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部屋に入ると、母さんの傍には、近衛兵と侍女など、数名が待機していた。
「来たわね」
そう言うと、母さんは、傍にいた者を一度外へ出す。
母さんの恰好は、戦闘モードと呼ばれる、ゆったりとした白い法衣と、その下に身に付けている、材質が軽いとされる魔道士用の鎧だ。
「見ての通りよ。やっぱりというか、どうやら動いたようね」
グレッグが動く、ということか。
「状況はどんな感じなの?」
「今のところ、外の騒ぎ以外、何も変化がないわ。ただ、単発で情報がもたらされているらしく、城の中の兵士たちは混乱しているわ……」
母さんは、ここまで言ったとき、何かを思い出したような表情をした。
「それにしても、外で混乱している兵士に、指示を出してくれてありがとう。おかげで、大きく混乱することがなかったみたいよ」
今さらながら、あれが、仕組まれた「何か」かと思ってしまった。
「あんな指示で、よかったのかな?」
とりあえず、ケガ人優先、敵は追うな、という指示だったと思うけど……。
「兵士たちの混乱を抑えるのには、ちょうどよかったと思うわ。それで、話、戻すけど、こうやって混乱している中、グレッグ派の連中が活発に動いている。つまり……」
そうして、少し間をおいて口を開いた。
「星が動くわ――」
オレたちは、それから下の階に降りた。
舞踏場の階の下では、各階ごとに数名ずつ別れる形を取った。これには、グレッグ派の動きを探るのと同時に、話をするなどし、足止めをするためでもあった。もちろん、その階にいなかったのなら、こちらに合流するのだが、事前に手に入れた情報では、これから行く場所は、それほど大勢の人間が立ち入ることができないような場所である。
歩くたびに、重い鎖がジャラジャラと鳴る。母さんの武器である、モーニングスターだ。特注で、通称「星屑十三号」。目的に合わせて特注していたら、十三個になってしまったらしい。一~三までは、市販のものを改造しただけのもので、それ以降は、完全特注品だ。盾を破壊するために作られたもの、対人用、対獣用などがあり、十三号は対建造物破壊用のものだ。動きのあるもの当てることは難しいが、直撃すると絶対的な破壊力を誇る。
「今回の目的は、人を倒すためではないから、人には使わない。でも、国王が幽閉されていると思われる場所のドアくらいは破壊できる、って思ってね」
まあ、状況が状況だから、母さんの恰好は目立つようなものではないが、さすがに、その武器は目立つ。
すれ違う人から、戦闘でもあるのかと、聞かれたが、「状況が状況だから念のため」と返した。
そして、ようやく地上階に降りた。
勝負はここからだ――。
ここまで残っているのは、オレと母さんと近衛兵二人の、四人。
そして、これから向かおうとしている場所は、国の重要文化財等々の「希少財産」を保管している、一種の金庫のような建物である。
そこは、たとえ王族であっても、立ち入りが制限されるため、厳重な警備と入場者の管理が行われている。また、入口には常時二名の警備と、さらにそれを監視するための兵士がいる。職務に関しては、シフト制で完全に管理されている。なお、警備のうち、一人は、魔道士で、保管庫に張られている結界を監視している。
「すべての警備兵のシフト状況を調べたら、この日のほとんどのシフトが、グレッグの息のかかった者が担当していることがわかったのよ」
それがここに来る理由であった。
財宝保管庫の前にオレたちが現れると、警備兵たちは驚いた表情を見せた。
「ど……どのようなご用件で……」
「ここ、通してくれるかしら――?」
母さんは、相手にプレッシャーを与えるような声で要求をした。
手にしている槍にも力が入った。
無理もない。王族が二人だ。しかも、母さんの方は、「やる気」満々の戦闘服と武器。そして、このタイミングでこの場所。何をしに来たのかが、大体想像できる。
「通せない理由、ありますか?」
一歩前へ出る母さん。
凄みに押され、思わず一歩後退する兵士たち。
立ち入りが制限されているこの場所に、精神的に圧力をかける形で突破を図ろうとしている。
「し……しかし、ここは……」
「王族でも入室許可がなければ立ち入りができない場所。それがどうかしましたか?」
さらに一歩、前に出る。
「に……入室許可の提示を……」
「そうね。今夜に用があったのに、なぜか、許可が降りなかったのですけど、何か知らない?」
「だ……誰も、通すなと……」
ハッと気づき、喋っている兵士に、槍の柄の部分をぶつける、隣の兵士。
「誰に、言われましたか?」
兵士の言葉に突っ込む。
「ぁ……」
声にならない声を上げる。
「通していただけますね――?」
兵士たちが槍を下げる。
無言とはいえ、通ってよいのサインだろう。
母さんが先行して中に入った。
そのとき、背中のヴィンセントが小さく声をかける。
「ちょっと、いいかしら……?」
足を止めるオレ。
「ここから先、私行けないみたい……」
「え? どうして……?」
「原因はわからないのだけれど、最初に、この国に入ってから、力の減少を感じたわ。そして、この城に入ってから、それが強力になった……」
この国に入ってから? 結界のことか?
「それから、ここから先は、私の目でもわかるくらい、強力な壁のようなものが見えるわ」
前にも触れたが、この国には、外壁を利用した結界と城に結界が張ってある。強力な魔力攻撃を外から放ったとしても、城に到達する前にその威力を弱らせる働きもある。さらに、保管庫の方にも、同様に結界が張られている。これは、魔法の力を利用した、空間移動などから、財宝を守るために張っているものだ。合計三つの結界は、どれも魔力を弱らせるためや魔力を断つためのものだ。もし、ヴィンセントの力の源が魔力的なものであるなら、この国に入ってから、力の減少を感じるだろう。そして、ここから先は、魔力を断つような結界が張ってある。確かに壁のようなものであり、先へは進めないだろう。
「わかった。危なくはないが、怪しまれるから、絶対に人形の振りをしていろよ」
ヴィンセントを降ろし、近くの茂みに置き、中に入る。中は、それほど広くはなく、すぐに地下に降りる階段があった。
すぐに母さんに追いつく。
「遅かったわね」
「まあちょっとね」
階段の照明は、魔法の灯りではなく、ロウソクの灯りが使われている。
近衛兵は、外で待つことになった。相手方の動きをけん制するためだ。
それにしても、結構怪しい行動をしていたのに、なぜ誰も突っ込まないんだろうか。
階段を降りた先には、部屋がいくつもある廊下だ。
「この部屋のどこかにいるのかな?」
「違うわ。いるとしたら、一番奥の部屋よ……」
そういって、母さんは、廊下の奥を指さした。
言われてみれば確かに、他の部屋の扉には、最近開けられた形跡が見当たらない。
「ここよ」
廊下の一番奥の部屋に辿りつく。
扉は、重く金属でできている。重さのためか、床の石にも、最近できたような扉を半径にした扇形の傷ができている。
何度かドアノブを回すが、内側から鍵がかけられているのか、反応がない。
扉に耳を当て、中の物音を聞く。
「何度言ったらわかる……!」
すると、中からグレッグと思われる人物の声が響いた。
「母さん!」
考えるより先に、母さんを呼んだ。
「ゼフィールド、退きなさいっ――!」
そう言うと、母さんは、モーニングスターを振り回し始めた――。
風を切るチェーンの音が、地下の廊下に響き渡る。
左肩を壁に押し付けるようにし、身体の右側で、縦に振り回している。
遠心力で身体が持って行かれそうになる度に、歯を食いしばる。
そして、ある程度の加速がついたところで、気合の叫び声と共に、狙いを定めた。
辺りに響く、金属の破砕音。
スーパーヘビー級のモーニングスターと、それなりの強度を誇る金属の扉がぶつかり合う強烈な音が、周囲から一瞬聴覚を奪う。
「ふー……っ」
大きくため息をつく母さん。
「さすが、剛力の魔女」
あまり表立った二つ名ではないが、こうも呼ばれている。
「失礼ね。これでも、現役時代は、剛力の魔法少女と呼ばれてたわよ」
どのみちカオスだ。
扉は、その周囲の壁ごと破壊された。
なんという破壊力。こんなものを普通に扱える母さんの腕って、なんなんだ……。
感心している場合ではない。
部屋の奥では、おじいちゃん(国王)とグレッグが対峙していた。
驚いた表情でこちらに注目する。
「来たか」
おじいちゃんは、拘束されたような状態ではなかった。
また、グレッグは、いつでも剣が抜けるような状態だ。
部屋は、思ったより広くはなかった。だが、部屋が持っている、独特な重苦しい雰囲気と部屋の奥の壁の祭壇がその部屋の異様な雰囲気を作っていた。
なんなんだ、この部屋は?
「国防大臣のグレッグ殿は、この部屋で何をなさっていたのでしょう? それに、そちらにいらっしゃるのは、行方不明の国王陛下ではないですか?」
母さんは、皮肉を入れた言い回しで、声をかけた。
「くっ……」
グレッグは、こちらとおじいちゃん側を交互に見る。
「もう、逃げ場はないぞ」
そう言うと、おじいちゃんは、こちらに向かって、ゆっくり歩きはじめた。
「さっきも言ったが、これが最後のチャンスだ。今この国の技術で軍備の拡充をすれば、この地域で最強の軍隊となれる。だが、それは同時に、世界最強の軍を持つことも意味している。ここでそれを止めれば、やがては以前のように、他国から攻められる立場になってしまう――」
この言い方、結果的な戦争を起こすつもりなのか?
「それは、戦争をする、戦争が起こることを前提とすれば、の話だ。そうならないために、外交努力と相互協調を行っていた。何度も言うとおり、力を持つだけが戦争の抑止力では……」
「外交努力も相互協調も戦争準備のための時間稼ぎとして、使えば、やがて戦争となる――!」
グレッグがおじいちゃんの言葉に被せるように言葉を遮る。しかし、すぐにおじいちゃんの言葉が続いた。
「不必要な軍事力を持った外交努力は、周辺諸国に脅威を与えるだけだ。そのような状態では、表向きは友好関係にあっても、最後に裏切られるのは、最初に力を持った方だ。それに、軍備拡充も、戦争も、全て最終的な決定権を持っているのはこのワシだ。そして、ワシの家系に王位権がある以上、軍備の拡充も戦争も行わない。絶対に!」
勢いに合わせて、一歩前に出るおじいちゃん。
それに押される形で、一歩下がるグレッグ。
「く。ならば、最高決定権を持つ者を亡き者にしてしまえば、多少なりとも自由は利く」
そんなことしたって、無意味なような……。
「そして、この剣があれば、それが可能に……!」
そう言いながら、腰にある剣に手をかける動作をする、が、空振りする。
そこには、剣は存在しなかったのである。
いや、確かにオレが入ってきたときは、剣はあった。しかし、今は何故かなくなっている。
「な……」
慌てるグレッグ。
「剣さえあれば、ここにいる人間くらい、殺めることはできよう。だが、どうじゃ……」
プレッシャーをかける。
「確かに、ここに――」
不意に視線を感じた――。
「な……なぜだぁぁぁー……っ!」
完全に取り乱すグレッグ。
視線の元は、祭壇の上の方――。
「シルキーよ。私に力を与えたのでは、ないのか――!」
なぜシルキーの名前が出てくるのか、と思っていると、視線の正体が、壁から浮かび上がってきた。
従属させるかどうかを決めるのは私だ――。
不意にヴィンセントが口にした言葉が頭をよぎった。
シルキーが力を与えたのであれば、あの剣は、シルキーと契約を結んだ結果、ということなのだろう。また、剣がなくなったのは、契約を破棄されたからなのだろう。
誰もシルキーに気付かないのだろうか。そのままの状態で、やり取りが続いている。
不敵な笑みを浮かべ、壁の中に吸い込まれるように消えるシルキー。
がっくりと膝をつくグレッグ。
「そこまでね」
母さんのその一言で、事件は幕を下ろした。
夜も遅いということもあり、オレは、すぐに帰された。もちろん、ヴィンセントも回収して。
家に着いてからは、真っ直ぐに部屋に戻った。
ヴィンセントを机に座らせる。
「説明してくれ。あの人形はなんなんだ?」
「シルキー、のことね……」
深いため息をついた。
「彼女も、私と同じように、人形にされた巫女の一人よ。結晶は『契約の御剣』。剣の結晶の使い手。私の敵よ……!」
ヴィンセントの語気が強くなった。
「こうして戦うのも、今回で、最後になるわ」
「最後って、なんでそれがわかるんだよ」
「それは、あなたがいるからよ」
そう言いながら、ヴィンセントが、左手薬指の指環を見せる。
「ちょっ……それ……!」
すっかり忘れていた。というか、そっちが本題。
「そう。あなたと契約したから、私は、負けることはないわ」
「今すぐ解除してくれ」
オレは無理やり指環を引っ張った。
「さっきも言ったのだけれど、解除云々は、私が決めるわ。たとえ、指を切り落としても、別の指に移動するだけよ」
はぁ~……。
「夢であってくれ……」
「残念だけど、これは現実よ。それに、今の私は、あなたの力がないと、まともに戦えないわ」
「それって?」
「この身体になってから、力の消耗が激しいみたい。普通の戦闘でも、常に全力に近い攻撃を行わないと、まともな攻撃ができなくなってしまったわ。正直、今後、他の巫女との戦いにおいて、それでは、話にならないわ……」
シルキーのほかに、あと五体か。
「戦うには、力の源となる、存在が必要よ」
「それで、オレ、か?」
「そうよ。指環を通じて、あなたの力が私に注がれるわ」
それで契約とやらが成立した後、ヴィンセントが力を見せたときに消耗が感じられたのか。
「これは、結晶の力が身に付くまでの、修業期間までの、修業期間と同じ状態よ。巫女になったといっても、当初は安定しないわ。思わぬ消耗のため、倒れてしまう人もいるくらい。それを従者から力を供給してもらい修行をする」
「つまり、それを思い出した、ってことか?」
「そういうことになるわ。だから、しばらくの間、協力して頂戴」
「ハァ~……。……よろしく……」
それから、オレは、ヴィンセントを下のリビングに降ろし、床に就いた。
明日は、朝からいろいろと式典に参加することが決められている……。