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Kiss in the Doll  作者: 香音
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 それは、シルキーの攻撃を盾で防ごうとした瞬間までに遡る。

 その瞬間、すべての時が止まったかのような感覚に陥った。

 確か、シルキーの攻撃を盾で防いで、腕を……。オレも、とうとう……。

 「死ぬのか」と、つぶやこうとした瞬間、永遠と続く闇の中、声が響いた。

『そんな簡単に、死ぬわけないだろうが』

 まるで幽霊が浮かび上がるように、徐々に声の主が浮かび上がった。

 神話や伝説などに登場するような、(ローブ)を身につけている人物。ただし、その衣の色と髪は、闇を示すような漆黒である。

『まあ、たとえ身体本体を斬られても、しばらくは、生きているのだがな……』

 同じように登場する、金髪と白の衣。

 特異なのは、その顔である。――二人とも、オレと同じなのだ。

「仕方ないだろう。普通に呼んでも、出てくるわけでもないし、っていうか、呼んでないし」

『当たり前だ。神の世界の条約で、異界の者による、単独問題に、その世界の神や魔族が首を突っ込んではいけないからな』

 金髪は当然のことのように言った。

「異界の、者? ……守り神が?」

『そうだ。おそらく、世界を守る結界が、初めて破れた頃に入ってきた異界の神だろう』

 黒髪がやれやれと言った感じで言った。

「すまない。順を追って、説明してもらえないか?」

『正直、あまり時間はないのだが……』

 金髪と黒髪が顔を見合わせる。

「え?」

『ここは、お前の心の中だ。超光速で思考しているため、会話は瞬間的に行われているが、この状況を長く維持できるわけではない』

「……わかった。手短に」

 それから、金髪と黒髪が順番に話し始めた。

 神と魔王の戦争の最中、神は魔王により七つに引き裂かれた。神は戦局を打開すべく、七つのうち、一柱を人間に転生させた。これは、非力な人間が持つ「奇跡」の力を信じたからだ。そして、いわゆる最終決戦の際、人間に転生した神は、大いなる力を使い、魔王を討った。しかし、魔王は、自分の身体を七つに割ることにより、分散させ、抑え込むことに成功した。大いなる力を使い消耗した神を尻目に、七つに分かれた魔王は、それぞれの方向に逃亡する。そのうちの一体が、動けない神を発見し、追撃する。その瞬間、大いなる力が爆発し、人間に転生した神と魔王の七分の一を飲み込んでしまった。

『こうやって、我らも人間の輪廻を漂うこととなった』

 金髪が締めた。

「つまり、その何回目かの生まれ変わりが、オレ、ってことか」

『そういうことになる』

「それで、今回の件と、それが、どう関係がある?」

『神と魔王(オレら)が戦い続けている理由は、わかるか?』

「神は世界を守るため、魔王は世界を滅ぼすため、だろ?」

『それでは、不完全だな。(われら)は、生命を生み、その営みによって、生まれた余剰エネルギーを、大いなる力にお返しするために存在する。魔王は、生命が死んだり、滅んだ時に解放されるエネルギーを大いなる力にお返しするために存在する』

 金髪の言葉に、黒髪が続けた。

『そして、その究極の形が、世界を滅ぼすことだ』

 世界が滅べば、それ、そのものが、エネルギーとなる。

「なるほど。だったら、異界の神であれ魔王であれ、協力して世界を滅ぼした方が、手っ取り早いんじゃ」

『オレらにも、エゴはある。自分の世界は、自分で滅ぼしたい。そして、異世界の神や魔王によって、滅ぼされるなら、それらを残らず排除する』

 そして、神を倒した後で、世界を滅ぼす、と、黒髪は続けた。

『話はそれたが、そうやって、神と魔王が封印されたため、守り手が不在となってしまった』

『そこへ、居場所を失った異世界の神が侵入してきた』

「守り神、か……」

 その後、新たな守り手として、人間を使い、魔道王朝が始まった。魔道王朝は、人の手によって崩壊し、現在は、選ばれたごく少数の者が担っているそうだ。

「それで、そうやって侵入した守り神が、何か問題でも?」

『お前も感づいているだろう?』

「まあな……」

 オレたちは、村長のメモに従い、村長の業務日誌を一つ一つ読み返した――。

『オレの配下の者が、その力に干渉しようとした』

「使い魔」

 膨大な量の日誌の中に、突如として使い魔に関する記述が現れたのだった。

『そうだ。奴は、オレの配下だ――』

 つまり魔族。

『如何に下層の者とはいえ、勝手な行動を容認するわけにはいかない』

『だが、かの力も、我らと同じ原理で存在してはいるが、神の力だ。そう簡単に、下層魔族程度の影響に屈するわけがない』

『そうしているうちに、あの力の意思を感じ取る世代へと引き継がれていった』

「ヴィンセントたち」

『そうだ。彼らは、無意識に異物である、オレの配下を排除しようとした』

『そして、返り討ちに合い、人形にされた』

『人形であれば、消耗の激しさから、討たれることはないだろう。何よりも、永きに渡り、力と共存するため、力との同化が進むだろう。あとは、使いこなした者に憑りつけばいい』

 なるほど。確かにそれだと、辻褄が合う。使い魔が言っていたことも――。

「ちょっと待て、じゃあ、今使い魔はどこにいるんだよ」

『それも聞いていただろ。あのレズギンカと呼ばれた女に憑りついている』

「……」

『いくら同じような存在とはいえ、極性が異なる存在同士だ。本体に憑りついて、逆に食われてしまっては意味がない。そこで、かの力を使えて、かの力の影響を受けない人間を間に挟んだ、といったところだろう』

「どうすればいいんだ!」

『それは、あの女を救いつつ、オレの配下を倒す、ということか?』

「そうだよ!」

『基本的に、憑りつかれていては、無理だ』

「えっ?」

『だが、安心しろ、とは言わんが、幸い、あの女には、自分を失っていない部分がある』

 そういえば。自分の剣の力でオレを殺そうとした。その気になれば、巫女の力を使うこともできたはずだ。

『お前に対する、殺意がなくなるようなことがあれば、自分から尻尾を出すだろう』

「本体が動かなくなったら、力だけでも、無理でをしてでも吸収しようとする、か……」

『その時がチャンスだ』

 そう言いながら、金髪は、右手を差し出した。

 オレは、無言で、その手を掴むと、黒髪が左手を差し出した。

 腕をクロスするように、左手でその手を掴んだ。

 三位一体――。

 その瞬間、白色の光が広がった。

 徐々に遠くなる意識の中、頭の中に声が響いた。

『覚えているだろうが、このまま目覚めれば、腕が切られる瞬間だ。その恐怖と切られたダメージが残るおまけがつくから、気を付けろよ』

 いらねえよ、そんなおまけ……。

『あとは、思うように戦え。神と魔王の力が、お前にはついている――』

 そして、こちらでの意識がなくなった。その瞬間、現実の意識へと戻っていった――。


「オレと戦って、オレもお前も生きていたら、話してやるよ」

 この一言で、レズギンカは我に返った。

「お前にどんな力があろうとも、こちらには、七だ。こちら有利であることには変わりはない」

 レズギンカは、剣を構え直した。

「さあ、こちらも始めるぞ」

 シルキーがヴィンセントに剣を向けた。

 ヴィンセントが構えたとき、クルトワがヴィンセントの前に立ち、を制した。

「待って――」

「え?」

 クルトワは、微笑みを浮かべて、優しい口調で語り始めた。

「ヴィンセント。今までありがとう。また会えて、うれしかった――」

「なに?」

 クルトワは、ヴィンセントを優しく抱きしめ、軽く息を吸って、続けた。

「祀りは、最終的に、巫女が一人になるまで戦わなければならない。分かってはいるけど、私の力では、どうにもならない……」

 この一言を聞いたラスキーは、ため息をついて、それに合わせるかのようにつぶやいた。

「そういうことね」

 さらにティルツも続いた。

「始めからそう言ってくれれば……」

 ヴィンセントは、何を言っているのか、理解できず、一人ひとりの顔を見た。

 アイルも、ため息をついた。

「あのさ、ヴィンセント。シルキー(あいつ)に勝つには、従者と結晶の力が必要なんだよね……」

 意を決したように、エルクがつぶやいた。

「これで、お別れか……」

 エルクの直接的な言葉が、ヴィンセントの表情を凍り付かせた。

 ヴィンセントの眼には、急激に、潤みが現れた――。

「みんな……やめ……て……」

 声の震えたヴィンセントに、ティルツは、突き放すように言った。

「ヴィンセント。この時代に、全員がそろって目覚めるのは、運命みたいなものよ。そして、最後に一人残るのなら、それは、シルキーではなく、あなたよ」

 クルトワは、ヴィンセントの両肩に触れながら、自分の両手で押すように離れると、言った。

「倒すことは叶わないけど、最後に、一矢を報いるつもりよ――」

 クルトワの言葉に、ヴィンセントが、何か反論しようと、口を開けた瞬間、クルトワが、ヴィンセントの腹部に、強烈な一撃を加えた。

「……っ」

 腹を押さえ、膝をつくヴィンセント。意識を失うか失わないかの境目の一撃だった。

 動けなくなったヴィンセントを尻目に、地面を蹴る人形たち――。

 エルクが曲を奏でた。

 今までのような和音ではなく、攻撃的な激しい曲だ。

 シルキーは、気にも留めなかったが、三フレーズ目に入ったとき、肩口の服が切り裂かれ、血が滲んだ。

 シルキーの視線がエルクに向かった。

 エルクの不可視の攻撃のため、シルキーには近づけない。

 シルキーの剣が、エルクの曲をことごとく切り裂き、音が四散する。

 曲は、徐々にクレッシェンドしていき、山場を迎える。

 エルクの表情に焦りが生まれる。

 エルクが一曲奏で終えると、シルキーは、竪琴を出現させ、それを弓に変化させた。

 弓の弦を引き、放つ――。

 完璧な音程(ピッチ)の調律音が矢となり、エルクに向かう。

「……っ!」

 あまりに瞬間的なことのため、エルクは、声も発さず、腹を射抜かれ、吹き飛んだ――。

 背中から地面に叩きつけられたとき、ため込んでいた「声」が絞り出された。

「ヴィン……セント……」

 ヴィンセントは、なんとか立ち上がり、フラフラな状態で、エルクの方へ向かい、エルクを抱き寄せた。

「ヴィン……セント……。あり……が……」

 エルクの言葉は、まるで、未完成の交響曲のように、最後まで奏でることができなかった。

「……っ!」

 抱き起しながら、必死に声をかけるヴィンセント。

 しかし、曲間、ソロ前のフェルマータから、エルクのソロは始まらなかった。

 エルクの身体が白みがかった緑色の輝きを放った。風化が進んだ岩のように、エルクの身体から、緑色に輝く砂がこぼれ、崩れるように消滅した。

 ヴィンセントは、自分の腕の中で、消えていったエルクを感じながら、その最期を見届けた。

 風がエルクの砂を流した瞬間、ヴィンセントが溜め込んでいた感情が流れ出した……。

 ヴィンセントの感情の動きに反して、シルキーは攻防を繰り広げていた。

 エルクを射抜いたシルキーは、すぐに狙いを定めた。

 実の妹である、ラスキーだった。

 しかし、その前に、クルトワとティルツが立ちはだかった。

「そんなに早く死にたいか?」

 クルトワとティルツが、交互に言い放った。

「死はもとより……」

「覚悟の上よ!」

 二人の周りに、白い羽根がが舞った。

 その瞬間、三人は、高速でぶつかり合った。

 すぐにシルキーが攻撃をよけたところに、別の人形が攻撃をするというパターンで、シルキーに仕掛ける。

 さらに、そこに、アイルの攻撃がわる。

 一見すると、シルキーを追い詰めていっているように見える――。

 ティルツの攻撃を、シルキーが後ろに大きく跳んでかわし、その着地の瞬間を狙い、クルトワが地面を蹴った――。

 結晶の力を使い、大きく蹴り上げようとした。

 だが、それは、思いもよらない位置、シルキーの少し前の、クルトワの足が届かない場所で、大きく空を切ってしまった。

「えっ……?」

 急な失速に、クルトワは困惑した。

 瞬間的に判断し、逆の足で、後ろに蹴った。しかし、すでにシルキーの姿はなかった。

 シルキーは、クルトワの背後に回ると、蹴りを繰り出した。

「ガっ……! ハっ……!」

 だが、声を上げたのは、ラスキーだった。

 口元を両手で押さえ、膝を付く。指と指の間から、血のように見える液体が漏れていた。

「無理をするから……。このまま戦い続けると、私が手を出さなくても死ぬんじゃない?」

 シルキーは、ラスキーに優しく語りかけた。

「今からでも遅くはないわ。私と組んで……」

「どう……して……。ヴィン……セントと……、仲良く……」

 ラスキーの悲痛な声を聞いた瞬間、シルキーの表情は一転した。

 クルトワとティルツを突き飛ばし、ラスキーの背後に瞬間移動した。

 そして、シルキーは、言葉を塞ぐように、ラスキーの背後から、無言で剣を突き立てた。

 ラスキーから、光の粒が広がるようにあふれ出した。

 後姿のシルキーの顔付近で、ラスキーからこぼれた光が、小さい粒に屈折して、一瞬だけ幻想的な輝きを放った。

「ゎ……。……ぃ……ゎょ……」

 シルキーは、小さくつぶやくと、深く息を吸って、

「これで二人……。次は、誰がお望み?」

 表情には、狂気すらも感じさせたが、「人」としての、最後の一線を、その顔に刻まれた、二本の線が辛うじて保っているかのように思えた。

 無言でアイルが結晶を輝かせた。

 雷撃がシルキーに向かう。

「無駄だ……」

 シルキーは、雑にその雷撃を、剣で薙ぎ払った。

 一歩ずつ近づくシルキー。一歩ずつ後退しながら、雷撃を繰り出すアイル。

 やがてアイルは、力尽き、その場で、膝をついてしまった。

 シルキーは、剣をアイルの胸に突き立てた。

 その瞬間、ティルツとクルトワが飛び出した。

 アイルは、シルキーの剣と腕を押さえつけ、悲痛とも妖しい表情をシルキーに向けた。

 ティルツは、炎と冷気の拳をシルキーの腹に叩き込む。クルトワは、結晶の力を使った蹴りを叩き付けた。

 小爆発が起こったが、シルキーは微動だにしなかった。

 アイルの消滅を黙視すると、シルキーは言葉を放った。

「その程度、効かないと言っている!」

 その瞬間、シルキーは、高加速し、ティルツとクルトワをそれぞれ斬りつけた。

 切り口から、血の代わりに、緑色の光の粒子が噴出した。

 高加速を止め、着地と同時に、剣に付着した血を払うように、光の粒子を振り払った。

「最後はお前だ、ヴィンセント!」

 しかし、シルキーが剣をヴィンセントに向けたとき、思わぬ方向から声が響いた。

「待て、シルキー」

「チっ……。今さら何の用だ、村長!」

 リズムを崩され、シルキーは、不機嫌な声を村長に向けた。

「お前は巫女を倒した。お前には、この力を受け継ぐ権利がある」

 村長が持っていた杯には、人形が消滅したときと同じ輝きで満たされていた。正確には、、まだ完全に消滅しきっていない、ティルツとクルトワから、光の粒子が今もなお、注がれている。

「そうね――」

 一瞬考えるような仕草をしたが、すぐに、シルキーは答えを出した。

「いらないわ」

「……っ!」

「では、どうすればよい。権利者はお前じゃ」

 この会話の最中に、ティルツとクルトワが完全に消滅した。

「ヴィンセントにでも、くれてやるわ」

 シルキーが身につけている結晶が、一瞬月明かりに光った。

 自分はすでに、すべてがそろっている、とでも言いたそうだ。

「それでいいのだな?」

「私がいいと言っているのだから、素直に従いなさい!」

「それでは、力をヴィンセントに……」

 村長は、杯を掲げた。

 杯が輝き、中の液体が噴き出し、オレとヴィンセントに向かっていった――。

 そして、気が付くと、オレは、「白い空間」の中に、漂っていた。



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