サイシャ
「じゃ、僕は暫く本体の中でゆっくりしてるねー」
と言って姿を消した(らしい)ライトに、莉伽は息をはく。
とりあえず、問題児が一人いなくなった。
まぁ、問題が無くなった訳ではないので、根本的な解決にはなっていないのだが。
「呪いを解きに行くぞ」
黒猫、改めブラックが、さも当然のようにライトが消えた後、そう言うのを聞き、莉伽はちょっと待ったのストップをかける。
「待った待った。それも大事な事なんだけど、私もう一つの方の遺跡に行かないといけないから」
「もう一つって、アルローンのサイシャにある遺跡のことか。そういえばそんな事、言ってたな」
「うん、そう」
……って。
「君にその話しをした覚えはないんだけど」
『言ってた』って。
何故知っている。
「ずっと見てたから」
……………。
「ずっと見てたの?」
「ああ」
「どこから?」
「異空間から」
異空間って。
さすがは空間を操れるだけある。そんなこともできるのか。
莉伽が凄いなぁと感心していると、ブラックは「サイシャに行けばいいのか?」と聞いてくる。
のだが、莉伽はすぐに返事をするのを躊躇した。
有り難い申し出なんだけど、これ以上ブラックに借りをつくるのはご遠慮願いたい。
ブラックの嫁問題は、まだ少しも解決していないのだから。
でも、ブラックに頼めばひとっ飛びで楽々サイシャに着ける。
………借りの一つや二つや三つや四つ、同じだよね。
逆に貯まっていったら割引になる!とかならないかな。
……ならないな。
まぁ、いっか。
「うん、じゃお願い」
「解った。ちょっとここで待ってろ」
「え?」
待ってないといけないの?ひとっ飛びじゃないの?
「俺は一度行った所じゃないと行けないんだ。サイシャには一度も行った事がない。だからここで待て」
そう言って、ブラックは目の前から忽然と消えた。
「…………」
一度行かないと、その場所へは飛べないのか。
便利な力だなぁと思ってたけど、万能じゃないんだな。
まぁそのぐらいの制約はあるか。
莉伽はため息をつき、その場に腰をおろす。
ブラックはどれぐらいかかるのだろうか?時間がかかったら嫌だな。
今はまだ明るいから昼、ぐらいかな?
莉伽はおもむろに、ローブのポケットに入れていた、グローカスから貰ったパンっぽいものを取りだし、食べる。
品質的にヤバイかもしれないが、まぁいいだろう。まだおいしいし。
残っていたパンっぽいものを全て食べ終わり、
それにしても、と莉伽は思う。
ブラックはいつから莉伽を見ていたのだろうか?
チリルをニルバニアに帰さないといけないことを知っていたから、
多分、チリルとアイナと、ニトの町の外で野宿していた時には、すでに見ていたのだろう。
まさかとは思うが、莉伽がこの世界に来た時から
って事はないだろうけど。
いつから見てたのか、
後で聞いてみようかな。
しかし………
「ストーカーっぽいな、ブラック」
まぁ、猫だからあんまり気にはならないんだけど。
そんな事を思いながら、ブラックが帰って来るのを待っていた莉伽の頭に、一つの疑問が浮かび上がる。
莉伽は頬を触る。
頬には翼を生やした魔物に引っ掛かれた爪痕がある。その後ブラックに舐められた傷だ。血はすでに止まっているが、傷の痕だけは残っている。
「………」
その時、ブラックがタイミングよく帰って来た。
「よし、行くぞ」
「ブラック、その前に聞きたい事があるんだけど」
「なんだ?」
ブラックは首を傾げる。
「ずっと私の事、見てたんだよね?」
「またその話か」
またその話ですよ。
「私が魔物に襲われてた時もずっと見てた?」
「ああ」
「最初っから?」
「ああ」
始めから見てたくせに、助けてくれるの微妙に遅くなかったですか?
そう言うと、ブラックはこう答えた。
『良いタイミングを待ってた』
…………は?
「助けるタイミングを見計らってた」
「………なんで?」
まさかとは思いますが。
「一番、お前が俺にぐっとくるタイミングを見計らってた」
吊り橋心理。
というかチンピラに襲われて、
きゃーっ助けてーっ、
その人に手をだすなっ!、
なんだぁー?てめぇ、
ただの通りすがりだ、
ドカッバキッ!
助けて下さってありがとうございました。
大丈夫でしたか?では俺はこれで。
ま、待って下さいっ!お名前だけでもっ!
名乗るほどの者ではありません。では。
かっこいいお方。
どきどき〜。恋に落ちる〜。惚れた〜。
みたいな。
どきどき、
したのかな?私。
そんなこんなで。
ブラックの力で、サイシャの町にひとっ飛びで着いた莉伽は、町の中にある遺跡を探す事にしたのだが。
「でっかい町」
歩いても歩いても、何かの店が並んでいる。
店が終わったと思ったら、家が並んでいたり、広場があったりと遺跡らしき建造物は一向に見当たらない。
「誰かに聞いた方が早いか」
だが、誰に聞こうか?
莉伽はキョロキョロと、聞けそうな人を探す。
莉伽は今、一人だ。
ライトはまだ本体、指輪の中で休んでいるし、
ブラックは莉伽をここに連れてきた後、「俺は消える」と言ってどこかへ行ってしまった。
もしかして、人前に出るのが嫌なのだろうか?
恥ずかしがりやなのか?
好きだ惚れたとズバズバと莉伽に言っときながら、変な所で恥ずかしがってどうする、とブラックに文句の一つでも言いたくなるが、
そのブラックは今ここにはいない。
莉伽は頬を触る。
猫のくせに人並みに小賢しいまねをしたブラック。
まぁ、助けてくれたのはほんとだし、多分悪気はなかったのだろう。
頬の傷も、結構浅い傷だったみたいで多分残らないと思うし。
莉伽は頬を触りながら、喋りやすそうな人を探す。お店の人よりは、通りを歩いている人の方が話しやすいだろうか?
そんな時、見覚えのある後ろ姿を発見して、思わず声をかけてしまう。
「グローカスさん」
ニトの町の宿屋の一室で会った、身長のでかい強面のアンカー、グローカスがそこにいた。
「お久し振りです」
「…あぁ、売り家の」
「その節はありがとうございました」
「無事逃げられたようだな」
逃げてた訳じゃないんだけどね。
ハハハハハ、とぎこちない笑顔を張り付け、莉伽はグローカスを見る。
以前会った時ほど、威圧感を感じなくなっていた。何故だろうか?
相変わらずの恐い顔に、でかい身長で見下ろされてるのに。
ちなみに売り家とは、
人身売買、などの仕事をしている人達の総称で、オークションや闇市で、その手の金持ちの輩に、奴隷となる人間や非合法で手に入れた金品、物品を売り払ったりしている人達の事だと、アイナに聞いた。
莉伽が歩いた『裏道』は、そいつらも使うらしい。アイナ自身、そいつらにはむかっ腹がたっているが、どうする事もできないらしい。
裏の世界にも、いろいろあるそうだ。
「あの、ちびはどうした?」
グローカスは辺りを見渡す。
「チリルちゃんなら、住んでた所に無事帰りました」
「帰れたのか?」
「はい、えーと、助けてくれた人がいて」
猫だけど。
「そうか、良かったな」
「はい」
「お前はここの出身なのか?」
「え!あ、いや、えと」
しどろもどろになりながら、とりあえず「はい、まぁそんな所です」と言葉を濁す。
うぅ……。
そろそろボロがでそうだ。
莉伽は誤魔化すためにグローカスに、アンカーの仕事ですか?と聞いてみると、まぁそんなところだと
グローカスも莉伽と同じく言葉を濁して誤魔化した。
なんだろう?
いいづらい仕事でも請け負ったのだろうか。
アンカーも大変だな。
特にそれほど気にもならなかったので放置。
「そうだ、この町の遺跡の場所って知りませんか?」
「遺跡?精霊の遺跡か。
そういえば、最初に会った時もそんな事聞いてきたな」
「はい、…興味があって」
確か前にも興味があってと答えた筈。
答え方としては間違ってないよね。
だが、グローカスは知らないのか?と不思議そうな顔をした。
さっき、出身って言ったのに遺跡の場所を知らないので、不思議に思われたのだろう。
「いや、えっーと、その、度忘れでっ!遺跡の場所忘れちゃったんですよ」
ハハハーと笑って誤魔化す。
この誤魔化しは有効か無効か。有効であって欲しい!と思ったが、誤魔化しは無用だったようだ。
「いや、場所の事じゃない。精霊の遺跡は数時間前に消えたんだ。知らないのか?」
消えた!?
「なんでですか!?」
「原因は不明だ。突然遺跡まるごと消えたらしい。まぁ遺跡自体魔王が作った物らしいからな。
魔王が何かしたんじゃないかと、専ら噂だ」
そうなのか。
精霊を封印したのは魔王。遺跡を作ったのも魔王。封印するために遺跡を作ったと言うことか。
「リカリカ。ナイトは魔王の所に行ったの?」
「のあぁ!」
突然、ライトの声が耳元近くから聞こえてびっくりする。いつの間に外に出てきたんだ?
「ライト、心臓に悪いからいきなり出てこないでよ」
「いきなりじゃないよー。さっきから居たし」
「見えない私には、いきなりなの」
まったく。
見えないなら声も聞こえなくていいのに。
そんな莉伽をグローカスが怪訝な顔で見る
「……さっきから一人で何やってんだ、お前」
「……一人?」
グローカスにも、もしかしてライトが見えていないのか?
そう思い聞いてみるが、グローカスには莉伽しか見えないしライトの声も聞こえないらしい。
……グローカスも力がない人、なのだろうか。
「で、誰と喋ってるんだ?」
「……脳内妄想です」
まさか、精霊などとは言えないしと思いそう言ったら白い目で見られた。
確実に頭のおかしな子だと思われてるな。私。




