勇者の道
無事に空の旅から地面へと帰ってきた莉伽と亮乃、そして魔王は、いつの間にか集まっていた那子やグローカス、ライトやナイト、魔物達に迎えられた。
何故突然空に現れたのか。
それを知らない魔物達は、ガヤガヤと噂していたが、ブラックの事を知っている面々はさして驚く事をしなかった。
多分……
というか、絶対にブラックがやった事だろうな、という感じだ。今だ莉伽の頭に乗っかっている黒猫を呆れながら見ている。
まぁ、そのおかげで勇者VS魔王の最終決戦を止める事が出来たのだが。
「ライト、話があるのだろう?聞こうか」
そう切り出した魔王様のゆっくりとした低い声に、周りにいた魔物達は黙りこみ、その場の空気はぴんとはりつめ、静けさを増した。
そして、白虎のライトが魔王に近付いて行くのを見て、
莉伽はその場を離れる事にした。
「向こうに一緒に混ざらなくていいのか?」
後ろから着いてきていた亮乃が莉伽に声をかける。莉伽がその場を離れるのを見て、亮乃、那子、グローカスもその場を離れたのだ。
「そーですよ、莉伽さん。わざわざ距離を取らなくてもいいんじゃないですか?」
名残惜しげに後ろを振り向きながら那子が言う。
「いーんだよ。あっちはライトに任せてれば。それより………」
そんな事よりも。
「亮乃っ!!あんた何で魔王様に戦いなんて挑んだのよ!魔王様は悪い方じゃないってあんたも言ってたじゃない」
「勇者が魔王に挑むのは、RPG的に普通だろ?」
この世界はゲームじゃないんだよ!?死んじゃったらどーするのさ!!
そう怒鳴る莉伽に、亮乃は死ななかっただろ?と何でも無いことのように言う。
そう言われてしまったら、莉伽はもう何も言えない。だって、きっと亮乃はちょっとやそっとの事じゃ死なないから。ずっと一緒に育ってきた幼馴染みで、そう思ってしまうほど亮乃の事を見てきたから。
莉伽はため息をつく。
楽しんでいる亮乃は、それだけで最強なのだ。
「魔王はやっぱり強いな。全然倒せる気がしなかった」
「当たり前でしょ。というか、倒せる気を持つきでいたの?」
「んー、そこそこな」
凄いな。この世界に来てまだ数日なのにその自信。どこからくるんだろうか。
「亮ー兄、その剣触らせて〜」
そう言って那子が剣を奪い取った。そしてしげしげと観察したり構えてみたりしている。
「そういえば、あの剣どうしたの?」
「貰ったんだよ、当主に」
当主?
どこかで聞いた言葉に莉伽は首を少し傾げるが、思い出せなかった。
その時、頭の上が軽くなっている事に気付き、ブラックが消えた事を知る。
どこいったんだろ?
そう疑問に思いつつも、多分自分の空間にいるのだろうなと思い気にしない事にした。
「でも剣なんて、よく使えたよね。剣道部でもないくせに」
「まぁ、本やゲームの見よう見まねだ。特訓もしたしな。それにあの剣、意外と軽いんだよ」
言われてみれば、さっきから那ーちゃんも軽々振り回してるもんね。
那子は、そろそろ剣にも飽きてきたのかグローカスを呼び、魔法を見せてもらっている。グローカスもしぶしぶながらも那子のために魔法を使っているが、先程よりは威力が格段に弱い。押さえているのだろう。
莉伽は遠くに離れてしまった魔王達を見る。この距離では話し声は聞こえない。ライトは大丈夫だろうか。ライトに全てを任せてしまって、本当に良かったのだろうか。
「莉伽、俺お前に大事な話があんだけど」
その声に莉伽が振り向くと、いつにも増して真剣そうな幼馴染みの顔があった。
「? 何、話って」
「これから言う事は、俺がよく考えて出した結論で、決して軽い気持ちで言う事じゃないからさ。
だから、莉伽に反対されたって実行すると思う」
前置き長いなー、と思いながらそれで?と聞く莉伽に、亮乃は信じられないような事を口にした。
「俺、この世界に残る」
びっくりして、言葉が出なかったのは数秒の間。その数秒後は、あぁそうなのか、と妙に納得している自分に逆に驚いてしまった。
「………残ってどうするの?」
「俺の出来る事をする」
「出来る事って?」
「魔物と戦う事だ」
それって、魔王や魔物達がライトの話を聞いても人間を襲う事はやめないだろうって思ってるって事?と莉伽が聞くと、亮乃は慌ててそうじゃないと言った。
「そうじゃなくて…………あれ?そうなのか?」
「どっちなのよ」
「俺も解らなくなってきた」
なんだそれは。
「えーとだな、俺はこの世界に残って魔物の戦いの相手になってやるって事だ」
だから、どーいう事なのよ。
「そもそも、一番の問題は魔物が人間を襲うって事だろ?何故魔物が人間を襲うのか、その答えは莉伽、お前の話を聞いて解った。楽しいからだよ。ただ単に楽しいから、魔物達にとってはゲーム感覚なんだよ、人間を襲うのは」
ゲーム感覚って。
「魔物達にとってはゲーム感覚でも、人間にとっては死ぬか生きるかの問題なんだよ?そんな理由、受け入れられない」
「だからだよ。だから、そのゲームの相手役を俺が請け負うって言ってんだ」
本当はそのために魔王と戦ってみたのだと、亮乃は言う。自分の実力を図るために。そして魔王には勝てなくても、自分の実力ぐらいなら魔物達の相手は務まるだろうと決心したのだ。
「魔物の中の好戦的な奴は一部だ。全員が全員戦いを望んでいるわけじゃない。そいつらの相手だけなら俺でも十分だ」
「………魔物達がそれで納得すると思ってんの?」
「思ってるさ。ライトが今話つけてんだろ?異世界の人間の言葉は聞かなくても、精霊の、しかも古い友人の言葉なら魔王にも届くはずだ。
それにあの魔王は優しいんだろ?いい奴なんだろ?だったら、きっと魔物達にこう言うだろうさ。
『人間を襲うのをやめろ』
ってな。
だが、好戦的な魔物達はそれで人間を襲うのをやめると思うか?最初は我慢出来ていても、だんだんとその我慢にも限界が来るだろうな。だから我慢しなくてもいいように、俺が相手をしてやるんだよ」
最後に、にぃーと笑った亮乃に莉伽はストップをかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ。もしかして、ずっとこの世界に残るつもりなの?」
今の言い方だと、魔物の相手を延々と亮乃がしなくちゃいけない事になるじゃない。
この先一生戻らないつもりなの?
「ちゃんと戻るつもりだ。俺だって高校はちゃんと卒業したいしな。俺の代わりが育つまで、だ」
代わりって?
そう聞いた莉伽に亮乃は、今だ魔法を那子に見せてやっているグローカスを指差す。
「グローカス?」
「厳密に言えば、グローカス、達、だな」
「達って、どーいうこと?」
「グローカス達、アンカー達の事だ」
グローカスの他にも、当たり前だがアンカーはいる。だが、アイナも言っていたように数は少なく、アンカーの仕事をしている人はそんなにいない。だが、魔物の戦いには一番馴れている人達で、しかも所謂『何でも屋』だ。頼んだら聞いてくれるだろう。
「でもさ、アンカーって昌魔法を使うんでしょ?昌魔法の原点は魔石。魔石の原点は魔物。アンカーって魔物の恨みを物凄く買ってるんじゃないの?」
自分達の命で魔法を使っているのだ。怒らないわけがない。魔法を使うために魔物を殺してきたアンカーもいるのではないだろうか。
「その点の心配は無用だ」
突然の聞き慣れない声に莉伽がびっくりして振り向くと、そこには見慣れぬ魔物が立っていた。
先程、那子と仲良さげに話していた魔物だ。
「魔物には恨みや妬みと言った感情はあまりない。死んだらそれまでの運命だったのだと、割りきっている奴等が大半だ。特に好戦的な魔物達はそれだな。
だから俺達の命である魔石を使う人間を嫌悪する事はない」
「まぁ、そうであったとしても、だ。俺はやっぱり魔法で戦うのではなく、剣で戦って欲しいって思うからさ。だから、グローカス達が魔法を使わずに魔物達と戦えるようになるまで、こっちの世界に残る。
そんなに長くはかからないと思うから安心しろ」
安心しろって言われても………。
「それってグローカスは知ってるの?」
「グローカスには言ってある。他のアンカー達も了承するだろうって事だから大丈夫だ。………那子にもちゃんと前以て言ってある。あいつは、私も残りたいーってはしゃいでたけどな」
からからと笑う亮乃。
なんだか亮乃なら、何でも出来そうな気がするから不思議だ。
グローカスに魔法を見せてもらっていた那子がこっちに気付き、走りよってくる。
「きーさん、こんなところで何やってるんですか?話し合いは終わったんですか?」
きーさんっ!??
この魔物の事!?
「あぁ。精霊殿の話は終わった。魔王様がお前達を呼んでこいと仰られたから呼びにきた」
那子のきーさん呼びは気になる所だけど、今はとりあえずスルーしておこう。
ライトの話を聞いた魔王様やナイトはこれからどうするのか。
これから話すだろう亮乃の話を、魔物達はどう思うだろうか。
亮乃はきっと、
勇者として最後までこの世界のために戦うのだろう。
そう思い、
そう願う。




