7
夜が明けた――。
幽閉された国王が救出されたことにより、朝から騒がしかった。
急遽その日が休日となり、国王が、自ら国民の前に立ち、これまでの事件の経緯を、演説という形で説明された。また、合わせて、様々なことも合わせて発表された。国防大臣の逮捕やそれに伴う、父さんの国防大臣の兼任など。
そういった国民に向けての演説、発表のあと、関係者に対する式典が催された。
式典は、城の中庭の、広場のようになっているところで行われた。ちなみに、昨日の場所とは別の中庭である。
この式典では、事件発生から終結までの功労者に対しての、ものだった。
当然、一応の関係者のオレも、その式典に参加することになった。
そして、次々と賞状等が授与されていく中、突然オレの名前が呼ばれた。
何も聞いていなかったオレは、戸惑いながらも壇上へ上がる。
「街が混乱している中、兵指示し、見事混乱を最小限に抑えた。これは、勲章に値する行為だ」
おじいちゃん、もとい、国王がそう言うと、歓声に包まれる。
何考えてるんだ? 実の孫だぞ。
「この功労は、まさに、特殊任務に相当する働きのように感じる。そこで、これからの活躍を期待し、我が国における、特務隊として任命する!」
さらに大きな拍手と歓声が巻き起こる。
「ちょ……、それ!」
オレが抗議するが、歓声にかき消される。
「以後、特務隊として、その誇りと威信を持って行動するように」
なんだか知らない間に、特務隊に任命されてしまいました……。
そんなこんなで、式典は終了した。
その後、慰労会が行われた。
夕方――。
慰労会も終わり、城の中を歩く。
変に、長い時間いたような……。
などと考えながら、慰労会にも姿を見せなかった父さんに、挨拶をして帰ることにした。
父さんの部屋の前に着くと、中から人が出てきた。
両手に資料を抱えながら、学者風の人が慌てて走り去っていった。
ノックして中に入る。
「今度はなんだ。取り調べなら、今資料をまとめているところだ」
机に向かいながら、すごい勢いで、ペンを走らせている。
「いや、オレ、なんだけど……」
そう言うと、父さんは、こちらに向きなおる。
「特務隊に任命されたそうだな」
「そうだけど……」
「すまなかったな。そういう大事な席に参加できなくて。少し込み入っていてね……」
昨日の今日で、それはしょうがないな。
「取り調べは、すぐに話してくれたこともあり、予想以上に早く終わりそうなんだが……」
ここからは、父さんの話である。
グランノース城の裏の山には、昔から特殊な希少金属が採れる。それを、特殊な方法で精製すると、軽くて丈夫、熱や水分に対しても抵抗があり、そして、魔力を一時的に吸収し持ち主の意思により、その魔力を放出できるという特異な性質を持つ金属が作れる。グレッグの言っていた軍備の拡充とは、この金属で作った剣や盾を大量に生産することだった。そして、その武具で武装した兵士に、強力な攻撃魔法を吸収させ、敵陣に向かって、一斉に放出すれば、どんな軍勢も一瞬で壊滅させることができる。
おそらく、グレッグは国王に進言した裏には、軍備を拡充し、この地域の覇者になることを考えたのだろう。
ちなみに、この国では、国王が贈り物をする際、この金属を使うそうだ。
そして、当然ながら、グレッグの主張は拒否された。パワーバランスを崩すからだ。パワーバランスが崩れてしまったら、必ずどこかで戦争の火が起こってしまう。この国では、学校の教育の段階から、積極的に、魔法や剣などの戦闘技術を学ばせている。それは、表向きには、国を守るため、裏には、この金属と技術を守るためでもある。言ってしまえば、戦争を起こさないための戦闘技術である。
そこで考えたのが、国王の幽閉と議会の掌握だった。特に、兵の入れ替え時期であるため、混乱しやすい。なんとか、国王の幽閉には成功したが、議会の掌握は失敗してしまった。そして、オレの帰国がわかったため、強硬手段に出た。だが、結果は、御覧の通りだ。
「まあ、グレッグも意外と簡単に話してくれたおかげで、事件自体はすぐに終わりそうなんだが、問題は、幽閉されていた場所だ」
「その場所が、何か?」
「改めてその部屋を調べたら、そこ自体、何かの封印のための結界が張られていたようなんだ。まあ、扉が破壊されてしまった関係で、その結界も解かれてしまったようだが」
あの一撃で……。
「そこで、今学者に調べさせているところだ……」
父さんは、古い地図と、保管庫に保管されている物のリストを机の上に並べた。
「今のところわかっているのは、この二つだけなんだが、どうやら、何かの杯らしい。そして、それは、この時代あたりに、この保管庫に入ったらしい……」
父さんは、大きな紙を広げた。
「地図……? 魔道、王朝時代の……?」
魔道王朝時代。まだ魔法が一般的ではなかった頃、一握りの強力な魔道士が国王を名乗り、魔法を持たない民を虐げていた時代。それは、この国だけの話ではなく、同時期に様々な国でも、この時代を経験している。
「正確に言うと、これは魔道王朝が終わりを迎えたあたりの複製品だ。地図から見てわかる通り、この頃は戦争をしていたらしい。友好国に行くのにも、現代の街道とは別の、山の中を行く道を使ったようだ」
父さんは、地図上の森の開けた部分に描かれた、村と思われる建物群を指した。
「そして、その封印された杯が発見された場所がここらしい……」
ここって!
「この事件のどさくさで、なくなったのなら、何がそこにあって、何のための物だったのかを調べる必要がある」
「それ、調べないの?」
「調べたいのは山々なんだが、状況もあるし、これから、新人の訓練も始まる。調べるためだけに、兵を動かすわけにもいかないし……」
なるほど。調べたくても、タイミングが悪い、というところか。
「そこで、特務隊に……」
「ヤだ」
「まだ言い切ってな……」
「そこまで言えば、大体わかる! 帰ってきたばかりだし、もう少しゆっくりしたいよ!」
すべて、父さんが言い切る前に被せた。
「そうか……。そうだったなよな。帰ってきたばかりだ。ゆっくりもしたくなるよな……」
わかって、くれたのかな?
「ゆっくり休んで、王位継承者の儀式を受けるか……」
え?
「そして、二、三日のうちに、正式に王位継承者になる、か……」
「それ、キャンセルになったんじゃ……」
「正式な手続きで承認されたんだ、正式なキャンセルの手続きを行わなければ、キャンセル自体、無効だろう」
こうして、オレは特務隊として、現地調査の依頼を受けることになってしまった。
そして、一応場所の確認などがあるため、持ち出せる資料(地図や保管リストの写しなど)を受け取り帰宅した。
場所が場所だから、ヴィンセントなら何かわかるかもしれない。
部屋を出ようとしたとき、父さんに止められた。
「すまんな。お前に、これを渡すのを忘れていた」
そう言うと、机の端に立てかけてあった盾を渡す。
かなり重厚な長い盾だが、持ってみると、意外に軽い。
「これって?」
「グレッグが例の金属で試作した盾だ。とりあえず、処分をしたいが、同じ処分なら使っても、問題ないだろう」
いいのか? と思いつつ、父さんの部屋を出た。
盾自体は、見た目に反して軽い。そして、独特の振動のようなものを放っている。この振動は、身に付けている者の魔力に共鳴するように、オレにとっては心地よい振動だ。ちなみに、身に付ける前は、振動は感じられない。
真っ直ぐ地上階に降り、出口を目指す。
「ゼフィールド!」
階段を降りたところで、声を掛けられた。
アックスだ。
「とりあえず、特務隊おめでとう!」
「それほど、めでたくもないよ……」
「まあ、便利屋だから、そう感じるかもしれないけどさ」
いや、その言い方は……。
「それよりも、兵役の方はこれからどうなるんだ?」
「今日発表があって、明後日に解放になるみたいだ」
「よかったな。やっと帰れるじゃん」
「帰れる、って、言っても、ずっと国の中にはいたけどね」
「まあね」
それからしばらく、他愛のない会話が行われた。
会話の途中に、オレの同級生でもあり、アックスの同僚的な女子学生兵士のアイナが、割って入ってきた。
「アックス。まだ、巡回中でしょ?」
「う……。そうだった。すまん。また、今度だ」
そう言ってオレとアックスは別れた。
「ゼフィールド。いろいろとお疲れ」
「そっちも、いろいろお疲れ」
アイナは、騎馬隊の所属で、話によると、鎧がなければ、一番速く馬を扱えるそうだ。
こっちの方も、訓練が終わり、巡回と交代するために、控室に戻るところだったそうだ。
アイナとも、二、三会話をして別れた。
そして、城を出る頃には、すっかり夜を迎えていた。
家に着くと、レインさんがキッチンで料理を作っていた。
「聞きましたよ、いろいろと……」
それほどうれしくない話は、こんなところにも。
「まあね。特務隊で、これから忙しくなるよ」
「昨日の夜、背中に人形を背負って走り回っていたとか」
「そっちかよ!」
「まあ、理由はどうあれ、背中に人形を背負っていたおかげで、特務隊に任命されて、おめでとうございます」
「いろいろ、歪んで伝わってません?」
部屋を見渡すと、ヴィンセントがいないのに気付いた。確か、昨日、寝る前に、ここに戻したはずだったが……。
「人形でしたら、ゼフィールド君の部屋にありましたよ。机の上で、本を読んでいるような感じで座らせているなんて、なかなかいい趣味してますね」
そう言いながら、レインさんは、笑いながら、料理の続きをしはじめた。
何故……。
急いで部屋に戻る。
月明かりが差し込むとはいえ、部屋は暗い。照明器具に魔法で灯りを灯す。
ヴィンセントは、静かに本を読んでいた。
「そんなに暗くて、大丈夫か?」
「大丈夫……な、わけないでしょ! まったく……いつまで私を待たせるつもり? 瞳は、一生ものなのよ!」
多少、もとい、かなり強い語気だ。
「それには、いろいろ事情があって……」
「まあ、いいわ。それよりも……」
そう言いながら、本を閉じる。
「いろいろ調べさせてもらったわ」
そんなに、調べられるほど、この部屋には、本がないような気がするけど……。
「この歴史書によると、今の時代は、少なくとも、私が生きていた時代よりも、五〇〇年ほど時間が流れているようね……」
歴史書? 歴史の教科書か? ……っていうか、五〇〇年?
「そんなに生きているのか?」
「そうね。でも、その大半は眠っていたようなものだけれど……。そんなことよりも、慌てて部屋に入ってきたところを見ると、私に何か訊きたいことがあるのでは?」
そうだった。
「これなんだけど、心当たり、ないか?」
オレは、借りてきた地図の複製品と例のリストを見せた。
「これは……!」
地図はいいとして、リストを手に取ったとき、ヴィンセントの表情が変わった。
「どうやら、あの財宝保管庫の一番奥に、あったものらしいんだけど。リストの内容と、実際に保管されている物を照らし合わせて、内容を確認したら、なかったものが……」
「聖杯……『受血の杯』」
「え?」
「この形と、発見された場所からして、おそらく」
ヴィンセントは、リストに描かれたイラストを指して、大きくため息をついた。
「この杯がなければ、祀りは始めることができないわ」
「それは……」
「以前にも話したと思うのだけれど、巫女同士が戦い、最終的に生き残った者に、他の巫女の力が集結する」
確かに。
「そして、その杯は、戦いに敗れた巫女から流れた血を受け止めるとされているわ」
「……」
リストの注意書きの欄に、「強力な魔力につき、外界と遮断するための結界あり。また強力な霊的エネルギーを持っているため、祭壇にて祀る」とも書いてあった。
「それで、これが何か?」
オレは特務隊として、村の跡などの調査の任務を受けたことを話した。
「つまり、ここに行く、と?」
「そう」
「私を連れて行きなさい」
そう来ると思った……。
「私がこの時代に目覚め、そして、再び眠ることなく過ごしているのは、祀りを終わらせることだと思うわ。だから、私は、村に、戻りたい――!」
強い感情の籠った言葉。
大きくため息をついた。
「――!」
ヴィンセントは、ため息に、少しイラッとした表情になった。
「わかったよ。不本意ながら連れて行くよ」
「どういう意味よ?」
「こんなのを背負って歩くのが、不本意、って、言ったんだよ……」
そして、オレは通常どおり夕食を摂り、眠りにつく。
早朝に家を出て、普通の人間なら夕方くらいには到着する位置に村があるそうだ。そのため、早めに眠りに就こうとした。
ただ、その前に、ヴィンセントをリビングに降ろしてから、と思ったのだが、ヴィンセントが自ら降りると言いだし、部屋を出たところで、自分の部屋に戻ろうとしたレインさんと遭遇するというハプニングが起こった――。
階段のところで、ものすごい絶叫が聞こえたが、スルーだ。スルー……。