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第二話 =由良雲くんと幽霊女=


「ありがとうございましたー」

 丁寧にお辞儀をして、俺はお客様を送り出していく。

 帰るとき、若干向こうが怯えながら会釈をしている様な気がしないでもないというか、いや実際の所かなり怯えていると見て間違いない様だが、そんな事は気にしない。と言うか、もう慣れた。

 ったく、人を髪の色で判断すんじゃねぇよ……。

「おい由良雲! 何ボケッとしてるんだ!」

 妙に感傷的になっていた俺を現実へと引き戻したのは、カウンターからの怒声だった。

 振り向くと、そこには先輩店員であり『住所:テレビ』の女性幽霊「山原貞代」が、瞳を怒りに燃やしていた。

「この私が汗水垂らして働いていると言うのに、お前だけサボっているんじゃない!」

 ……幽霊に汗腺なんてあるのか?

「すみません。ちょっと感傷に浸っていたと言うか……」

 俺は貞代に心配かけまいと、適当に言い繕って見せた。

 上司でしかも女の子に、私事で心を煩わせるわけにはいかない。

 貞代さんは、信じられないと言った様子で目を丸くする。

「お前みたいな不良に、傷が付けられる様な感情があったとは……意外だな」

 うん、ぶん殴ってやろうかこのアマ! つか俺は不良じゃねぇし! いや今のモノローグは若干不良っぽかったけどさ!

「何度も言ってますけど、この金髪は染めてんじゃなくて地毛ですから」

「だったら染めろ。目がチカチカする」

 右手で髪の先をいじくりながら、面倒くさそうに言う貞代さん。

「髪染めんのにも金かかるんすよ」

 適当に受け流して、俺はDVDの入ったカゴを持ち、DVDコーナーへと歩を進めた。

 


 山原貞代さん。

 見た目は小学生くらいの、テレビの中に住んでいる少女霊。

 さっき言った通り俺より前から「キング」で働いている、所謂「先輩店員」だ。

 性格は見ての通り、我侭で傍若無人で人の心境を省みない女王様気質のとんでもない人。

 黙ってれば可愛いんだけどなぁ……。

 俺はちらりと、カウンターで接客を行っている貞代さんに目をやった。

「いらっしゃいませ! ご利用ありがとうございます!」

 ワンピースの上から店のエプロンを着用した貞代さんは、もう飛びっきりの、素顔を知っている者が見ると吐き気を催してしまいそうな営業スマイルを顔に貼り付け、お客様にぶつけていた。

 最近ではもう慣れてしまったけど、初めて見た時は驚いたものだ。何せ彼女と初対面の時に言われた言葉は、


「何だ? その奇天烈な頭は。目の毒だ。私の前から消えろ」

 

 ですよ奥さん。酷いと思いませんか? 

 もう俺のガラスのハートは見事に打ち砕かれてしまいましたよ。

 でも最近、あの私生活と仕事の切り替えは凄いなって思う様になった。あれがプロってヤツなのかなぁって。

 とまぁこんな感じで。普段はともかく、仕事面では貞代さんは正に「完璧」の一言に尽きる。

 彼女の弱点を言うならば、あの理不尽極まりない性格と……

「あの、ちょっと良いですか?」

 その時俺の耳は、一人の女性客が貞代さんに話しかけた声を拾った。

 何の気なしに、俺は作業する手を止める事なくそちらに目をやる。

「はい、何か?」

 貞代さんは、穏やかな笑みを絶やさずにお客様に応じた。

 ここまではいつも通り。 

「えっと、前から気になってたんですけど……」

 だがこの後、俺達「キング従業員」が最も恐れる事態が起きる。


「何でこのお店、ビデオなんて置いてるんですか?」


 空気が固まった。

「最近、ビデオなんて古臭いもの借りる人なんていないでしょう?」

 時間が止まるってのはこういう事を言うんだな、と毎度思う。

 この質問自体、珍しい事ではない。

 だが相手が悪かった。よりによって――――「呪いのビデオ」の「ビデオ」という時代遅れ極まりない単語に最大のコンプレックスを抱えている貞代さんにそれを言うとは。

 俺と一緒に、DVDの棚戻し作業を行っていた口裂けさんにも聞こえていたらしく、オロオロした様子で俺を見つめてきた。何か可愛い。 

 お客様もこの空気を感じ取ったらしく、怯え気味に貞代さんを凝視する。

「あ、あの……店員さん?」

「ふ……ふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 肩を震わせて笑う貞代さん。いや怖ぇよ。

「そんなに知りたいなら教えてやろう……その身体にたっぷりとな!」

 ヤバイ! 貞代さんの眼が本気だ!

 呪い殺す気だよ確実に!

 だが、貞代さんの魔の手がお客様に触れる直前、

「うがっ!?」 

 貞代さんの体は、何かに引っ張られた様に後方へと転がった。

 その根源に目をやると、そこには貞代さんと良く似た、けれど貞代さんより小柄かつ「負のオーラ」を漂わせた少女、ひきこさんが立っていた。

「おい! 何をするひきこもり!」

 喚く貞代さんを、ひきこさんは見下す様に睨み付け一言。


「…………店の邪魔」


 こ、怖い! ホラー映画を映画館で一人で見ている以上の迫力がある!

 ひきこさんはそのまま無言で貞代さんを引きずり、店の裏へと戻っていった。

 GJ、ひきこさん。

 後に残されたのは気まずい空気と、ぽかんとしているお客様。

 俺はDVDの入った籠をその場に置き、急いでカウンターへと向かう。

「お騒がせして申し訳ありません。俺がお会計の方を担当させて頂きますので」

「は、はぁ……」

 未だに呆然としたお客様は、ゆっくりと俺にDVDを差し出す。

 うん。やっぱり貞代さんの前で「ビデオ時代遅れ発言」はタブーだな。

 その後、お客様が俺に怯えなくなるのは良い事だけど。

 俺は女性客を見送ると、今なおギャーギャー喚いている貞代さんを片手で押さえつけているひきこさんに目をやった。

 数秒見つめ合うと、ひきこさんはゆっくりと親指を突き立ててきた。

 俺もまた、右手の親指をひきこさんへと突き立てる。

 あの人がこの店にいて、本当に良かった。


     ■ □ ■ □ ■ □


「くそ! あの人間め……今度来たら呪い殺してやる」

「やめて下さい。殺人現場になったレンタルショップなんて誰も来なくなりますよ」 

 閉店後、俺はまだ怒り狂っている貞代さんを宥めていた。

「大体私だってな! 出来る事なら『呪いのDVD』になりたいんだよ! 

 あの年齢&性別詐称男がビデオからDVDにダビングする機械を買わないのがいけないんだ!」

 うわー、店長が聞いてたらクビになっちゃうよ今の発言。

 ていうか貞代さんにそんな野望があったとは……意外だな。

「はぁ……全く貞代さんは」

 思わずため息を漏らす俺を、貞代さんはキッと睨み付けて来る。

「何だ由良雲。何か私に文句でもあるのか?」

「は? いや、別に……」

 実際は文句だらけだけどな! もっと後輩に優しくしろとか!

 言ったら言ったで暴れ出しそうだから言わないけど。

「煮え切らない奴だな! 文句があるならさっさと言え!」

 やっべー、何か面倒くさい事になって来たぞ……。

 取りあえず御機嫌とっとかないと。

「いや、貞代さん黙ってれば可愛いんだけどなーと思って」

「なっ!?」

 仰天した様に目を見開く貞代さん。

 もしかして失敗だったか!? 事実を絡めた言ったんだけど……いや、実際貞代さんは美少女の部類に入ると思うし。

 俺は咄嗟に腕を上げ、防御体制に入った。

 ――――だが、いつまで経っても貞代さんの猛攻が来る事はない。

 恐る恐る目を開けてみると、貞代さんは髪で顔を隠すように頭を下げていた。

 何だ? 俺なんかマズイ事いったかな……ハッ! まさかこっから「この金髪不良男がぁ!」とか言って殴りかかってくる気じゃ!?

 いや、でもそんな雰囲気は全くない。何か逆に怖いな。  

「あの……貞代さん?」

 何か様子がおかしい。普段の貞代さんなら、こんなに引っ張ったりしない。

 即座にこちらに殴り込んで来るだろう。

 俺はゆっくりと、貞代さんの前髪を掻きあげる。

「ちょっと貞代さ―――――」

「っ!」

 そしてその時、俺は信じられないものを目の当たりにする。

 あの貞代さんが、常に横暴で男より男くさい所がある貞代さんが、顔を真っ赤にしていたのだ。

「え? ちょ、貞代さんもしかして照れて――――」

「う、うるさい!!」

「うがっ!?」

 いきなり貞代さんの右アッパーが俺の顎に炸裂した。

 鋭い痛みが、俺の痛覚を刺激する。

「な、何するんですか!」

「黙れ金髪不良男! とっとと帰れ!!」

 喚き散らした後、貞代さんはそのままアナログTVへと引きこもってしまった。

 今度は身体が詰まらなかった様で、すんなりと入り込めた様だ。

「何だってんだよ……一体……」

 貞代さんの新しい一面が見れた様な、尚更分からなくなった様な……。

 こうしてまた、「キング」のぐだぐだな一日が過ぎていった。


     ■ □ ■ □ ■ □


「くそ! あの猿女め!」

「…………アナタも似た様なもの」

「何だとこの引き篭もり女!」

「…………アナタもTV引き篭もり女のくせに」

「ぐっ……」


 昼時の会話である。

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