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当方、角ありの嫁御を求む  作者: 灰鉄蝸
3章:怒れる蛇はかく語りき

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2018年エイプリルフール「桜の季節に、君と」

※軽率な学パロです

※年齢設定その他もろもろが本編と関係ありません












 桜の舞い散る季節だった。





 この場合、桜というのは二〇世紀以前から桃色の花弁を楽しむ木として親しまれてきた桜のことであって、四足歩行無差別捕食植物ジェノサイド・オーガンのことではない。

 何故、桜という単語一つに面倒な注釈がいるかと言えば、今が二二世紀だからである。

 〈異形体〉と呼ばれる地球外知性体エイリアンの来訪と熾烈な侵略の後、いつの間にか綺麗に植民地化された挙げ句に素晴らしき新世界ディストピア経営までされてしまっている二二世紀の常識は過酷だ。

 時々、バリバリの二二世紀生まれである少年も頭痛がしてくる。


 桜並木の下を、人影が歩いている。

 地味な少年であった。

 そこそこ整った顔立ちではあるが、びっくりするぐらい華がない。

 しょうゆ顔(西欧的美男子と比したときのアジア人感あふれる顔立ちに対する俗語。二二世紀になってなお人類文化は新しい美形の定義を生み出せずにいる)と言ってもいい。

 短めに切りそろえられた黒髪、黒縁眼鏡に薄いグレーの制服。

 図書館で読書しているのが似合いそうな、文学少年といった風情。



――時は二二世紀、具体的に言うと西暦二一二〇年代。



 塚原ヒフミは当世にありふれた少年であり、またよくいる男子高校生であった。

 人生において事件と言えるものは特になく――数年前、一度だけあったか――平穏無事に生きてきた。

 一時期は父母との折り合いも最悪だったが、最近はそこそこ持ち直してきた。

 年の離れた妹ができたのが大きい。

 ヒフミはこの妹のことを、目に入れても痛くないほど可愛がっている。

 不思議なもので、ぎくしゃくしていた親子関係に一定の落としどころを作ったのは幼い妹の存在であった。

 たぶんヒフミと父は、一生、この子に頭が上がらない。

 そんな気がしている。

 悩みは一つ。


 去年、塚原ヒフミは恋人にふられた。


 かれこれ三、四年はつき合った彼女であった。

 あれよあれよと疎遠になってしまうのに時間は要らなかった。

 傷心である。

 とても悲しい。

 ちょっぴりしんみりする。

 それはそうと、それだけで世界を滅ぼしたくなったり死にたくなったりはしない。

 思春期にありがちなナイーブさに浸るには、ヒフミは落ち着きすぎていた。


 ある種の超能力者で新人類――超常種だからだ。

 超能力といっても大したことができるわけではない。

 幼いころはもっと全能感のようなものがあった気がする。

 しかし今では、まか不思議な超能力も錆び付いてしまったようで、精々、少しだけ人の指先の動きを操れるかどうか。

 ともあれ、恩恵もある。

 遡航再生と呼ばれる機能が、感情の高ぶりや落ち込みを、いつも一定にしてくれるのだ。

 つまり内分泌系の最適化によって、感情に補正機能が働いて落ち着く。

 新人類は便利なからだをしているし、怪我の治りだって早い。

 超能力が錆び付いていたって、捨てたものではないのだ。


 ヒフミは楽観的で前向きだった。

 間違っても自己否定とか存在否定とか抱かないタイプである。

 そこが美徳であり、また欠点であった。


 さて、朝の登校時間である。

 未来に夢を見ている人類諸兄には残念なことに、二二世紀にも学校も労働も存在している。

 残酷なことである。

 通勤、通学時のラッシュは緩和されているが――朝の憂鬱さは改善されていない。

 いわゆる月曜日のつらさは、一〇〇年以上も継承される伝統文化になっていた。


「よぉ、ヒフミ! なんか今日も辛気くさいな!」


 唐突に、直立二足歩行することに成功した奇跡的類人猿が現れたと思っていただきたい。

 しかも服を着ている。

 身長もデカい。

 一八〇を超えて一九〇に届こうかという長身である。

 トドメに人語を解するときている。

 決して二一世紀に濫用されたバイオテクノロジーで生み出された悲しき改造ゴリラの末裔などではない。

 種族はホモ・サピエンスで人間だからだ。


「馳馬、おはようございます。大きなお世話です、僕は今、女の子の気持ちって難しいなあと高尚な思考をしているんですよ」

「えっ、お前まだ失恋を……諦めろよ、ナメクジの粘液じゃねーんだぞ」

「君は一々、たとえが汚いな」


 この大男の名は高辻馳馬。

 二人は友人関係にある。


「そうか、じゃあオススメの教えてやるよ――男性用自慰器具オナホールの」

「ははは、死にたいんですか」

「わははは、お前に俺がやれるかよ」


 二人とも笑顔のまま剣呑な空気が漂い始めた。

 ヒフミと馳馬の間ではよくあることである。


「ところで、だ。お前に尋ねたいことがある」

「なんですか、ゴリラの交尾方法なら自分で調べてください」

「わははは殺すぞ」


 無音で飛んできた拳を左腕で逸らしてブロック。

 一〇秒ほど高度な攻防を繰り返した後、何事もなかったように会話が再開された。


「お前、最近、中等部の子と会ってるよな――ロリコンに宗旨替えか」

「違います」


 即答だった。

 ヒフミはつるりと顎を撫でた。

 最近、髭が生えるようになってきた。


「あの子はこう、なんというか――この春になって再会した小学生のころの思い出というか」

「待て、小学生のころからツバつけてたのか」

「馳馬、君の頭蓋骨って精巣が詰まってるのか?」


 そのときだった。

 ふわり、と春の陽気に乗って桜の花びらが宙を舞う。

 かすかに甘いにおいが、鼻孔をついた。

 その香りに覚えがあったから、ヒフミはどきりとしてしまう。

 嗅覚の命ずるままに後ろを振り返った。



「塚原せんぱい」



 鈴の音を転がすような、綺麗な声。

 耳朶を叩くせんぱいの響きの甘やかさに違わぬ、美しい少女がそこにいた。

 流れるような黒髪は艶やかに伸ばされた、見事なロングヘア。

 光を透かしそうなほど白い肌はきめ細やかで、降り積もったばかりの新雪のよう。

 切れ長の両目の奥には、古代の記憶を閉じ込めた琥珀のような瞳がはめこまれている。

 すっと通った鼻梁から赤く色づいた唇に至るまで、何もかもが一つの美を体現すべくして設計された麗しさ。

 浮世離れした美少女である。

 そのくせ口元のやわらかい笑みは幼げだ。

 あどけない微笑――完成されているかに思える彼女の美貌が、その実、まだまだ幼さを残した未熟なものだと教えてくれる。

 何よりも目を引くのは、側頭部から生えた三日月型の角。

 まださほど大きくなく、十分に「伸びしろ」を残した有角人種の証。


しるべさん、おはよう」

由峻ゆしゅんでいいです。この前もそう言ったじゃないですか」


 そう言って笑う少女――導由峻しるべ・ゆしゅんは、まだ中学二年生の子供だ。

 中等部の制服はブレザータイプで、濃い藍色のジャケットに上品な赤のネクタイがアクセントになっている。

 男女共用の制服だからパンツタイプもあるが、彼女はスカートタイプを選んでいるようだった。

 膝下まであるスカートから覗く足は、ほっそりとしていながら艶めかしい。

 まるで見本写真のように一分の隙もなく着こなされた制服姿に、由峻の几帳面な性格が伺えた。

 見惚れてしまいたくなるような少女だったが、ヒフミにも年上の矜持はあった。


「呼び捨てにするのは馴れ馴れしすぎますよ」

「親しき仲にも礼儀あり、ってことですね。塚原せんぱいのそういうところ、かわいいです」


 牽制したつもりが、絡め取られるように踏み込まれた気分だった。

 ヒフミも由峻も敬語で話すから、少しは他人行儀な雰囲気になってもいいはずなのに、不思議と場が華やいでいくのがわかった。


「かわいいって……僕はこれでも君の年上で、高校生なんですけどね」

「ごめんなさい、塚原せんぱいをバカにしてるつもりはなくて――でも、わたし、本当にせんぱいはかわいいって思うんです」


 年頃の男の子の矜持は、可愛いと呼ばれるなんてと憤慨している。

 けれどこの少女にそう言われると、それもいいかと納得してしまいたくなった。

 ふと、由峻が視線をずらしてお辞儀した。

 ヒフミの脇で、馳馬がものすごく気まずそうに突っ立っていた。


「それじゃ塚原せんぱい、また放課後にご一緒させてください」


 ぶわっ、と強い風が吹いた。

 はらはらと風に巻かれた花弁が視界を覆う。

 思わず目を閉じて、開いたときには少女の背中は遠く離れていて。

 甘やかな香りが、唯一、あの角ある少女の存在を伝えていた。


「…………で、ロリコンか」


 もうロリコンでもいいかな、と思ったので話を逸らした。


「目下、普通の人生を歩むのが僕の目標なんです。後世で歴史家にこの時代の平均的な一市民の人生と呼ばれるぐらいの普通をね」

「お前の中の普通って腹立つよな……」


 この春、塚原ヒフミは初恋に再会した。

 あのとき、わからなかったことは一つ。

 幼き日の思い出では同い年ぐらいだと思っていた少女が、その実、年下だったこと。

 亜人種の子供は人間に比べて、身体的な成熟が早いから、同年代よりも躰が大柄に見えやすい。

 そういう理屈がわかっていても、なんだか複雑な気持ちになった。





――冬が終わり、春がやってくる。









 その日の昼休み。

 塚原ヒフミはクラスメイトの男子の間で裁判を受けていた。

 罪状は中等部の子に手を出していたこと。

 告発したのは馳馬である。

 ブルータスもびっくりの裏切りだった。

 クラスの委員長が声を張り上げた。


「被告人、塚原ヒフミは中等部の可愛い子に手を出したクソッタレのロリコン野郎、よって死刑!」

「異議なし!」

「やったれー!」


 人類の普遍的醜さを体現するがごとき光景。

 ちなみに死刑が何を意味するのかは全員考えてない。

 雰囲気で裁判が進んでいる。

 ここに法律はないが、なんかこう、ふわっとした嫉妬はあった。

 包囲されているヒフミは叫んだ。


「えん罪だ。僕は無実です!」

「中学二年の女の子から好き好きオーラ出されてるやつが無実なわけないだろ!」

「――君たちは、それでキスとかセックスとかしてると思うんですか!」


 ヒフミは思いっきりぶっちゃけた。


「わからない、やったことないし……」

「なら仕方ないですね」


 微妙に上から目線の納得だった。


「うるせー!」


 それが童貞男子の逆鱗に触れた。

 人の醜悪と罪業を体現した魔女裁判は続く。

 遠巻きに男子のバカ騒ぎを見守っていた女子グループがあからさまに顔をしかめた。

 去年の冬までヒフミが同級生とつき合っていたのは周知の事実だから、妙に生々しい感覚で受け取られているのだ。


――もしかして、二股が原因で別れられたのでは。


――中学生とやることやるとか、どんだけ手が早いの塚原くん。

 

 そんな憶測が飛び交い始めたそのとき。



「――そこまでです」



 凛とした声が、聞こえた。

 誰もがドアの方へ目を向けた。

 そこには、山羊角を生やした美少女が立っていた。


「はっはっは、控えおろー上級生どもーここにいるのは最強の美少女だー!」

「霧子は黙っててください」


 見るからに小物っぽい女子中学生が、由峻の後ろでえらそうにしていた。

 そのくせ愛嬌たっぷりだから、反感を持たれない。

 そういう世渡りが上手そうな人種だった。


「みなさん、はじめまして。わたしは導由峻――つまり、あなた方が話題にしている中等部の女子とはわたしのことです」


 よくよく考えると、中等部の後輩が部屋を訪ねてきただけである。

 だというのにクラス中の視線が彼女に吸い寄せられているのは、生来のカリスマがなせる技か。


「今日は一つ、誤解を解きにきました――まず、塚原せんぱいは浮気をするような人ではありません。去年の年末まで、せんぱいが同級生の常磐彩花ときわ・あやかさんと交際していたのは事実ですが、その間、わたしとの接触はありませんでした」


 まるで不倫疑惑報道に弁明する公人の記者会見のようだった。

 それでいて野次を一切許さないプレッシャーがある。

 誰もが、固唾を呑んで由峻の言葉を待っている。


「わたしが塚原せんぱいに攻勢をかけはじめたのは、今年の三月からです――風の噂でせんぱいが振られたと知って、勝負の仕掛け時だと思いました」


 そして、と言い置いて。

 由峻は視線を動かした。

 それまで、公聴会に集まった人々を見渡す政治家のように振る舞っていたのが、ヒフミだけに目を向けたのだ。

 その瞳は濡れていた。

 頬は赤く色づいていて、ひどく艶めかしい。

 幼さの残る白皙はくせきから、凄絶な色香が漂っていた。



「――わたしは塚原せんぱいが好きです」



 ヒフミの頭は真っ白になった。


「せんぱいは想いに応えてくれません。ですので目下、片思い中です」


 どうして自分は今、同級生の面前でこんな恥ずかしい台詞を中学生から告白されているのだろう。

 ひょっとして、これが公開処刑なんじゃないのか。

 何より。

 今もなお色あせない、初恋の当事者にそう言われたら、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。

 クラスのざわめきが大きくなっている。

 もう、それもどうでもいい。

 気にしたらダメだ。

 今は由峻の言葉だけを聞くべきだと思った。


「もちろん不純異性交遊はいけないことですので、わたしは清い交際をしたいと思っていますが――今年中に、塚原せんぱいを振り向かせてみせます」


 理解した。

 これは宣戦布告だ。

 ど派手な演出つきの告白は、その話題性ゆえに学校中に広まるだろう。

 ヒフミの元彼女――どうして振られたのかは今もって謎――や、いるのかもわからない恋敵候補に向けての「お前たちなどには渡さない」という傲岸不遜な宣言。

 つかつかと由峻が室内に入ってくる。

 甘いにおいがした。

 呆然と椅子に座り込んだ少年を見下ろして、由峻は微笑む。


「塚原せんぱい、大好きです」


 上気した頬は、嗜虐趣味者サディストのよろこびに染まっていた。





――変態だ。





 絶望的な実感と共に、ヒフミは口を開いた。



「君ってかなりいい性格してたんですね」

「自分のことは棚に上げるなんて、恥ずかしい人ですね。塚原せんぱいは」









「――ということがあったんですよ」


 映画研究部の部室で、ヒフミは肩をすくめた。

 この男、放課後にはすっかり持ち直していて、けろっと涼しい顔をしている。

 図太い神経の持ち主である。

 とりあえず普通の高校生を自称するやつにはろくな人間がいない、そんな宇宙的真理の体現者である。


「あのさぁ、塚原くん。ひょっとして女難の相あったりしない?」

「新藤先輩にそう言われると、いよいよもって実感が湧いてきますね」


 背の低い女子生徒が、どういう意味かなーそれと苦笑。

 高等部の制服を着た少女だった。

 栗毛のショートカットにくりくりと大きな瞳、整った顔立ちは西洋人形ビスクドールのよう。

 身長は一五〇センチと少し。

 十代後半にしては小柄な方だが、制服の胸元を盛り上げる膨らみは大きい。

 抜群の美貌を持ちながら、これといって浮いた話のない新藤茜は、ヒフミよりも一学年上の先輩だった。

 映画研究部という名の、これまたマイナーな文化系部活動に精を出す趣味人オタクでもある。


「っていうか、部員じゃない人が部室に居座るのやめてくれないかなー」

「わかりました、入部しましょう」

「さっすが塚原くん、話がわかる~! これであたしの卒業後も安泰だね、映画研究部」

「ええ、僕が部長になった暁にはラーメン研究部に活動内容も進歩していることでしょう」

 

 茜はいい笑顔になった。


「塚原くん、映画を舐めてるよね。見ようか、ネ〇ロマ〇ティ〇ク」

「先輩の映画チョイスがろくでもないんですよ! カルト映画以外のアーカイヴだってあるでしょう!」


 新藤茜はだいぶアレなタイプの映画オタクだ。

 由峻ほどではないが美少女だし、おっぱいが大きい(男子高校生にとっては重要だ)けれど、突き抜けてる変人奇人なうえに我が強い。

 下心があって近づいてきた男たちは、控えめに言ってZ級の低予算映画ラッシュに精神を破壊されて退部していった。

 たぶん精神的拷問を受けたのだろう。


「……まあ、だよね。あたしの趣味だけが昔の映画と思われたら、本末転倒だもんね」

「今日はいやに素直ですね、新藤先輩」

「あたしだって悩める乙女だよー塚原くん」

「どっちかっていうと後継者不足に喘ぐ滅びかけの伝統産業の悲哀ですよね」


 無言で足を蹴られた。

 かなり痛い。



「ところでさ、塚原くんはどうしたいのさ、その中等部の子。実は元の恋人に未練あるわけ?」

「彩花には未練はないですよ。僕の方に問題があって合わなかったなら、よりは戻さない方がお互いのためです。でも、導さんに関しては、こう、なんというか」


 ヒフミの目が泳いだ。


「一緒になるといろいろなものをめちゃくちゃにされそうで怖いですね」


 初恋の人は、火を噴きながら空飛ぶドラゴンみたいな女の子だった。

 割りと本気でどうすればいいかわからない。

 好ましいと思えるのに、生命の危機を感じるから、もう問題が恋愛のレイヤーで済まなくなっている。

 苦悩するヒフミ少年をしばらく眺めた後、茜は悪戯っぽく笑った。


「へー……それじゃあ、あたしが塚原くんの恋人になってあげよう!」

「え゛っ」


 潰れた蛙のような声を出してしまった。

 茜が笑顔のまま顔を寄せてきた。


「考えて見なよ、塚原くん――その方が絶対おもしろいことになるよ!」

「人の青春を玩具にしないでください!!」


 かくして青春という名の舞台の幕が上がる。

 演じられるのはラブコメ、これ以上なくラブコメ――今ここにヒロインレースという名の終末戦争が始まる。

 このあと諸事情で別れた元彼女と由峻の第一種接近遭遇ファーストコンタクトだとか、完全に愉快犯として場を引っかき回すべくカメラ片手に現れる茜だとか、街角でおろおろしていた人見知りする美少女が実はロシア人大富豪の令嬢だったとか――事件は尽きることないけれど。

 少年の過ごす青春はドタバタ平穏に過ぎていく。






――誰の涙も流れることなく、誰の血も流されることなく。






 それはうたかたの夢。

 砕け散った彼の残滓が漂う、木漏れ日のようなぬくもりの日々。








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