ライトとナイト
グローカスと別れ、
ひとけのない場所に行く。途中、何回か歩きながらライトと話しているとサイシャの人達から変な目で見られた。ライトの姿は莉伽だけじゃなく、他の人達にもやはり見えないらしいという事が、その反応で解った。
「ライト」
周りに人がいない事を確認し、多分そこにいるだろうライトに話しかける。
「なにー?」
「ライトの姿って、もしかして見えてるのブラックだけなの?」
「みたいだねー」
ライトの姿が見えないのは莉伽に力がないから、というわけではないみたいだ。他の人全員に見えていないのなら、多分ライトの姿が唯一見えているブラックは、他とは違い特殊な存在なのだろう。
特殊というか、猫だからなのか?
むーん、と考えこんでいると、ライトが話しかけてくる。
「ねー、ナイトはここにいないの?」
ナイト?
そういえば、さっきもそんな事言ってたけど、ナイトってもしかしてこっちの遺跡の精霊の事か?
「ナイトは闇、僕は光の精霊なんだぁ」
ふーん、そうなんだと興味深そうに莉伽が言うと、ライトは勇者と自分達精霊の事を懐かしそうに話してくれた。
声だけでも解るほど、
懐かしそうに。
ライトが話してくれたことによると、前勇者、名前をミトスと言うらしいのだが、ミトスがこちらの世界に来た時に一緒にいた精霊は、ライトとナイトの二人だけだったらしい。
これは、精霊が封印されている遺跡が二つだけなので解りきってる事なのだが。
その内の、ライトは光の精霊。そして、ナイトは闇の精霊。
光がライトで闇がナイト。
随分覚えやすい名前だ。さすがファンタジー。
ありがたい。
ちなみにミトスにはライトとナイトの姿は見えていたそうだ。
むーん。
見える人と見えない人の境界線が解らなくなってきたぞ。ミトスって人間だよね?まさかの、猫とかじゃないよね?
「人間だよー」
だよね。良かった。
そして、ミトスはやはり別世界からこちらの世界に呼ばれて来たらしく、その時一緒にいたライトとナイトも連れだって魔王の元へと向かったそうだ。
ミトスとライトとナイトが元いた世界。ラグーンは平和な国だったそうだ。精霊も沢山いて、人間もいて。神獣と呼ばれる者達もいた。
そちらも随分ファンタジーな世界だね。出来れば平和なそっちに行きたかったよー、と思ったが口は挟まない。
そして、何故ミトス達は魔王の元へと向かったのか。
王道は魔王退治。
アイナに聞いた勇者の話も、魔王討伐、みたいな話だった。
そしてやっぱり、
ミトスを呼んだ人間、アイリーンと言う人に魔王と、魔王の生み出した恐ろしい魔物達を退治して欲しいと頼まれたから魔王の元へと向かったのだと、ライトは言った。
ま、そーだよね。
王道王道。
「アイリーンって?」
「僕もよく知らない。ミトスを召喚魔法で呼びつけて、魔王を退治して欲しいって言った女」
ふむ。
ファンタジーで言う所のお城の偉い人、なのかな?そういえば、莉伽と亮乃を呼んだのは一体誰なのだろうか?
まぁ、ニルバニアの白いお城にその人はいるのだろうと思うが。
って、あれ?
「アイリーンって人は、魔法が使えたの?」
「うん」
んー?
魔法って、魔物だけが使えるんじゃなかったっけ?人間は唱魔法しか使えないーみたいな事、グローカスが言ってたような気がするんだけど。
大昔は、人間も魔法が普通に使えてたって事なのかな?というか、魔法が使えるなら魔物と戦う事もできるんだし、勇者なんて必要なかったんじゃ……。
魔物が強すぎたって事かな。
それとも、召喚の魔法だけ別なのかも。そう考えないと、亮乃と莉伽がこの世界に来れた事の理由がつかない。
……またこんがらがってきましたよ。紙とペンが欲しいな。紙に書いてちゃんと整理したい。
莉伽が、紙とペン〜とキョロキョロとしている間も、ライトの話は続く。
アイリーンに魔王退治を頼まれたミトス。
だが、ミトスは魔王退治には行かなかった。退治には行かなかったが、話し合いには行ったらしい。人間を襲うのはやめて欲しいと。人間の領域に入ってきてもいいが、人間に危害は加えないで欲しいと。
「ミトスはやさしいんだ。誰よりも何よりも、一番優しかったし、争いも好まなかった。
だから僕もナイトも、ミトスと一緒にいたんだ。ミトスが好きだったから。ラグーンではミトスとナイトと僕で、いっぱい遊んだよ」
「仲良し、だったんだね」
莉伽の顔がほころぶ。
そしてミトスは魔王と話し合うために、魔物の領域へと足を踏み入れた。魔物はアイリーンが話すような、恐ろしく人間を襲うような者達ばかりではなく、どちらかというと人間には無関心で特に気にもしていないような魔物の方が多かった。
だが、好戦的な者も確かにいて、ミトスに襲いかかってきたりもしたが、そこはライトとナイトの力でミトスを守ったらしい。
そしてミトスは魔王に会った。
「魔王はミトスの話しを聞いてくれた。そして魔物全員に言ってくれたんだ。人間は襲うなって。
それからは好戦的な魔物もそうじゃない魔物も人間の領域には近付かなくなった。これで万事解決、だと思ったんだけど」
ライトの声がだんだんと小さくなっていき、暫く無言の沈黙が続いた。
莉伽はあれ?と思いながらも、黙ってライトが話し出すのを待っていた。
「僕とナイトは精霊で、ミトスは人間。精霊は人間と違って体がない。うまく説明出来ないけど、空気みたいな、人間でいう魂みたいな、そんなものなんだ。そして精霊が生きて行くための生命力は、この世界には無かった。元いた世界、ラグーンにはみち溢れていた物が、この世界には無かった。
だから僕とナイトは魔王に会った時、すでに限界だったんだ。動ける状態じゃなかった。消えてしまう寸前だったんだ」
ミトスは動けないライトとナイトを置いて、一人人間の領域に戻った。これ以上負担をかけたくないと、ミトス達を召喚したアイリーンを連れてくると言って。
アイリーンに頼めば、元の世界へ戻れてライトとナイトも元気になれるし、魔王や魔物の事も報告しないといけないし、と言って。
ミトスが行ってしまった後、ライトとナイトが動けずにぐったりとした毎日を送っていると、魔王がある提案をしてきた。
その提案が、人間や魔物の生命力を直接貰ってはどうか?という物だったらしい。
「でも誰かから生命力を貰った事なんて、一度もなかった。誰かから貰わなくても、元の世界にはその辺にいっぱい溢れてたから」
魔王はどうにかならないかと考えてくれた。その結果生まれた発想がこれ。
指輪や腕輪みたいな装飾品などの、身につける物に契約の呪文をかけて、それを母体、体とし、誰かにつけてもらうこと。
その接触した所からその人の生命力をもらう事、だった。
その発想は見事に成功した。だが、魔物は魔石から魔王が生み出した命だったため生命力はもらう事が出来ず、魔物の領域には人間もいない。
ライトとナイトは、魔王本人から生命力をもらうこととなった。
「魔王は強大な力を持っていたから、僕もナイトもすぐ元気になった。魔王っていう立場だったのに助けてくれたんだ。だから安心してミトスを待ってた。
でもミトスはいくら待っても帰ってこなかった」
ライトの声が、少し低くなった気がした。
「ミトスを待ってたある日、ある魔物が慌てた様子で魔王に言ったんだ。
『ミトスが人間に殺された』
って」
一瞬、
ライトが何を言ったのか解らなくて、莉伽はすぐには言葉が出ず、周りを静けさが包んだ。
「ちょ、……ちょっと待って。私が聞いた話しと違うんだけど。勇者……ミトスは魔王に殺されたって」
「魔王はそんなことしないっ!!」
ライトの叫ぶ声が、
莉伽の耳にひどく響き渡る。
「魔王は、確かに最初は怖かったけど、ミトスの話しをちゃんと聞いてくれたし、僕やナイトを助けてくれた。魔王は、魔王は優しいよ。優しい所も、ある」
「……………」
どうなっているんだ?
勇者が人間に殺された?
呼び出した人間が、何故勇者を殺す必要がある。
「魔物のその言葉を聞いて、僕やナイトは真相を確かめに行こうとした。その魔物も噂で聞いただけだったらしいから。
けど、それには契約した装飾品をつけて、生命力をくれている魔王にも一緒に来てもらわないと行けなかった。
けど、魔王は動けなかった。王様だもの。そんなに簡単には動けない。
魔王が動くことによって魔物が混乱する怖れがあったから」
生命力をもらい続けないと、また動けなくなってしまう。
なら、契約をした装飾品だけ人間の領域に持っていき、誰か人間にはめてもらい生命力をもらいながらことの真相を探ってみてはどうか、とも考えたが、もし人間が本当にミトスを殺したのだとしたら、そんな人間に生命力を貰うなど、絶対に嫌だった。
仕方なく、真相の解明を魔物に託した。
そして、真相はすぐに解った。
やはりミトスは人間に殺されたのだと。
「亡骸は見つからなかった。ミトスを一人、この世界の人間の領域に残すなんてことしたくなかったから、魔王に頼んで僕らをこの世界の人間の領域に封印してもらった。ミトスの魂が寂しくないように。
それに魔王に、ずっと生命力をもらい続けるのも悪いと思ってたから。封印してもらったら生命力はいらなくてすむしね」
もし、それが本当の事なのだとしたら、
ミトスを殺した人間に、ライトは復讐を考えなかったのだろうか?大事な人が無惨にも殺されたのだから。
私なら、
私なら、どうするだろうか……?
「封印された時に、魔王のつけていた装飾品との契約は切れた。
だから、リカリカの呪いの指輪と新しく契約を結んだ」
姿の見えないライトが、今どんな気持ちなのか。
声だけではどうしても判断できない。
悲しいのか。
怒っているのか。
笑っているのか。
呆れているのか。
蔑んでいるのか。
泣いているのか。
何も、考えていないのか。
ライトに、どう言葉をかけたらいいのだろうか。
「本当は人間の生命力なんて貰いたくない。でもリカリカはこの世界の住人じゃないんだよね?だから良いと思った。
まさか呪いの指輪だったとは思わなかったけど」
……あれ?
どうして私が異世界の人間だと、ライトが知っているのだ?
不思議に思っていると、ライトは黒いのだよ、と答えてくれた。
「黒いの、ブラックが教えてくれたから」
「……ブラックが?」
ブラックにも、私は自分の正体を話した事はない。むしろちゃんと隠していたつもりなのだが、どこでバレたのだろうか?
ブラックを呼んでみるが、現れない。他の人もいないんだから大丈夫だろうと思ったのだが、出てくる気はないらしい。
まったく。
扱いづらい猫だ。




