16
それは、シルキーの攻撃を盾で防ごうとした瞬間までに遡る。
その瞬間、すべての時が止まったかのような感覚に陥った。
確か、シルキーの攻撃を盾で防いで、腕を……。オレも、とうとう……。
「死ぬのか」と、つぶやこうとした瞬間、永遠と続く闇の中、声が響いた。
『そんな簡単に、死ぬわけないだろうが』
まるで幽霊が浮かび上がるように、徐々に声の主が浮かび上がった。
神話や伝説などに登場するような、衣を身につけている人物。ただし、その衣の色と髪は、闇を示すような漆黒である。
『まあ、たとえ身体本体を斬られても、しばらくは、生きているのだがな……』
同じように登場する、金髪と白の衣。
特異なのは、その顔である。――二人とも、オレと同じなのだ。
「仕方ないだろう。普通に呼んでも、出てくるわけでもないし、っていうか、呼んでないし」
『当たり前だ。神の世界の条約で、異界の者による、単独問題に、その世界の神や魔族が首を突っ込んではいけないからな』
金髪は当然のことのように言った。
「異界の、者? ……守り神が?」
『そうだ。おそらく、世界を守る結界が、初めて破れた頃に入ってきた異界の神だろう』
黒髪がやれやれと言った感じで言った。
「すまない。順を追って、説明してもらえないか?」
『正直、あまり時間はないのだが……』
金髪と黒髪が顔を見合わせる。
「え?」
『ここは、お前の心の中だ。超光速で思考しているため、会話は瞬間的に行われているが、この状況を長く維持できるわけではない』
「……わかった。手短に」
それから、金髪と黒髪が順番に話し始めた。
神と魔王の戦争の最中、神は魔王により七つに引き裂かれた。神は戦局を打開すべく、七つのうち、一柱を人間に転生させた。これは、非力な人間が持つ「奇跡」の力を信じたからだ。そして、いわゆる最終決戦の際、人間に転生した神は、大いなる力を使い、魔王を討った。しかし、魔王は、自分の身体を七つに割ることにより、分散させ、抑え込むことに成功した。大いなる力を使い消耗した神を尻目に、七つに分かれた魔王は、それぞれの方向に逃亡する。そのうちの一体が、動けない神を発見し、追撃する。その瞬間、大いなる力が爆発し、人間に転生した神と魔王の七分の一を飲み込んでしまった。
『こうやって、我らも人間の輪廻を漂うこととなった』
金髪が締めた。
「つまり、その何回目かの生まれ変わりが、オレ、ってことか」
『そういうことになる』
「それで、今回の件と、それが、どう関係がある?」
『神と魔王が戦い続けている理由は、わかるか?』
「神は世界を守るため、魔王は世界を滅ぼすため、だろ?」
『それでは、不完全だな。神は、生命を生み、その営みによって、生まれた余剰エネルギーを、大いなる力にお返しするために存在する。魔王は、生命が死んだり、滅んだ時に解放されるエネルギーを大いなる力にお返しするために存在する』
金髪の言葉に、黒髪が続けた。
『そして、その究極の形が、世界を滅ぼすことだ』
世界が滅べば、それ、そのものが、エネルギーとなる。
「なるほど。だったら、異界の神であれ魔王であれ、協力して世界を滅ぼした方が、手っ取り早いんじゃ」
『オレらにも、エゴはある。自分の世界は、自分で滅ぼしたい。そして、異世界の神や魔王によって、滅ぼされるなら、それらを残らず排除する』
そして、神を倒した後で、世界を滅ぼす、と、黒髪は続けた。
『話はそれたが、そうやって、神と魔王が封印されたため、守り手が不在となってしまった』
『そこへ、居場所を失った異世界の神が侵入してきた』
「守り神、か……」
その後、新たな守り手として、人間を使い、魔道王朝が始まった。魔道王朝は、人の手によって崩壊し、現在は、選ばれたごく少数の者が担っているそうだ。
「それで、そうやって侵入した守り神が、何か問題でも?」
『お前も感づいているだろう?』
「まあな……」
オレたちは、村長のメモに従い、村長の業務日誌を一つ一つ読み返した――。
『オレの配下の者が、その力に干渉しようとした』
「使い魔」
膨大な量の日誌の中に、突如として使い魔に関する記述が現れたのだった。
『そうだ。奴は、オレの配下だ――』
つまり魔族。
『如何に下層の者とはいえ、勝手な行動を容認するわけにはいかない』
『だが、かの力も、我らと同じ原理で存在してはいるが、神の力だ。そう簡単に、下層魔族程度の影響に屈するわけがない』
『そうしているうちに、あの力の意思を感じ取る世代へと引き継がれていった』
「ヴィンセントたち」
『そうだ。彼らは、無意識に異物である、オレの配下を排除しようとした』
『そして、返り討ちに合い、人形にされた』
『人形であれば、消耗の激しさから、討たれることはないだろう。何よりも、永きに渡り、力と共存するため、力との同化が進むだろう。あとは、使いこなした者に憑りつけばいい』
なるほど。確かにそれだと、辻褄が合う。使い魔が言っていたことも――。
「ちょっと待て、じゃあ、今使い魔はどこにいるんだよ」
『それも聞いていただろ。あのレズギンカと呼ばれた女に憑りついている』
「……」
『いくら同じような存在とはいえ、極性が異なる存在同士だ。本体に憑りついて、逆に食われてしまっては意味がない。そこで、かの力を使えて、かの力の影響を受けない人間を間に挟んだ、といったところだろう』
「どうすればいいんだ!」
『それは、あの女を救いつつ、オレの配下を倒す、ということか?』
「そうだよ!」
『基本的に、憑りつかれていては、無理だ』
「えっ?」
『だが、安心しろ、とは言わんが、幸い、あの女には、自分を失っていない部分がある』
そういえば。自分の剣の力でオレを殺そうとした。その気になれば、巫女の力を使うこともできたはずだ。
『お前に対する、殺意がなくなるようなことがあれば、自分から尻尾を出すだろう』
「本体が動かなくなったら、力だけでも、無理でをしてでも吸収しようとする、か……」
『その時がチャンスだ』
そう言いながら、金髪は、右手を差し出した。
オレは、無言で、その手を掴むと、黒髪が左手を差し出した。
腕をクロスするように、左手でその手を掴んだ。
三位一体――。
その瞬間、白色の光が広がった。
徐々に遠くなる意識の中、頭の中に声が響いた。
『覚えているだろうが、このまま目覚めれば、腕が切られる瞬間だ。その恐怖と切られたダメージが残るおまけがつくから、気を付けろよ』
いらねえよ、そんなおまけ……。
『あとは、思うように戦え。神と魔王の力が、お前にはついている――』
そして、こちらでの意識がなくなった。その瞬間、現実の意識へと戻っていった――。
「オレと戦って、オレもお前も生きていたら、話してやるよ」
この一言で、レズギンカは我に返った。
「お前にどんな力があろうとも、こちらには、七だ。こちら有利であることには変わりはない」
レズギンカは、剣を構え直した。
「さあ、こちらも始めるぞ」
シルキーがヴィンセントに剣を向けた。
ヴィンセントが構えたとき、クルトワがヴィンセントの前に立ち、を制した。
「待って――」
「え?」
クルトワは、微笑みを浮かべて、優しい口調で語り始めた。
「ヴィンセント。今までありがとう。また会えて、うれしかった――」
「なに?」
クルトワは、ヴィンセントを優しく抱きしめ、軽く息を吸って、続けた。
「祀りは、最終的に、巫女が一人になるまで戦わなければならない。分かってはいるけど、私の力では、どうにもならない……」
この一言を聞いたラスキーは、ため息をついて、それに合わせるかのようにつぶやいた。
「そういうことね」
さらにティルツも続いた。
「始めからそう言ってくれれば……」
ヴィンセントは、何を言っているのか、理解できず、一人ひとりの顔を見た。
アイルも、ため息をついた。
「あのさ、ヴィンセント。シルキー(あいつ)に勝つには、従者と結晶の力が必要なんだよね……」
意を決したように、エルクがつぶやいた。
「これで、お別れか……」
エルクの直接的な言葉が、ヴィンセントの表情を凍り付かせた。
ヴィンセントの眼には、急激に、潤みが現れた――。
「みんな……やめ……て……」
声の震えたヴィンセントに、ティルツは、突き放すように言った。
「ヴィンセント。この時代に、全員がそろって目覚めるのは、運命みたいなものよ。そして、最後に一人残るのなら、それは、シルキーではなく、あなたよ」
クルトワは、ヴィンセントの両肩に触れながら、自分の両手で押すように離れると、言った。
「倒すことは叶わないけど、最後に、一矢を報いるつもりよ――」
クルトワの言葉に、ヴィンセントが、何か反論しようと、口を開けた瞬間、クルトワが、ヴィンセントの腹部に、強烈な一撃を加えた。
「……っ」
腹を押さえ、膝をつくヴィンセント。意識を失うか失わないかの境目の一撃だった。
動けなくなったヴィンセントを尻目に、地面を蹴る人形たち――。
エルクが曲を奏でた。
今までのような和音ではなく、攻撃的な激しい曲だ。
シルキーは、気にも留めなかったが、三フレーズ目に入ったとき、肩口の服が切り裂かれ、血が滲んだ。
シルキーの視線がエルクに向かった。
エルクの不可視の攻撃のため、シルキーには近づけない。
シルキーの剣が、エルクの曲をことごとく切り裂き、音が四散する。
曲は、徐々にクレッシェンドしていき、山場を迎える。
エルクの表情に焦りが生まれる。
エルクが一曲奏で終えると、シルキーは、竪琴を出現させ、それを弓に変化させた。
弓の弦を引き、放つ――。
完璧な音程の調律音が矢となり、エルクに向かう。
「……っ!」
あまりに瞬間的なことのため、エルクは、声も発さず、腹を射抜かれ、吹き飛んだ――。
背中から地面に叩きつけられたとき、ため込んでいた「声」が絞り出された。
「ヴィン……セント……」
ヴィンセントは、なんとか立ち上がり、フラフラな状態で、エルクの方へ向かい、エルクを抱き寄せた。
「ヴィン……セント……。あり……が……」
エルクの言葉は、まるで、未完成の交響曲のように、最後まで奏でることができなかった。
「……っ!」
抱き起しながら、必死に声をかけるヴィンセント。
しかし、曲間、ソロ前のフェルマータから、エルクのソロは始まらなかった。
エルクの身体が白みがかった緑色の輝きを放った。風化が進んだ岩のように、エルクの身体から、緑色に輝く砂がこぼれ、崩れるように消滅した。
ヴィンセントは、自分の腕の中で、消えていったエルクを感じながら、その最期を見届けた。
風がエルクの砂を流した瞬間、ヴィンセントが溜め込んでいた感情が流れ出した……。
ヴィンセントの感情の動きに反して、シルキーは攻防を繰り広げていた。
エルクを射抜いたシルキーは、すぐに狙いを定めた。
実の妹である、ラスキーだった。
しかし、その前に、クルトワとティルツが立ちはだかった。
「そんなに早く死にたいか?」
クルトワとティルツが、交互に言い放った。
「死はもとより……」
「覚悟の上よ!」
二人の周りに、白い羽根がが舞った。
その瞬間、三人は、高速でぶつかり合った。
すぐにシルキーが攻撃をよけたところに、別の人形が攻撃をするというパターンで、シルキーに仕掛ける。
さらに、そこに、アイルの攻撃がわる。
一見すると、シルキーを追い詰めていっているように見える――。
ティルツの攻撃を、シルキーが後ろに大きく跳んでかわし、その着地の瞬間を狙い、クルトワが地面を蹴った――。
結晶の力を使い、大きく蹴り上げようとした。
だが、それは、思いもよらない位置、シルキーの少し前の、クルトワの足が届かない場所で、大きく空を切ってしまった。
「えっ……?」
急な失速に、クルトワは困惑した。
瞬間的に判断し、逆の足で、後ろに蹴った。しかし、すでにシルキーの姿はなかった。
シルキーは、クルトワの背後に回ると、蹴りを繰り出した。
「ガっ……! ハっ……!」
だが、声を上げたのは、ラスキーだった。
口元を両手で押さえ、膝を付く。指と指の間から、血のように見える液体が漏れていた。
「無理をするから……。このまま戦い続けると、私が手を出さなくても死ぬんじゃない?」
シルキーは、ラスキーに優しく語りかけた。
「今からでも遅くはないわ。私と組んで……」
「どう……して……。ヴィン……セントと……、仲良く……」
ラスキーの悲痛な声を聞いた瞬間、シルキーの表情は一転した。
クルトワとティルツを突き飛ばし、ラスキーの背後に瞬間移動した。
そして、シルキーは、言葉を塞ぐように、ラスキーの背後から、無言で剣を突き立てた。
ラスキーから、光の粒が広がるようにあふれ出した。
後姿のシルキーの顔付近で、ラスキーからこぼれた光が、小さい粒に屈折して、一瞬だけ幻想的な輝きを放った。
「ゎ……。……ぃ……ゎょ……」
シルキーは、小さくつぶやくと、深く息を吸って、
「これで二人……。次は、誰がお望み?」
表情には、狂気すらも感じさせたが、「人」としての、最後の一線を、その顔に刻まれた、二本の線が辛うじて保っているかのように思えた。
無言でアイルが結晶を輝かせた。
雷撃がシルキーに向かう。
「無駄だ……」
シルキーは、雑にその雷撃を、剣で薙ぎ払った。
一歩ずつ近づくシルキー。一歩ずつ後退しながら、雷撃を繰り出すアイル。
やがてアイルは、力尽き、その場で、膝をついてしまった。
シルキーは、剣をアイルの胸に突き立てた。
その瞬間、ティルツとクルトワが飛び出した。
アイルは、シルキーの剣と腕を押さえつけ、悲痛とも妖しい表情をシルキーに向けた。
ティルツは、炎と冷気の拳をシルキーの腹に叩き込む。クルトワは、結晶の力を使った蹴りを叩き付けた。
小爆発が起こったが、シルキーは微動だにしなかった。
アイルの消滅を黙視すると、シルキーは言葉を放った。
「その程度、効かないと言っている!」
その瞬間、シルキーは、高加速し、ティルツとクルトワをそれぞれ斬りつけた。
切り口から、血の代わりに、緑色の光の粒子が噴出した。
高加速を止め、着地と同時に、剣に付着した血を払うように、光の粒子を振り払った。
「最後はお前だ、ヴィンセント!」
しかし、シルキーが剣をヴィンセントに向けたとき、思わぬ方向から声が響いた。
「待て、シルキー」
「チっ……。今さら何の用だ、村長!」
リズムを崩され、シルキーは、不機嫌な声を村長に向けた。
「お前は巫女を倒した。お前には、この力を受け継ぐ権利がある」
村長が持っていた杯には、人形が消滅したときと同じ輝きで満たされていた。正確には、、まだ完全に消滅しきっていない、ティルツとクルトワから、光の粒子が今もなお、注がれている。
「そうね――」
一瞬考えるような仕草をしたが、すぐに、シルキーは答えを出した。
「いらないわ」
「……っ!」
「では、どうすればよい。権利者はお前じゃ」
この会話の最中に、ティルツとクルトワが完全に消滅した。
「ヴィンセントにでも、くれてやるわ」
シルキーが身につけている結晶が、一瞬月明かりに光った。
自分はすでに、すべてがそろっている、とでも言いたそうだ。
「それでいいのだな?」
「私がいいと言っているのだから、素直に従いなさい!」
「それでは、力をヴィンセントに……」
村長は、杯を掲げた。
杯が輝き、中の液体が噴き出し、オレとヴィンセントに向かっていった――。
そして、気が付くと、オレは、「白い空間」の中に、漂っていた。




