ~……でも、結局、オレに拒否権なんてないんだろ?」

「よく分かっているじゃない。それなら、早く歩かないと、追いつかれてしまうわ」

 こうして、オレたちは、倒れているエルクを放置し、目的地へと歩き出した。

 そこそこの速さで歩いているが、やはり、こうも雑草があると、歩きにくい。

 しばらく歩いていると、背後に気配を感じ、振り返ると同時に、何かが飛び掛かり、オレの足の自由を奪い、倒れてしまった。

「なっ!」

 突然の襲撃に、顔面から倒れこむ。

「お……追いついたわ!」

 肩で息をしているが、勝ち誇ったように、叫ぶエルク。

 結局、オレは、ヴィンセントとエルク、二つの人形を背負って歩くことになった……。

 しかし、この重さ、歩いているだけで、根こそぎ持ってかれそうな気がする。

「辛そうね?」

「当たり前だ! どうやって乗っているのかは知らないが、こんな重たい人形が二体も背中にへばりついていたら、どんな強靭な肉体の持ち主でも疲れるだろうが! 気遣いの言葉を掛ける暇があったら、降りるなり、休憩する時間なり与えろよ!」

 ヴィンセントは大きくため息をついた。

「そうね。少し休憩にしましょう」

「休憩できる場所、あるのか?」



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