第三話 =由良雲くんと早朝出勤=
「ふぁ……ねむ」
ある晴天の日。
今日も今日とて、俺のレンタルショップ「キング」でのバイト生活が始まる。
しかも昨日は店が休みだったため、今日は昨日のうちにポストへ返却されたDVD類を整理しなければならず、朝早く店に出向かなければならない。
というわけで、現在八時三十分。
いつもの様に店専用のエプロンを付けると、俺は店内へと入っていく。
「はよーっす」
その時、
ビュン!!
「うがっ!!」
由良雲は50のダメージを受けた(HP300)。
原因は、突如飛来したCDケース。
投げたのは―――――やっぱり、あの人だった。
「しゃ、しゃじゃよしゃん(さ、貞代さん)?」
「遅いぞ由良雲!」
鼻を抑える俺に、貞代さんはふんぞり返って言った。
何でこんなに偉そうなんだこの時代遅れ幽霊。
「時代遅れとか言うなし!」
何!? モノローグを読まれただと!?
あーそういえば……貞代さんって超能力使えるんだっけ? 透視とかそういうの。
思い切り後付け設定っぽかったから忘れてたけど。
ていうか「言うなし」とか言うなし。
「で? 一体何を怒ってるんです?」
段々と鼻の痛みが収まって来た俺は、改めて問うた。
「何を怒ってるんです? じゃない! 遅いではないか!」
「遅いも何も……定時には間に合ってるじゃないですか」
「定時もくそもあるか! 私など店長に朝六時から扱き使われてるんだぞ!」
……いや、それはアンタの日頃の行いが悪いからだろうが。
客に喧嘩は売るし、客いないとサボるし。
この人が力仕事してる所なんて見た事無いぞ?
この前店長に聞いたら……
「あぁ、アイツは極端に体力と力が無いからな。DVDを持てないんだ」
とか言われたし。
何でも貞代さんはビデオ衰退の影響で霊としての力が弱まっているらしい。
だから人を呪い殺す事も出来ないし、俺みたいな人間にも害も無いんだけど……そのせいでコッチの力仕事が増えんのは良い迷惑だったりする。
「そんなの知りませんよ。俺は店長に八時半頃に来いと言われてたんですから」
「うるさい! アイツに何を言われていようが、私より後に来るなど言語道断!」
ジャイアンかアンタは。
いや、実際にはジャイアンより性質悪い気もするけど。
「貞代イズム」とか言う言葉がピッタリな感じだよな。
俺は貞代さんのあまりに身勝手な言い分に、若干ムカムカして来た。
「て言うか、幽霊の貞代さんは寝なくても平気かもしれないけど、俺にはちゃんと人間としての生活サイクルがあるんですから」
「そんな事知るか! 貴様のサイクルなど、この私には関係ない!」
「だったらコッチこそ、貞代さんの訳分からん言い分なんて関係ないですよ!」
「何だとこの不良!」
「だから不良じゃないって言ってるでしょ! この暴君幽霊!」
まるで子供の喧嘩の様な口論が続いたその時、
バァン!!
突如として爆音が響いた。
俺と貞代さんはビクッと肩を震わせ、口論は打ち切られる。
先ほどの騒がしさから一転、シン、と静まり返った店内。
俺と貞代さんはしばし顔を見合わせ、ゆっくりと裏側へと視線を向ける。
そこには、相変わらず負のオーラ満載のひきこさんが立っており、
「……仕事」
怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
「「……はい」」
俺たちは目を見開いたまま、声をハモらせ、コクコクと頷いた。
ひきこさんはそのまま、無言で店の裏へと戻っていく。
しばし、気まずい沈黙が俺と貞代さんの間に充満した。
やがて、俺はこの空気を打破するように言った。
「仕事……しますか」
「あ、あぁ……そうだな」
貞代さんは若干の焦りを覚えつつも、再び仕事に戻った。こんなに怯えた貞代さんを見るのは初めてかもしれない。
つうか、この店の裏ボスは間違いなくひきこさんだな。
「そういえば、口裂けさんはどうしたんですか?」
二人で黙々と作業を続ける最中、突然俺は切り出した。
今日ここに来てから、俺はまだ口裂けさんの顔を見ていない。
いつもは誰よりも先に、少なくとも9時前には店に来ている口裂けさんが来ていないなんて珍しい事だ。
時間に厳しい人だって話だし、走るのもやたらと速いらしい。
俺が口裂けさんの話題を出した直後、貞代さんの手がピタリと止まった。
「アイツは、早朝勤務には来ない」
「へ?」
なんで?
いや、早朝勤務に来ないのはいいけど、あの我侭で乱暴で怒りっぽい上に関白気質な色んな意味でどうしようもない貞代さんが特別待遇を許すなんて思えない。
「おい貴様、モノローグだと思って好き勝手言ってないか?」
くそ! また超能力か!
「はぁ……まぁいい」
あ、面倒くさくなった。
「それより口裂けだが……街の小学校の近くに古屋があるだろ?」
「は? はぁ……」
「口裂けはあそこに棲んでるんだが……」
ワーオ、ここにきて新事実発覚。
餓鬼の頃は「幽霊屋敷」なんて呼んでたもんだが……まさか本当に幽霊屋敷、もとい「都市伝説屋敷」だったとは。
「ほら、この時間の出勤だと……逢うだろう?」
「は?」
逢うって……
「誰に?」
「だから、その……しょ、小学生にだ」
そりゃあ、まぁ……。
この時間帯だとちょうどアイツ等が登校して来る頃合いだしな。
「それが、何だって言うんですか?」
「いやな。アイツは……無類の小学生好きでな」
―――――はい?
「小学生、特に男子小学生に逢うと……毎回聞いてしまうんだ」
そこまで言われて、俺はようやく貞代さんが言わんとしている事が分かった。
つまりアレだ。口裂け女の代名詞とも言えるあの台詞の事だろう。
「『私、綺麗?』って」
やっぱりな。
「だが、確かにアイツは顔は悪くないし、ガキというのは正直だからな。
『綺麗』が『不細工』のどちらかで答えてしまう」
確かに。
まぁそんなのは、好みの問題の気もするけど。
「まぁ、なんと答えられようと、アイツの反応は決まっているんだが……」
「反応って?」
貞代さんはDVDケースを一度台に置いた。
「禁断のアレ……『マスクを外す』という行動に出てしまうわけだ」
な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!??
「く、口裂けさんがマスクを……あのマスクを外す?」
そうなると当然アレが……口裂け女の名前の由来でもある恐怖の口がご開帳となってしまう訳だ。
「アイツ、結構感情が激しい奴でな……綺麗と言われれば、『この人にならこの口を見せても驚かれないかも』と思ってしまう。
逆に『不細工』と言われると、瞬く間に怒り狂って、『彼女を気取ったイタイ女』の如く相手に噛み付こうとマスクを外してしまう」
……そこで『悲しむ』という選択肢は無いのか?
「一時期、アイツのせいで日本中がパニックになり、何だったかな……『集団下校』とか言うやつになってだな。各地で騒動が起きた程だ」
俺の生まれる前の事だけど、確かに聞いた事ある。
てかアレ、本当の話だったんだな……。
「昔みたいな状況ならまだ良い。だがアイツは今、この店で働いている身だ。
当然、『マスクをした女』のいるこの店に疑いが掛けられる可能性が多大にある。だから、アイツは早朝とか、ガキが親に連れられて来る夜、学校が休みの土日祝日はあまりシフトが組まれないんだ」
なるほど、千文字以上の会話解説でよく分かった。
つまりアレだ。まとめると
「口裂けさんはショタコンだって事ですね」
沈黙。
貞代さん俺をガン見。
ジー……。
「まぁ、そういう事だ。ほら、とっとと仕事終わらせるぞ」
うーむ、口裂けさんの意外な(というか知りたくも無かった一面)を見たな。
こんなのがネットなんかでばら撒かれれば「口裂け女()」やら「ショタコンとかm9(^Д^)プギャー」やら書き込まれる事態だな。
早朝出勤の奥の深さを思い知ったなぁ、などとしみじみ感じながら、俺は返却されたDVDをケースに戻していく。
その際に手にした『ショタッ子!』と言うアニメDVDが、やたら重く感じた。
■ □ ■ □ ■ □
「何かしんみりしちゃいましたね……話変えません?」
「そう言えば、次回から「キング」の店員が温泉に行く話になるらしいぞ」
「へぇー、温泉ですか。楽しみですね」
「それと、2012年5月12日から映画『貞子3D』が公開するらしい。よろしくな」
「…………このタイミングで番宣?」