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Kiss in the Doll  作者: 香音
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3

 一旦家に帰る。

 ちょうど、レインさんがお昼ご飯の準備をしていた。

「そんなことあったんですか」

 学校であったことをレインさんに話した。

「でも、どうしたんだろ? 何か、聞いてませんか? って、まだ帰ってきてないんだっけ?」

「そうですね。おっしゃったとおり、まだ帰ってきてません。午後行くのでしたら、直接聞いてはどうですか? 一応、ここは安全ですが、どこで誰が聴いているのか、わかりません」

 まあ、そう言ってしまえば、どこも安全ではないような。

 その「誰か」を探すように、一瞬周囲を見渡す。

「そういえば、あの人形は? 昨日、ソファに座らせたやつ」

 クリスが拾ってきたらしい人形。昨日のままなら、ソファの上にあるはずだが、今日は、出窓のところで、窓の外を眺めているように座っている。

 重さが重さだ。あの高さの窓に、クリスがわざわざ置くとも考えられない。

「今朝は、いじっていた、というような気がしないでもないけど……」

 レインさんが思い出しながらつぶやいた。

 いじってなかったとしたら、勝手に動き出したとか……あるわけないか。

 そんなこんなで、昼食を食べ、一度部屋に戻る。

 別に何かあるわけでもないが、部屋に数本転がっている、式典用の剣を持っていく。この剣は、柄の部分にパーツを組み合わせると、身分証としても使える。

 そして、玄関を出て、次の目的地を目指す――。

 途中までは、学校に行く道と同じ。噴水のところを曲がらず、真っ直ぐ進む。

 目の前に広がる城。そう、次の目的地は、グランノース城である。

 昼食後、少しくつろいでからの出発だったので、日が傾き始める頃に到着した。

 城門の前には、長い槍を持った警備兵が二人。

 通過の際、持っていた槍を交差させる。

 個人的には、「やっぱり」といった感じだ。

 黙って、先ほどパーツを組んだ剣の柄を見せる。

「あっ……」

 慌てて槍を元に戻し、「どうぞ」と言って、通す兵士たち。

 城は、お堀があり、正六角形状になっている。さらに、正六角形の頂点から地下では、対角線上に地下水路が流れていて、六芒星状になっている。これが、魔力的な結界を作り、外部からの魔力攻撃のダメージを弱らせる構造となっている、と、昔聞いたことがある。

 城の中は、特別に慌ただしさというものはなかったが、その代わり、何か、張り詰めた緊張感のようなものが感じられた。

 そのまま直進して、階段を上ろうとした時だった――。

「ゼフィールド?」

 突然、遠くの方から声がかけられた。

「えっ?」

 その声に、思わず振り返った。

「あ。やっぱりゼフィールドだ」

 そこには、友人のアックスがいた。

 アックスは、学校の実技の授業でよくコンビを組んでいた奴で、剣の腕は、そこそこいい。国外修行を親に反対された一人だ。

 懐かしさのあまり、抱き合うオレたち。

 アックスは、一般の兵士が装備しているようなシンプルな甲冑である。しかし、鎧であることにはかわりない。身体に当たっている部分は痛い。

「いつ帰ってきたんだよ!」

「昨日。それも、夜だよ」

「夜か。大変だったな」

「それにしても、まだ、兵役が続くとか、聞いたんだけど」

「そう。噂だと、一週間くらいらしいけど。なんでも、国王が風邪か何か、病気で寝込んだらしくて、それで、警備を強化したいという話だ。まあ、新しく新人を入れるよりも、鍛え上がったオレたちで警備をした方がいい、という判断らしいが」

「なるほど……」

 オレは一人納得した。

 物騒な話、国王が病で倒れ、そのまま死んでしまう、ということが起こって、国が混乱してしまう。そして、その間に、他国が攻めてきたら、との考えなんだろうけど、まあ、どんなことがあっても、死ぬことはないだろう、当分……。

「そういうことは、逆にお前の方が詳しいんじゃないのか?」

「そのはずなんだけど、帰ってきたばかりだし、直接聞いた方が早いと思って」

「なるほど。だったら、早く行った方がいいんじゃない?」

 そんな感じで、アックスと別れた。

 ま。確かに、オレの方が詳しいはずだよな……。

 階段を上り、目的の階を目指す。

 地上階から大分階段を上り、三階に着く。ここには、舞踏場があり、ここの階から、上の階に上がるには、舞踏場を突っ切らなければならない。

 舞踏場には、四つ角の柱のところにそれぞれ一体ずつ、大きな甲冑が飾られている。

 ここは、主に、他国の使節が来た時に、舞踏パーティなどが行われる場合に使われる。

 階段を上り、玉座の間に向かう。

 通常なら、そこには、六~十人程度の近衛兵がいるのだが、今日は、階段に四人だけである。

 そして、玉座には、誰もいない――。

 近衛兵に軽く挨拶をする。

「次期女王は、執務室におります」

 兵士の一人がそう言ってくれた。

 なぜ、次期女王のことを話すのか。ここまでくれば、大体察しが付くと思うが、それは、オレの母親が、そういう立場だったりもする。しかし、オレ自身は、一般の家庭で育てられていたこともあり、ここに来ることは滅多にない。

 母がなぜ父と結ばれたか、それは、だいたい二〇年ほど前に遡る。当時、祖父は、国王ではなく、王位継承権のある人間の一人だった。そして、先代の国王が次期国王に指名したのは、その兄ではなく、祖父であった。祖父の兄はそれでも納得はしたようだったが、祖父の兄の側の一部の人間は、それに反対し、祖父の兄を国王として、クーデターを起こしたのだ。そのとき、祖父と母を護衛し、クーデターを抑えたのが父であり、現在の近衛騎士団の精鋭であった。

 そして、現在、母は、この国の王女である。先ほど触れたクーデターの際は、魔道士として前線にも立っていた。その実力も、かなりのものらしく、攻撃魔法はおろか、回復、補助と、あらゆるジャンルの魔法にも精通している。一応現役は退いたものの、その実力は、魔道士の部隊の隊長にも匹敵するらしい。剣の父と魔法の母。この二人の子供であるため、剣と魔法については、一種の才能があったりもする。

 階段を上り、目的の場所を目指す。

 数室ある部屋の中で、現在使っているのは、国王夫妻の部屋と母の部屋、執務室だけだ。

 執務室のドアを二回ノックする。

「はい」

 中から声が返ってきた。

 ドアをゆっくり開けて、中に入る――。

「ただいま」

 すぐに反応が返ってくる。

「ゼフィールドか……。お帰り。なんか、ずいぶん遅かったみたいね――」

 母さんは、何か、書き物をしていた。背中から、公務用の服装というのがわかる。

「ちょっとね」

 それの言い訳、というか、理由を軽く話す。

「それは、大変だったわね。でも、無事でよかった」

 かなりの高速で、膨大な量の書類に目を通し、たまに、ペンを走らせていたりしている――。

「忙しそうだね」

「ごめんね。タイミングがタイミングだから、本当なら、顔を見て話がしたいところだけど、もう少し、お預けね。切りのいいところで、休憩入れるから、それまで、ちょっと待ってて」

 確かに、今はとてつもなく忙しそうだ。書類の山がそこら中に。しかし、母に仕事が回るほど、祖父、国王の病状はやばいのだろうか。

「仕事中申し訳ないけど、おじいちゃんの病状は、そんなにまずいの?」

 この一言で、母の手が止まった。

 そして、こちらを振り返り、小さく答えた。

「おじいちゃん、誘拐されたみたいなの」

 さらっと、一言。だが、先ほどまでの明るいトーンから、やや低めのトーンに変わっていた。

 立ち上がり、こちらに来る母さん。

「なんで?」

「わからないわ。脅迫状の類はないし、外部に連れて行かれた痕跡もない……」

 いや、これは、想像以上に大ごとだぞ。

「一応秘近隣にも使節を送って、捜査協力の申し出もしているんだけど、何もでなかった」

「それで?」

「まあ、同じタイミングだけど、徹底的に国内も、とりわけ城内を、いろいろ調べ回ったら、行方不明になる前後から、怪しい動きをする人物が数名出ていたわ……」

 結局、国内、か?

「あらかじめ、議会には、真相が判明するまでは、本当のことを公表しない代わり、病気で出られない、ということにしているけど。議会の議事録を見直したら、その国王不在の中、議会で妙に強い発言をする人物が数名いたことがわかったわ」

 冷静になれば、わかりやすい奴、ということか。

「犯人と思われる人物、って、こと?」

「まあ、そういうことね」

「で、そいつは?」

 受け身な会話が続く。

「国防大臣のグレッグ、及び、グレッグに従う連中」

「えっ?」

 国防大臣グレッグ。確か、例のクーデターの際、クーデターを起こした側の、当時若手の将軍だったが、突然「敵」側を裏切り、こちらに寝返った人物だ。その行動により、敵の部隊の配置などがわかり、ある意味、クーデターを抑えたことに貢献した人物だ。

 母さんはこちらに歩みながら、続けた。

「彼は、前々から、軍備の拡張を主張していて、最近でも、議会を不必要に熱くさせていたわ。まあ、元々敵だったのが、裏切って味方になるくらいの人物だったわけもあって、私は、特別に信用はしていなかったけど……。でも、こういう話、レインから聞いてない?」

「いや……。そんな話は……」

 なるほど、確かに、そんな話は、家ではできない。

「一応国防大臣でもあるから、彼の関係各所は、出入り禁止になっているわ。つまり、国防関係の兵士とか。だから、学生兵士団や防衛兵団などの人員は、しばらくの間は、完全に、外出も立ち入りも禁止にして、一種の軟禁状態にしているの。特に、学生たちについては、本当に申し訳ないと思っているわ」

 それで、兵役がまだ終わらなかったのか……。

「でも、それも、もう少しで終わる」

「なんで?」

「占いの結果よ」

「へ?」

「冗談よ。いくら私の占いがよく当たると言っても、そこまでは当てられないわ。ただ、このような状況になってから、一週間ほど経つ。いくら病気といっても、そんな長い期間姿を見せない国王というのは、おかしいし、たとえば、どこかに監禁していたとしても、必ず何かしらから足が付く。それに、何と言っても、あなたが帰ってきた。これが最大の理由ね」

 国王、おじいちゃんは、どうやら、オレが帰国したときに、ささやかな式典を行う予定を立てていたらしい。

「でも、その前に殺してしまったら……」

 物騒な話だが、そういうことも起こらなくはない。

「まあね。でも、それをやってしまうと、逆に、私が王位を継承することになると思うから、グレッグにとっては、都合が悪くなるわ。考えられるのは、国王が行方不明、でも生きている。その不安な状態の中で、議会の心を掴むような発言をし、指導力を見せつける。ある程度、議会が言うことを聞くようになってきたら、国王を、話せなくして発見すれば、さらに権力は集中するわ。悪い意味で、傀儡的にね」

 確かに、自分に都合のいい状態で権力が集まるようにしてしまえば、最終的に、強力な権力が扱えてしまう。

「でも、なんで、それがもうすぐ終わる、って思ったの?」

「まず、国王が行方不明になった後の議会で、私が、議会開会の宣言のため国王の代わりに呼ばれたわ。そこで、咄嗟の判断で病気の件を提案したことで、議会の不安がなくなった。同時に、私が国王の代行で公務を行うということを議決し、議会が混乱することを抑えたわ」

 なるほど。国王不在でも、それを代行できるものがいたら、焦るか。

「それにしても、近衛隊は何をやっていたのか……」

 おそらく、父さんに向けての一言だろう。

「大きくなったわね」

 突然母が、こちらを見る。

「一年も会ってなかったら、そう感じるだけだよ」

「そうじゃないわ。身長もそうだけど、顔つきも大人っぽくなったし、何よりも、人の話を聞くようになった」

「それは、言いすぎじゃ……。それに、昔から人の話は聞く方だったような気がするし」

「そうね。それだったら、これも、聞いてくれるかした」

「何を?」

「王位継承権を……」

「断る――」

 食い気味に拒否するオレ――。

「ちょっと。まだ全部言ってないじゃない!」

「途中まで言えば、何を言おうとしたのかわかるよ!」

「いいじゃない。あなたなら、みんな、ついてきてくれるわよ!」

「みんながついてくるから、王位継承する、それ、違うでしょ! それに、もっと世界を見てみたいし、何よりも、順番で言うと、王位は母さんの方が先でしょ?」

 母さんは、大きくため息をつく。

「何も分かってないわね。私、まだ王位継承宣言はしていないのよ」

 なんと!

「でも、下の階で、兵士が『次期女王』って……」

「ただのイメージよ。今は国王代行をやっているけど、まだ、王位継承宣言はやっていないわ」

 王位継承宣言。この国では、王位を継承するものは、王家の血筋で、特定の条件を満たした者が、大臣クラスの人間のいる前で、同宣言をしたものに王位継承権が認められる、というものだ。その特定の条件とは……。

「私ね、条件の中の、『軍務等に従事する』、というのが、当てはまらないみたいなの」

 いや、クーデターを抑えたとか、魔道士隊に所属していたとか、そういうのが……。

「魔道士隊に所属していたり、いろいろやってたけど、先代の国王の時、魔道士隊が軍隊の機関ではない、ということにしたらしく、今のところ、現国王、おじいちゃんが法改正のために動いていたところなんだよね」

 そんなことって。

「だからチャンスよ。あなたは、家は、街だし、外の世界見てきてるわけだし」

「そんな、チャンス、って。オレの人生設計、崩壊させるようなこと言わないでよ」

「あら。そんなこと考える年齢でもないでしょ。それに、『王様』が人生崩壊させるなら、おじいちゃんの人生は、崩壊しているの?」

 うっ……。そんなことを言われると……。

「とにかく! オレはまだ、やりたいこともあるし、何より、順番があるから、断る――!」

 ここまで言ってなんだが、やりたいことは、まだない。

 そこのところを突っ込まれたら、エライことになったが、母さんは大きくため息をついて「そっか……」と一言。そして、引出しから、一枚の紙を取り出して、渡した。

「じゃあ、この件はもういいわ。最後に、この原稿を一気に声に出して読んで、早口言葉的に」

 早口言葉? 声に出して、というのが引っ掛かるけど、一気に、一呼吸で読んだ。

「グランノース王族として今ここに我を正統なる王位継承者として認める者がいるならば今ここにそれを宣言する」

一呼吸(ワンブレス)(おつ)

 ……って、おい!

 すると、いきなり、ドアが開き、三人ほどなだれ込んできた――。

 そして、口々に、「認めます」だとか「おめでとうございます」だとか、叫んでいる。

「ちょっ……まっ……!」

 一瞬何が起こったのかわからなかったが、口々から聞こえる言葉を読み取ると、とんでもないことをしでかしてくれた、ということがよくわかった。

「ほら。こんなに認めてくれる人たちがいるじゃない」

 考えろ――。冷静になれ――。

 オレは、大きく深呼吸をして、息を整えた。

「この中に、大臣や大臣の役割を与えられている人、いますか?」

 レベル走馬灯に思考を働かせて、王位継承宣言に関する法律を思い出し、丁寧に語りかけた。

 「王位継承者」として認められるには、最低でも、王族一名、大臣や大臣クラスの人一名、そして、それに賛同する、二名以上の承認がなければならない――。

 一瞬にして辺りが静まり返る。

「だったら、この宣言は……」

 無効になる。そう言いかけた瞬間、一人の老人が、申し訳なさそうに手を上げた――。

 いつも、国王、おじいちゃんの傍にいて、何かと世話をしていた人だ。

「彼、一応大臣クラスよ。まあ、大臣という大臣ではないけど、『国王補佐』という役職立、派な肩書があるわ。まあ、お世話係、みたいなものね」

「認められちゃったわね」

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

「今のなし! キャンセル! 無効! つーか無理! ……!」

 他にも「否定する」言葉は並べたが、何を言ったのか、定かではない。

 しかも、これだけ取り乱しているのに、他の人の反応は、薄い。かくなる上は。

「このキャンセルが認められなければ、今ここで舌噛み切って死んでやる!」

 何言ってんだ、オレ。

 しかし、この覚悟のない一言で、反応があった。

「あー。さすがに、それだけは勘弁して。私がなっちゃうし。よし。わかった。今の無しで」

 母さんは、右手で、「ゴメン」のポーズを作った。

 そんなに軽くていいのか? つーか、自分がなるからか?

 いろいろ引っ掛かるがあったが、これで、一応、王位継承権はキャンセルとなった、はずだ。

 それから、その他大勢の方々には退散してもらい、しばらく雑談して、下の階に降りた。雑談の中で、レズギンカは二、三日前に帰国したことを聞かされた。

 帰国したのに、学校には、行ってないのか……。

 別れ際に、母さんが、式典用の剣の紋章のパーツをくれた。

「今まであなたに渡していたのは、言ってしまえば『王家の人間です』というもの。これは、一応旅も終わり、一人前になった証のようなものよ。これからは人に指示や命令を出さなければならないこともあるから、その意識を変えるために、持っていて」

 大人の、証、と、理解して、いいのかな?

 そして、父さんに会うため、階下に降りた。



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