第四話 =由良雲くんと温泉サバイバル=
「温泉にいくぞ」
夜。その日の仕事を終えて帰ろうとしていた俺達の前に第一話ぶりに現れた自由人ニート……ゴホン! もとい、店長が言い放ったのは、この一言だった。
聞いていたのは俺と、同じく今日が勤務日だった貞代さん。そして、事務員として働いているひき子さんだった。
だが全員、反応は同じ様なものだ。
ポカンとしているか、「いきなり何言ってんだコイツ馬鹿じゃねぇのm9(^Д^)プギャー」とか思っているかどちらかだろう。ちなみに俺は後者だ。
「何言ってるんだ、お前。遂に身体の成長だけじゃなくて頭までおかしくなったのか?」
うん、どうやら貞代さんも後者だったらしい。
いつもなら此処で店長の飛び蹴りが入る所だが、今日に限ってはフフフフ……と不気味に笑っていた。ていうかキモい。
「そう言えるのも今の内だ……これを見ろ!
この紋所が目に入らぬかぁ!!」
黄門様よろしく店長が突き出してきたもの。それは当然葵の御門などでは無く、一枚の紙切れだった。
俺はそれを奪い取る形で手にとると、そこに書かれた文字を読み上げる。
「『三名様まで御招待! 天然温泉二泊三日チケット』?」
え? ちょ、これってもしかしてガチのパターンじゃね?
ガチで「福引き当たりました」パターンじゃね?
「店長……これどこで?」
いつも通りの暗い声で、ひき子さんが店長に問う。
「近所の商店街を歩いていた時に、たーまたま福引きやっててな。
この前買い物した時の福引き券が一枚あったから、暇つぶしにやってみたら……これが大当たりでさ」
うん、やっぱりガチのパターンだわコレ。
「どうだ! これでお前らにも、俺の偉大さが分かったか?
この俺の威厳に天すらも恐れをなしているのだ!」
いやいやたかが福引き当たったくらいでそんな威張られても……。
「ハハァ! 我らが大店長様ぁ!!」
……アレ? 貞代さん?
意外と単純だぞこの人。
「つぅかお前ら、もっと喜んだらどうなんだ?
温泉だぞ温泉! 行きたくないのか?」
いや、確かに行きたいけど……でもこの券……。
「これ……人数足りない」
お祭り気分の店長と貞代さんが、ひき子さんの一言でピタリと固まった。
うん、そうだよな。この店にいるのは俺と貞代さんとひき子さんと……此処にいない口裂けさん、そしてこの券を取ってきた店長だ。
つまり、三名様までのこの券じゃあ、二人あぶれる人が出てしまう。
「どうするんです? 店長」
「ふぇ?」
あまりにも間抜けな声が、店長の口から漏れた。
その後、しばし考え込む様に顎に手を当てる。
この人自分がとって来た癖に、そんな事も分かってなかったのか……。
数秒後、店長は閃いたと言った風に顔をあげ、その視線を俺へと向けた。
そしてそのまま、ずかずかと俺の前まで歩み寄ってくる。
「な、何ですか?」
思わず後ずさる俺を、店長は哀れみに満ちた表情で見つめ、俺の肩にポン、手を乗せた。
「由良雲……社会にはな。『足りない分は後輩が金を出す』と言うルールが」
「ふざけんな性別&年齢詐称野郎」
いやそんなこったろうと思ったけどさ!
大体そんだけ金に余裕があったら、俺もこんな店で働いてないっつぅの。
「おいおい由良雲。お前、先輩に楯突こうってのか?」
貞代さん、お前もか。
てか普段あんだけ店長を毛嫌いしてんのに、何でこんな時だけ団結してんだよ!
「仕方ない……こんな時は」
おぉ! 珍しくひき子さんが自分から声を発したぞ!
これは……名案の予感が……。
「じゃんけんに限る」
ひき子さんの口から飛び出したのは、思いの他単純な答えだった。
「明治時代の偉人、福沢諭吉が言った……『天はジャンケンの上にジャンケンを作らず』」
いや、ねぇよそんな言葉。この人諭吉さんナメてんのか?
「昔から勝負の基本はジャンケン……」
まぁ、確かにそれは一理あるけど。
そんなんであの二人が納得する訳が……。
「ふん! だったら仕方ねぇ……いっちょやってやろうじゃねぇか!」
……あれ?
「この山原貞代……悪霊を代表して、必ず温泉への切符をゲットしてみせる!」
乗っかっちゃったよこの人たち。
「でもまぁ、そんなに言うなら仕方ありませんね……俺も乗りますよ、その勝負」
かくして、温泉旅行をかけたジャンケン勝負が始まった……かと思いきや、ここでも問題が一つ。
「口裂けさんはどうするんです?」
「そう言えば彼女……今日シフト組まれて無い」
俺とひき子さんの冷静な意見に、馬鹿二人……もとい、店長と貞代さんは「「あ」」と口を揃えた。
流石にこの場にいないから、という理由で口裂けさんを除け者するのは申し訳ない。
「うーむ……どうしたものか」
必死に考え込む貞代さん。こんだけ真剣な彼女を見るのも、珍しい気がする。
「店長、その旅行っていつからいつまでなんですか?」
「ん? あぁ……明日から一ヶ月間だな」
……え?
「店長、今なんて?」
「だから、明日から一ヶ月以内に行かなければならないんだよ」
それって、明日から一ヶ月以内なら、いつ行っても良いって事だよな?
「だったら無理に今日決めなくても、また皆揃った時に決めれば良いんじゃないですか?」
空気が止まった。あの(比較的)常識人のひき子さんすらも。
どうやらこの意見は皆の中で盲点だったらしい。
「そうだよな、別に今日決める必要も無いよな」
「同感……」
ひき子さん、貞代さんも納得した様だ。
「だったら、また今度口裂けがいる時にジャンケンするかぁ」
店長のその一言で、全てが丸く収まった……と思いきや。
「あのぉ……皆さん、ちょっと良いですか?」
遠慮がちな声が、全員の耳を打つ。
一斉に視線を向けた先には、オドオドした様子の口裂けさんが立っていた。
「口裂け? 今日はお前、シフト組まれて無いだろう?」
「はい、そうなんですけど……これ」
そう行って口裂けさんが俺達に提示したのは……。
「今そこの福引きで、温泉旅行のチケットが手に入ったので、一応皆さんに見せておこうかと思いまして」
呆気にとられた、とはまさにこの事である。
先ほどまでの馬鹿騒ぎが、まるでずっと昔の事の様に思えた。
「あの……皆さ「よくやった! 口裂け!」
「でかしたぞ口裂け!」
店長と貞代さんが、いきなり口裂けさんの手を握る。
口裂けさんはポカンとした様子で二人を見つめていた。
さっきまでの騒ぎは一体……。
「まぁ、何はともあれ、これで一件落ちゃ……」
そう言いかけた、その時だった。
「あのぉ……」
か細い女性の声が響いた。
皆が一斉にそちらを見ると……
「皆さん、私の事完全に忘れてません?」
身長二メートル八〇センチを誇る事務員「八尺様」は、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
しばしの沈黙の後、店長が口を開く。
「……いたのか? 八尺」
「ずっといましたよ!」
珍しく八尺様が叫んだ。
店長に続いて、八尺様がいる事にマジで驚いている貞代さんが、恐る恐る問うた。
「いつからだ?」
「最初からです! おかしいと思ってたんですよ!
由良雲さんのモノローグにも私の名前だけ無いし!」
あーそう言えば……入れて無かったかも。
「仕方ない……台詞も無いし……」
「ありましたよ! 『店長、その旅行っていつからいつまでなんですか?』って一言だけ!」
えっ、あれ八尺様だったの!?
「でも、しばらく出番も無かったしなぁ」
「それなら、店長だって同じじゃないですか! 第一話から出て無いし!」
あ、確かに。
でも店長はキャラ濃いし……。
「八尺みたいなキャラは、小まめに登場しておかないと完全に空気だぞ」
「小まめにって……まだこれで四話目ですよ?」
「馬鹿者。小説の中の四話は結構長いんだぞ」
そこでそんなメタ発言はやめてください貞代さん。
「はぁ……まぁ良いです。
それより、その温泉旅行って、私も行けるんですよね?」
まぁ確かに人数はこれで六名まで。
つまり俺、貞代さん、店長、ひき子さん、口裂けさんを入れても、あと一人枠が残るわけだし、理論上は八尺様も行けるって事になる。
けど……ここで一つ、俺達ではどうしようもない問題が。
「やっぱ……身長がなぁ……」
そう、何度も言うように、彼女は二メートル八〇センチの超巨人だ。
こんな女性が町を歩いていたら、「NASA」とかに拘束され兼ねない。
八尺様の身を案じる意味でも、俺達の出した結論は一つ。
「「「「「ゴメン、留守番で」」」」」
「ふぇ~……」
一斉に結論を告げられ、泣きじゃくる八尺様。
八尺様の存在がもっと知られる事を切に願うばかりだ。
■ □ ■ □ ■ □
「しかし、こんだけ身長高いのにここまで存在感がないのも珍しいよなぁ……」
「うぅ。それは私のせいじゃないです。一之瀬のせいです。
一之瀬が全部悪いんです。だから一之瀬は嫌いなんですよ」
「八尺様、もっと出番減らされますよ」