表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Kiss in the Doll  作者: 香音
1/19

1

――二本のテナー・テューバから始まる、不気味な和音――

――それに続く、バス・トランペットの重厚なファンファーレ――

――合わせる形で続く、九本のトランペット――

 力の差に、成す術がなかった。

 七対一。

 「味方」が一瞬にして倒されてしまった。しかも、たった一撃の衝撃波だけで。

 なんとか立ち上がるものの、まともに動けるような状態ではない。

「どうしたの、さっきの勢いは?」

 一人の敵。明らかに「人」ではないが、強力な力を放った異形な存在は、挑発するかのように言い放った。

「確かに、君たちの力が一つになれば、ボクでも倒されるかもしれない……」

 無表情な、仮面のような顔からは、感情のようなものは感じられないが、相手を屈服したときに人が放つ、優越のような心の表れが、その声に乗せられている。

「でも、それは、君たちが、その力を理解し、使いこなせるようになった場合の話だけどね」

 少女たち全員が、立ち上がった。

「まあ、君たちの中では、シルキーさんが力の覚醒に近づいているから、ちょっと怖かったけど……。でも、こんなことになって、本当に残念だよ」

「うるさいっ!」

 シルキーは、剣を構え、力を集中させるかのように叫んだ。

「でも、君の気持を考えると、本来その刃は、ボクではなく、その隣のヴィンセントさんに向けられるものだと思うんだけど?」

 揺さぶり……。

 シルキーは、一瞬、ヴィンセントに視線を移した。

「……」

 力の集中は続けてはいるが、シルキーに、迷いが生じた。

「姉さん、使い魔の誘いに乗ってはダメ。ヴィンセントなら、あいつを倒した後、思う存分やれば、それで十分でしょ?」

 妹のラスキーの声に、シルキーは、ハッとし、異形な存在、使い魔を睨み付けた。

「ボクとしては、誰が力を受け継ごうと構わないんだよ。他の世代に比べて、君たちは、力を引き出すことができそうだから、実は、期待してたんだけどね」

 長身の少女が立ち上がり、左前の形で構えた。

「ベラベラとっ――!」

 凛とした芯の強い声が響いた。

「君も、力の使い方を覚えてきたみたいだね、クルトワさん」

「黙れ!」

 長身の少女、クルトワは、地面を蹴ると、一度も着地しないまま、目の前の敵に向かって飛び、強烈な蹴りの一撃を放った。

 蹴りは、見えない壁に弾かれ、大きくバランスを崩した。

 使い魔の左手がクルトワの腹に延び、小さく二回黒い閃光が走った。

「あぁ……っ!」

 叫び声を上げ、吹き飛ぶクルトワ。

「気持ちに嘘はつかないでよ。本当なら、君も、今すぐにでも、シルキーさんを殺したかったはずなのに……」

 瞬間的に倒されたクルトワに、動けなくなる一同。

「そうだね。さっきも言ったけど、君たちの中では、シルキーさんが一番力の覚醒に近いみたいだよ。でも、それでは全然力が足りないんだよね……」

「何が言いたい」

 静かに使い魔は、シルキーに話した。

「もし、ヴィンセントさんたちを止めることができたら、力を与えることを約束するよ」

 言っていることの意味がわからなかった。使い魔は、力を管理している存在。守り神の力とは別に、力を与えるとでも言うのだろうか。

「とはいえ、君もまだ未熟だ。すぐに力を与えるわけにはいかないけど、神の力を扱えるようになったら、僕が力を与え、君の願望を適えてあげるよ」

 この場にいる誰もが、シルキーの望みを知っていた。その上、その願いが、叶うことが難しいことも知っていた。だが、シルキーだけは、それを信じていなかった。

「シルキー。気を確かに」

 アイルが、強い口調で制した。

 しかし、シルキーは、迷いの中に飲み込まれていた。

 巫女としての役割を果たせばどうなるのか、使い魔の誘いに乗ればどうなるのか……。

 シルキーは俯きながら考え始めた。

 役割を果たした巫女が……。

「決まったね」

 使い魔の声に、「悦」の思いが乗った。

 ……生存したという記録が……。

「……っ!」

 無言のまま、目の前の障壁に剣を突き立てた。

 背後からの攻撃に、何もすることもできず倒れるヴィンセント。

 ……記録がないことを、シルキーは知っていた。

「……おや。その……死んで……。それでは、ダメ………」

 使い魔が、何かを言っている。

 薄れていく意識の中、ヴィンセントは、使い魔が左手をかざし、自分の身体が光りに包まれていくのを感じていた――。


 時はすでに、黄昏に向かいつつあった――。

「やばいな。間に合うか?」

 オレは少し焦っていた。

 予定では、昨日の今頃に、すでに到着しているはずだった。まあ、少し前の町で、寝坊してしまい、慌てて出たため、乗るべき乗合馬車を間違えてしまった不注意もあったのだが。

 ため息をつきながら、歩いていると、少しずつ、見覚えのある風景に変わっていった。

 山の形、近くの森の雰囲気、そして、この地域特有の空気の堅さ。

 一年振りの、帰国を感じた瞬間であった。

 国を出た時にも見た、元々道標であったであろう、木の棒だ。分かれ道でもあるような感じだが、確か、このあたりで一度振り返り、城の位置を確認した記憶がある。

 朝に出て、昼くらいに、この場所にたどり着いた。そんな距離だったと思う。

 そして、顔を少し上げ、一年前のように、遠くを見る――。

 城……。

「少なくとも、夜には着く、……かな?」

 少し、自信がなくなってきた。あのときと違い、荷物が多い。

 それにしても、ここの空気はいろいろ旅をした中でも、やっぱり特殊だ。近くに割と高い山がある関係で、春先でも、温かいのに、風が吹くと寒い。

 しかし、そんな気候がオレは好きだ。

 立ち止まり、思い切り息を吐き切る。ゆっくりとした速さで、大きく息を吸う。つまり、呼吸練習だ。

 魔法の授業の中でも、音楽を使った授業だったと思う。魔法は呪文によって作られたイメージを、魔力とともに放つもの。音楽もイメージを音にするという共通点から、魔法と音楽を合体させ、発展させたものを授業で行った。

 いい音楽は、いい呼吸から、ということで、練習開始前に行うのが、呼吸練習だ。

 大きく息を吐き切ると、少し止め、もう一度吸う。懐かしい空気が身体を駆け巡る。そして、ゆっくりと、息を吐く。

 この呼吸練習、ウォーミングアップに使うだけでなく、気持ちを整えるのにも使える。オレの場合、重要な場面や新しい気持ちを作るときに行ったりもする。

「よし。行くか――」

 小さく心に気合を入れ直し、一歩ずつ歩き始めた。

 この一年、いろいろあった……。

 なぜ一年間、国を離れていたのか。

 オレの国の教育制度は、初等教育五年、中等教育四年の義務教育がある。高等教育以降は、主に学者や研究者を目指すための教育となっている。そして、初等と中等では、主に「生きる力」を与える教育を行っている。つまり、一般の人は、中等教育まで受ければ十分なのである。そして、中等教育の最後の一年は、その「力」を試すための一年である。この一年の過ごし方は、国に残り、軍役に従事するか、国外修行し、生きて帰ってくるかのどちらかである。ちなみに、軍役で死んでしまったり、旅の途中で死んでしまうということは、想定されていない。中等教育三年までの八年間で身に付く、戦闘技術、魔法技術がそれを証明する。オレの経験で、一度断られた仕事も、この国の出身者であると聞いた瞬間、逆に依頼されることさえあった。

 オレの名前は、ゼフィールド。

 こうして一年を旅して、卒業のために帰国途中である。剣士であり、魔道士でもある。身分もそれなりに高いが、旅の途中に、預言者に言われたオレに関することで、それも小さく感じてしまった。どうやら、オレには、世界に影響を与えかねない力があるらしい。確かに、その力は、何度もオレの命を助けてくれた。いろいろ謎はあるが、そういう力の持ち主らしい。

 オレの故郷の国である、グランノースの城の門が近づきつつある。

 隣の町の話では、最近は、門が閉じてしまうのが早くなっているらしい。理由はわからないが、近くに門番がいた場合は、開けてもらうこともできるが、いない場合は、朝まで待つことになるらしい。オレが焦っている理由は、このことだった。

 城門の松明の灯りが、はっきりとした光として認識できるくらいの距離になった。

 もう少しだ――。

 オレは、歩くスピードを速めた。母親譲りの「嫌な予感」を感じたからだ。

 本来なら走った方がいいのだろうが、旅先で入手した道具など、いろいろあるため、うまい具合に走ることができない。せいぜい早歩きが限度だ。

 そうやって歩いていると、不意に松明の灯が消えた。

 どうやら、その時が来たようである。

 まずい――。

 走りにくいのはわかっているが、オレは、強引に走り出した。

 かなり賑やかな音を立てながら、ただひたすら、「間に合ってくれ」と祈るばかりだった。

 目の前で、兵士が、門を閉めようとしている光景が目に入ってきた。

「ちょ……ちょっと!」

 聴いた側には、悲痛な叫びとも思えるような声で、オレは兵士に訴えかけた。

「ん?」

 その声が届いたのか、手を止める兵士。

 そして、ようやくたどり着いた。

「危なかったな……」

 肩で、血でも吐くのではないか、というような荒い呼吸をするオレに、兵士は、声をかけた。

「門が、早く閉まる……ハァ、知ってたけど……。っハァ……こんなに、早いとは……」

「確かに、通常なら、この時間はまだ閉めない。だが、最近は、警備上の問題で、早めに閉めることになっているんだ」

 そう言いながら、別の兵士に水をもって来させてくれた。

「旅の者に、こんなことを話すのはどうかと思うが、どうやら、王宮の方で、何かトラブルが起こっているらしいんだ」

 トラブル――?

 オレは渡されたコップの水を一気に飲み干した。

 日没から、毎日決まった量の松明に火を灯し、最初の火が消えたら門を閉めるらしい。

 門を通り、家路を急ぐ。

 先ほども触れたとおり、オレは、魔道士でもある。門が閉まっても、空を飛ぶ魔法を使い、それで中に入ればいい、と思う人もいるかもしれない。実際に、オレは、空を飛ぶ魔法を使うことができる。しかし、それは、やってはいけない。こういう首都ともなると、入国や出国に関するものは、かなり厳しくなる。つまり、入国手続きを行わないで入国したら、出国の際など、色々面倒なのである。そして、今回も、入国の手続きを完了し、中に入った。手続きといっても、こちらは帰国なので、身分証の提示と、帰国者名簿に記載するだけで済むのだが。

 先ほど会話した兵士は、「旅の者」と呼称したことに対してだと思うが、一言「すまん」と言って、中に通してくれた。なかなか礼儀のできたやつである。

 夜になったとはいえ、それほど遅くはない時間のはずだ。

 それを証拠に、街はまだまだ喧騒で溢れかえっていた。

 酒場では、賑やかな声や演奏が聞こえる。

 途中、旅人風の恰好からか、酔っぱらいに声を掛けられるが、一言「急ぎなので」と断りを入れる。そうすると、聞こえるように舌打ちをし、その喧騒の中に消えていった。

 しばらく歩き、「いつも」登校で使っていた道に入る。

「ふぅ……」

 大きくため息をつく。

 毎日使っていた道とはいえ、夜に出歩くことはあまりなかったから、雰囲気の違いに、新鮮さを感じた。

 市街地を少し離れ、住宅街へ。

 街の雑踏が遠ざかる。

 市街地もそうだが、住宅街も暗いわけではない。

 玄関先の松明には、火が灯り、街灯として、魔法が使われている。そのため、狭い路地でなければ、あらゆるところに光が溢れている。

 しばらく歩き、路地に入る。そして、さらに見覚えのある、懐かしい家に辿り着いた。

 ようやく、うちに帰ってきた――。

 大きく息を吸い、呼吸を整える。

 家では、キッチン兼リビングに灯りが灯っているように見えた。

 何かの間違いで、すでに、他人が引っ越していたらどうしよう、など、しょうもないことが頭を過るが、まあ、それはないだろう。

 鍵を鍵穴に差し、ゆっくりと、回す。

 独特の圧力が指を伝わり、とある角度で、指にかかる重さから解放される。それと同時に軽い金属が別の軽い金属を叩く音が聞こえる。

 ドアを開け、中に入る。

 廊下は真っ暗である。

 玄関脇の荷物置き場に、装備していたものを置き、軽く服をはたいた。

 キッチンで作っていると思われるシチューの香が漂う。

 廊下を半分ほど入ったところが、リビングだ。

 リビングの入り口のドアを、二回ほどノックする。そして、ドアノブに手を掛け、軽く息を吸った。

 「ただいま」の一言も合わせて言うつもりだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ