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父さんは、二階の騎士団長の部屋にいた。
「ただいま」
「やっと来たか。城には来た、という話は聞いていたが、随分待ったぞ」
母さん同様、色々仕事があるようだ。
「しばらく、話しこんでて……」
すると、父さんは、ペンを置き、こちらに来る。
「そうか。だったら、大体の話は聞いているな」
「まあね」
「それと、王位継承宣言の話、聞いているぞ」
情報、早っ!
「でも、それは、断った」
「そうか……。だが、話を聞いているならわかると思うが、何故このタイミングで王位継承宣言についての話を持ち出したのか、わかるか……?」
一瞬思い当たる節を探る。
「まさか!」
「そのまさかだとは思うが。お前も知っての通り、母さんの『悪い予感』は当たる。そして、山が動くときに、お前に王位継承権を持たせておいた方がいいと、判断したのかもしれない」
そういう裏があったとしたら……。
「だが、『当たれば』の話だ。それに、占いは外れることもある。あまり、深く考えるな」
だといいけど。
「別れるときに、これをもらったんだけど、何かわかる?」
母さんの説明では、抽象的すぎて、ちょっとよくわからない部分もあった。
見せた紋章を受け取ると、父さんは、一瞬笑ったような息を漏らした。
「そうだな。これは、非常時のとき、軍を動かさなければならなくなった場合に、使うものだ」
そんなものを……?
「たとえば、この国では、現在、軍隊を動かす権限があるのは、二人いる。国防大臣と国王。基本的には、この二人が軍隊を動かす権限を持っている……」
父さんは、少し間を置いて、続けた。
「そして、その一人、ないし、二人が、何らかの理由で、軍隊を動かす権限を行使できない場合、紋章を持っている王族も、軍隊を動かす権限を、代わりに使うことができる」
「つまり……」
「一応の予防線だ」
なるほど。悪い予感は拭っていない、という感じか。
「まあ、先にも言ったが、深く考えるな。オレたち大人が、最終的に解決すればいい問題だ。それでも解決が難しい場合は、協力してもらうかもしれない。王族としてな。それくらいに思っておいてくれ」
それから、他愛のない会話もしたのだが、会話の最中にも、何度か人が出入りしたり、報告書のようなものが手渡されたりと、忙しさはかなりのもののようだ。
父さんは、またしばらく泊りになるそうだ。もっとも、犯人が逮捕されれば、話は変わるようだが、と、残念そうに語った。
そういうこともあり、オレは足早に家路についた。
すでに空の色は、朱くなっていた――。
「うわ。もう夕方」
そうつぶやきつつ、家に着くと、レインさんが夕食の準備をしていた。
学校で起こったことを、詳しく話してなかったことを思い出し、学校で起こったことも含めて、改めてレインさんに話した。
「そうですか。あのレズギンカが、まだ帰って来てないんですね」
そう言った言葉の中に、ニヤっとしたものを感じた。
「レインさん。別に、そんな関係じゃ……。それに、一方的に因縁を持っていたのは、レズギンカの方ですよ」
「え? なんのことですか?」
レインさんが意地悪っぽく答えた。
それから夕食を食べ、部屋に戻る。
夕食のとき、ようやくクリスとの再会ができた。
旅のことを真剣に聞いてきたが、とにかく大変だった、というようなことを話すと、ものすごい嫌そうな顔をしていた。
まあ、無理もない。うちは、絶対に旅に出なければならない家柄だし。というのも、王族ともなれば、兵役で、上官になる人間が、知らず知らずのうちに、気を使ってしまう。そうならないために王族は、旅に出ることが義務付けられている。
ついでにクリスにあの人形についても聞いてみたが、覚えていない、の一言。
いろいろ突っ込みたいところはあったが、覚えていないのではしょうがないか……。
そうして、夜も更け、寝る準備をして、部屋に戻った――。
大きくため息をつく。
いろいろ問題があるけど、それは置いといて。これから、どうするか……。また、旅をする許可、下りるのかな。どうしよう、進路――。
すでに照明を消して、暗い部屋の天井を眺めながら、これからのことを考えていた。
そして、いつしか眠りに落ちていた……。
……っ!
なんだ。異様な、気配が……。
横たわった状態から、上半身を起こし、気配の方向を見る。
暗い部屋に、かろうじて差し込む月明かり。
手さぐりで、剣を探すが、見つからない――。
「ようやく見つけたわ」
突然闇の中から声が響く。
声の主は、やさしく語りかけた。声のトーン自体は低めだが、声そのものは、やや高めのゆったりとした、「何もなければ」癒しを感じるような印象を受ける。
何を見つけたのか、と聞き返そうかと思ったが、この語り口調から、「物」ではなく、オレ自身を見つけたことなのだろうと推測した。
声の主が気配の原因である。
堅い靴音が、床から響く。
「あなたに秘められたその力。私に貸しなさい――」
言い切ると同時に、月明かりに入る声の主。
……人……形。
月明かりに照らされ、銀の髪飾りが、独特な輝きを放ち、神秘的な雰囲気を持っているその姿は、リビングに置いてあるはずの、クリスが拾ってきた人形だった。
……。
「な……っ!」
一瞬頭を整理しようとしたが、無理だった。
なんで人形が動く!
手さぐりで剣を探し、ようやく、剣を見つける。ベッドに座った状態だが、剣を構える――。
「そんなに慌てなくてもいいわ。別に、攻撃するつもりで、ここにいるわけではないのだから」
「信じて、いいのか?」
「頼みごとをするのに、攻撃してどうするの?」
恐る恐る剣を下げるオレ。そして、飛びかかってきたときに備え、構え方を変える。
「私を見る目が気に入らないのだけれど……。まあいいわ。とにかく、あなたの力を貸しなさい」
言っていることがわからなかった。
「いきなりそんなことを言われて、素直に従うと思うか?」
この一年の旅で、かなりの「びっくり事件」に耐性ができているため、動揺が起こっても、すぐに冷静になる。冷静になっても、警戒は解かない。
「そうね……。少し長くなってもいいかしら?」
「自分が何か頼まれごとをされたときのことを想像してみれば、わかると思うけど」
「それも、そうね」
納得したように、人形は話し始めた。
「でも、あまり長々と話している時間なんて、ひょっとしたら、ないかも知れないわ。だから、最低限必要な部分だけ、とりあえず話すわ」
長い話をする時間がない?
「私は、この街から少し北の方に行ったところにある、小さな村の出身者よ……」
いや、ここから北と言ったら、森か山のどちらかになる。そして、そこは人が住むことはおろか、現在では、道すらない。
「私の名前はヴィンセント――」
「男みたいな名前だな」
「煩いわね! これでも一応気にしているのだから、触れないで頂戴!」
一瞬だが、人形、ヴィンセントから、殺気のようなものを感じた。
「まったく……。まず、私がどうして人形なのか、あなたから見たら、どうして人形が動いているのかを話さなければいけないわね」
ヴィンセントは気を取り直して話し始めた。
「私の村では、あなたたちが信仰している神とは違い、別の存在を『守り神』として信仰していたわ……」
遠い目をする人形。
「七年に一度、その守り神に対する大きな祀りが行われ、村を守る『守護七貴族』と呼ばれる七つの貴族の家から、巫女として少女が選ばれるという、一種のお祭りが行われていたわ」
生まれてから今まで、そんな村やそんな祀りなどが、この近くにあったなんて、オレは少なくとも聞いたことがない。
「選ばれた巫女は、それぞれに『守り神』の力が与えられ、巫女同士でその力をぶつけ合い、最終的に生き残った巫女に、すべての『守り神』の力が集まり、髪として崇められる」
「でも、それと人形と、どう関係が……?」
「祀りを開催する前年。『守り神の使い魔』と称する者が現れ、私たちに力が与えられ、そして、一年間、力の使い方を習得し、祀りが開催となる予定だったわ……」
開催の、予定だった?
「祀りが行われる日の前日、再び使い魔に呼び出された私たちは、人形にされ、永い眠りについてしまったわ。これが私が人形にされた簡単な経緯よ」
「でも、なんで、そんなことに?」
「そうね。詳しい理由はよくわからないのだけれど……。私たちに、何かを期待していた、とも言っていたわね」
「期待」という言葉に、少し引っ掛かりのようなものを感じた。
オレも、王族として、何かを期待されているのかな。
ヴィンセントの様子から、話を進める。
「それで、なんでオレが力を貸さなきゃいけないんだ?」
「わかりやすく言うと、この身体にされてから、力の……」
人形が、ここまで言った時だった――。
遠くで強力な魔力が膨れ上がるような感じがした。その瞬間、遠くの方で爆発する音と、それの規模を伺わせる閃光が窓から差し込む――。
反射的に窓の外を見る。
「なんだ?」
ベッドから立ち上がり、窓を開ける――。
「この力。あの女も目覚めたようね……。あなた、名前は?」
「ゼフィールドだ」
ヴィンセントと名乗った人形は、一瞬笑ったような表情をした。
「ゼフィールド。私も連れて行きなさい」
連れて行きなさい?
「どこに?」
再び爆発が起こった。
今度は、先ほどとは違う場所だ――。
「たった二回の爆発だけれど、この爆発、どちらの方向に向かっているのかしら?」
ヴィンセントは問題を出すような言い方をした。
頭で、街の地図を描き、最初の爆発の位置を想像する。そして、二回目の爆発は、ややうちの方角に近い。
思考を巡らせている間に、もう一度爆発が起こる。さらに北……。
「まさか!」
靴を履き、剣だけを持って、ドアの方に向かう――。
クリスは、レインさんが守ってくれる。
ドアノブに手をかけたところで、いきなり首に重さがかかった。
「連れて行きなさい、と、言ったはずよ」
ヴィンセントが背中に飛び乗ったのである。
「自分で歩けよ!」
「それであなたについていけるのなら、初めからそうしているわ!」
急いでいるときに!
オレは、ヴィンセントを背中に背負いながら、階段を急いだ。
その途中、一度爆発が起こる。確実に城の方に向かっている。
外に出ると、街中がパニック状態だった。
正体不明の爆発。
逃げ惑う人々。
うろたえる兵士。
魔道士も出ているが、何をしたらいいのかわからず、右往左往している。
そんな光景だった。
「おい! 何か指示は出ていないのか――!」
「突然のことだ。指示は出ていない!」
現場も混乱状態かよ――!
「クソっ!」
オレは、そう吐き捨てると、ヴィンセントを背負ったまま、城に向かって走り出した――。
――消音機を使ったトロンボーンが作る、暗くミステリアスな雰囲気――
――木管楽器の急速な繰り返し(オスティナート)――
――疾走感――
見えない恐怖と、不気味な焦りが感じられる。
朝や昼間の平和な状態からは想像できないほど、街は混乱していた。
「あなたは指示は出せないの? 一応この国の王族の者なのでしょ?」
なんでそんなこと知ってるんだよ。そう思ったが、そんなことを気にしている暇はない。
「王族とは言っても、いろいろ立場があるんだよ!」
背中に重り、城まで走り込み。語気が荒くなる。
「だったら、嘘でもいいから、そうね……、印籠でも見せて、従わせればいいじゃない!」
何かを見せれば、って。
その瞬間、昼間のことを思い出した――。
「サンキュー! それと、一瞬降りててくれ」
オレはヴィンセントを降ろし、近くにいた兵士の方に向かう。
「すまない。こういうものだ」
兵士に先ほど母さんからもらった紋章を見せる。
瞬間ハッとする兵士――。
「今から指示を出す。王位継承者ゼフィールド名義の指示だ」
一気に背筋を伸ばす兵士。
「優先順位はケガ人の保護と被害状況の確認。敵とされる存在についてはとりあえず無視しろ。いいな、優先順位はケガ人だ」
そう言い切った瞬間、兵士は走って行った。
ハァー……。
深いため息をつく。
いいのかな、勝手に指示なんて出して……?
そう心の中でつぶやいた直後、背中に重みを感じ、一瞬前のめりにぐらつく。
「さ。行くわよ」
ヴィンセントが再び飛び乗ってきた。
再び走り出すが、やはり、この重さは堪える。
「やっぱり、自分で走ってくれる?」
「嫌よ。何度も言っているように、私とあなたとでは、走る速さがそもそも違うわ。私を待っていて、遅れてもいいわけ?」
そうなったら、捨てていく。喉まで出かかったが、オレは飲み込んだ。
「いや、そうじゃないけど」
「それに、私も、あの城には、用があるのよ……」
用、って、どんな?
そう思い、一瞬ヴィンセントの顔を見る、
それにしても、男っぽい名前だな……。
すると、一瞬だけ、背中の重さが消えた。そして、次の瞬間、背中に重い衝撃が走った。
「うっ……!」
思わず足を止め、片膝を付く。
「失礼ね。これでも名前は気にしているのよ!」
「オレ、何か言ったか?」
「なんとなくよ。それに、私の顔を見て、動きを止めたら、大抵は名前のことよ」
そ……そうなのか?
「正解ね……」
ヴィンセントが一瞬つぶやく。
「何が?」
「こっちの話よ。そんなことより、先を急ぎましょう」
こうして、気を取り直し、再び走り出す。