でぃふぇぺーす
黒猫の体をのっとり、莉伽に話しかけてきたディフェペースと名乗る誰かは、莉伽の問い詰めるような視線に負けたのか、それとも始めから隠すつもりもなかったのか、この世界の神アイリーンについて話してくれた。
「アイリーンがこの世界を造った神なのはさっき言ったな。神っていう存在は何かとめんどくさい縛りがあるんだ。神間の決まりってやつがな」
うん。
まぁそうだろうなと、莉伽は頷く。
人間にも決まりがある。
法律や宗教、その土地度地のルールや暗黙の了解などもある。そういった縛りがあるから共存して生きていける。そういった縛りがあるから何も出来ない事もある。
「神は世界を造る事はできるが、世界を成長させる事は出来ない。成長するのはその世界の意志で、だ。その世界に生きている者達が成長したいと思った時、世界は成長し発展していく。
アイリーンがこの世界を作った時、人間と魔物の争いなどはなかった。世界が成長していくにつれて、戦争が起こり、世界は戦いを欲し、たくさんの血を流した」
莉伽は知らず、自身の頬を触る。
魔物につけられた
傷を。
「神は干渉は出来ないが、世界の様子を見る事は出来る。アイリーンは自分の造った世界の様子を見て、思った。
このままでは駄目だ、と。この世界は、もしかしたら滅びの道を進んで行っているのではないかと。
だが、アイリーンはこの世界の神だ。干渉する事は許されていない。だからアイリーンは別世界から人間を召喚した。のちに勇者と呼ばれるようになったミトスをな」
アイリーン様が手出しできないのは解ったけど。どうして別世界の人間であるミトスを呼んだの?
この世界の誰かでも良かったんじゃないの?
莉伽がディフェペースにそう聞くと、ディフェぺースはため息をついた。
「世界を変えるには、大きな異物が必要だ。湖を波たたせるには小さな小石などではなく、とてつもなく大きな石が有効なのと同じでな。
世界でも同じことだ。
同じ世界の者に頼んで、世界が変われるか?答えは否。だからアイリーンはミトスを呼んだ」
そしてアイリーンはミトスに託した。この世界の未来を。この世界の明日を。
「あの、ディ様」
「何だ、ディ様って」
ディフェペースは莉伽のその呼びかけに、即座に突っ込みを入れてきた。
だって咬みそうなんだもん。でぃふぇぺーすって。
まぁそんな事より。
「ディ様。アイリーン様はだからミトスに魔王を倒せと言ったって事?魔王が倒されれば、世界はいい方へ進むってアイリーン様は思ったわけ?」
それじゃあ全ての元凶は魔王だ、とでも言っているようだ。確かに、魔物が人間を襲っているのは事実。現に莉伽も襲われた。だけど、それじゃあまるで……。
「……アイリーンは最初、ミトスに魔物と人間の間に立ち、なんとか共存して生きていけるように手を貸してくれと頼むつもりだった。だが、アイリーンは迷ったんだ。ミトス召喚の儀式をした後、これで本当に良かったのか、とな。別世界の人間を巻き込んでしまって取り返しのつかない事になったら、どうしようと。
この判断は、
正しかったのだろうか、と」
迷いは誰の中にでもあるものだ。
人間にも魔物にも、
神様にだって、それは同じこと……だったらしい。
「その迷いが、結果的にミトスに『魔王を倒せ』と伝えてしまった。争いあっている片方が倒れれば、争いはなくなる。
知っているか?仲良くしようと説得するよりも、力で押さえつけてしまった方が早いのだと言う事を。世界は、力あるものが成長させていくものなのだと。
アイリーンは力あるものに、人間を選んだ。その当時、力をつけてきていたのは人間だったからな」
だが、ミトスはアイリーンのそんな迷いを見抜いたのか、それとも元々のミトスの意志だったのか。ミトスは魔王と話し合ってくるとアイリーンに反論した。仲良くできるよう、説得してくる、と。
そのミトスの言葉を聞いたアイリーンの内心は、嬉しかったのか、悲しかったのか、ほっとしたのか、不安だったのか。
その時の心情はアイリーンにしか解らない。
さっきの質問に答えよう、とディフェぺースは言った。
「神は自身が造った世界に干渉してはならない。さっきそう言ったように、アイリーンがこの世界に干渉する事は許されない。だからアイリーンは間接的にミトスを召喚し、ミトスに話しかけた。まぁ、間接的であったとしても許される事ではなかったがな」
ディフェペースは悲しげに、そしてどこか苛立たしげにそう口にした。
「間接的って?」
「……アイリーンは自身の器を造ったのだ。この世界に潜り込めるように、干渉できるように、人間の体をな」
アイリーンは、ディフェペースが黒猫ブラックを造ったみたいに、自分の意識を移せる人間の体を造った。そしてその人間の体に意識を飛ばし、操作して、その体でミトスを召喚した。
そうする事で、アイリーンは世界に直接ではなく、間接的に世界に干渉した。
「あとは、何だったか。
ミトスが死んだ後、魔物がミトスの死を確認したのだったな。その魔物の確認でミトスは人間に殺されたのだと結論付けたと」
ミトスは寿命で死んだはずなのだ。だが、確認に行った魔物は人間に殺されたと証言した。
それは何故か?
「お前は何故だと思う?」
ディフェペースはよく莉伽に質問をしてくる。質問が好きなのだろうか?と思いつつ莉伽は、ディフェペースから聞いた話と魔物の行動を考えて答えを導きだした。
「確認に行った魔物が嘘をついたって事?」
莉伽がそう言うと、ディフェペースはニヤリと笑った。
「その通りだ。確認した魔物が嘘の報告をした。何故嘘の報告をしなければならなかったのか。
それはきっと面白くなかったから、だろうな。人間と仲良くする事が。争いあう事がなくなる事が」
魔物は好戦的。
全ての魔物がそうであるわけではないが、その魔物はそれであったのだろう。
しばしの沈黙のあと、
お前への問いの答えは、これで終了だ。
そう言ってディフェペースはこの時間の終了を告げた。
莉伽が目を覚ました時、そこはサイシャの町の人気のない場所だった。
腕の中には眠っている黒猫のブラック。そして目の前には白色毛の、銀色の瞳をこちらに向けた
虎。
え………?
と、ら?
虎の口元が動いて虎から放たれた次の言葉に、莉伽はこの虎が何者なのか理解した。
「リカリカ、大丈夫?」
ライト。
君、虎だったのね。




