結婚
黒猫さんに嫁になれと言われました。
私は人間です。
黒猫さんは猫です。
猫と人間は結婚できません。
でもそれは、私の世界の常識なのです。
こちらの世界の常識では、『あり』なのでしょうか?
私には判別できません。
どうしたらいいのでしょう……?
黒猫は、にこにこしながら莉伽を見る。
うん。
こちらの世界に来た莉伽には、動物の表情を読み取る、という特殊スキルがついたのかもしれない。
使えなさそうなスキルだけど。
「あの…」
「俺の嫁になれ」
「えー……と」
「不満か?」
「不満というか」
猫だし。
動物だし。
一般的には、ペットだし。
というか、
「なんで嫁なの?」
いきなり嫁になれって。
常識的に考えて、まず間違いなくおかしい。何か裏があるとしか思えない。
黒猫はきょとんとしながら、莉伽を見て、
「嫁にしたいからだ」
と、言った。
違う。
期待してた答え方と違う。
莉伽は顔をひきつらせながら、もう一度質問する。
「だから、なんで嫁にしたいのかって聞いてんの」
また、とんちんかんな答えが返ってきたら、今度は怒鳴り付けてしまいそうだ。
だが、黒猫は今度はちゃんとした答えを返してきた。
「惚れたからだ」
…………は?
本日2回目ともなる、目が点となるような発言に、莉伽は何も言えなくなる。
「嫁にしたいって事は、惚れたって事だろ?好きだと言うことだ。
そんな当たり前の事を聞くのか、お前は」
黒猫は眉間にしわを寄せる。
いや、まぁ確かにそうなんだけど。
「好きって?」
「ああ」
「私を?」
「ああ」
「好き」
「そうだ。何回言わせるんだ」
「……なんで?」
好かれる要素、というかタイミングすらなかったはずなんだけど。
今初めて会ったし、もちろん話したのも今が最初だ。
そもそも人間と猫だし。
これのどこらへんに好かれポイントがあったと。
「お前は、誰かを好きになるのに、いちいち理由をつけてから好きにならないといけない、とそう言いたいのか?」
「えっ?いや、別にそー言うわけじゃないんだけど」
「理由なぞ、くだらん。
好きだから好き。嫁にしたいから嫁にする。
それでいいではないか」
黒猫は莉伽をじっと見て、それでは駄目なのか?と聞いてくる。
直球…?
というのかな、これは。
つまり、
理由はない。だが、好きになったと。
だから嫁にしたい、と。
そういうことなのだろうか。
黒猫さんが私に。
猫が人間に?
「あの、ごめんなさい」
「何がだ?」
「いや、だから。嫁にはなれません」
「何故だ?」
「は?」
「なぜだ?」
何故って。
「当たり前の事です。私が嫁になるなんてできません」
「当たり前って、何がだ?」
「何がって」
「男として魅力にかけると、そう言うことか?」
「いや、だからそうじゃなくて」
「じゃあ何故だ?」
なんか、疲れるな……。
めんどくさくなってきた。
めんどくさがり屋の莉伽は投げ出すようにして、こう言った。
「好きじゃないから、ですよ。助けてもらったのには感謝してますが、それとこれとは関係ありませんし」
「何故好きじゃない?」
「イラっ」と。
きっと漫画とかなら、莉伽の頭の上らへんに書いてあったに違いない。
「それこそ理由なんてないですよ。好きじゃないから好きじゃないんです。
あんたさっき理由なんてあったってくだらんって言ってたでしょ」
もう忘れたのか、この猫野郎。
「好きなのに理由は必要ないが、好きじゃないのには理由が必要だろ」
「は?」
「俺がお前を好きなのに理由は必要ないが、お前が俺を好きじゃないのには理由が必要だろ?」
悪気なさげに言う黒猫に、莉伽はついに、
キレた。
「ジャイアンか」
「なんだ?」
「あんたはジャイアンかぁぁーー!!」
「じゃいあん?」
黒猫はきょとんと首を傾げる。
「俺の物は俺のもの。お前の物も俺のものっ!俺の言うことはあっている。お前の言うことは間違っているっ!とでも言いたいわけか!」
「なんの話しだ?」
莉伽も、何を言いたいのか解っていない。
ただただ、イライラする。そして叫ぶ。
「あぁーっ、もう、めんどくさい!めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいぃぃー!!
もういい、もうやだ、帰るっ!帰せ!!
亮乃なんて知らない!
だいたい、どーして私があいつの尻拭い的な事しないといけないのよっ!
毎回毎回!!
もともと最初っから、何から何まであいつが悪いんだし、私には関係ないっ!自業自得だぁぁー!
もう、どうなろうと知らないっ!やめる!!!」
帰るーっ!!!
と叫び続ける莉伽に、黒猫は静かに喋りかける。
「そんなに俺が嫌なのか?」
「嫌とかそう言う問題じゃないってば!だってあんた猫じゃん。私人間だもん!猫と人間はそーいうの無しなのっ。ありえないの!無いの!」
「ねこ?ねこが何かは知らないが、種族が違うから駄目だと、そう言うことか」
黒猫は寂しげな顔を莉伽に向ける。
「種族など、産まれた所が違うだけではないか。姿形が違うだけではないか。
こうやって一緒に話したりできるのに、何故種族が違うからと言うだけで駄目なんだ?」
「何故って…」
黒猫の言葉に、莉伽は言葉を詰まらせる。
「好きになる、という感情に、種族も何もないだろう?何も違わないだろう?どうしてそれにこだわる」
「…………」
正論。
物凄く正論に聞こえる。
私の言っている事は差別、と一緒の事なのだろうか。
黒人と白人。上流貴族と下級の平民。金持ちと貧乏。できる者とできない者。いじめっ子といじめられっ子。男と女。
殺る者と殺られる者。
一昔前は、沢山世界に溢れていたもの。
今でも世界に溢れているもの。
「……………」
「どうした?大丈夫か」
黒猫が心配そうに見上げてくる。
「ごめん、酷いこと言ったかも」
莉伽は黒猫を、
黒猫の顔を見られなかった。
「気にするな」
黒猫が笑ったような気配がした。
「とりあえず一旦時空を元に戻す。一緒にいた女に、あの子供の説明をしてやれ」
「……チリルちゃんは、本当に無事に戻れたんだよね?」
「ああ、信じられないか?」
信じていない、
ということになるのだろうか。
黒猫は薄く笑う。
「じゃ、戻すゾ」
ゆらっという、景色が揺れるような感じがした後、莉伽の目にニトの町を行き交う人々の姿が写り出す。
ぶつぶつと、まだ考えこんでいるアイナも、ちゃんとそこにいた。
だが、黒猫はそこにいなかった。
姿は見えず、声もしない。
「………」
「んー…やっぱ金をどうにかして集めようか。
リカ、おーい、リーカー?」
「……何?」
「どうかしたの?」
「えーとね……」
とりあえず、
なんて説明すればいいんだろうか……?
「そう。じゃその『くろなこ』さんが、タダでチリルちゃんをニルバニアへと帰してくれたって事ね」
「なこじゃなくて、『ねこ』。くろねこ」
アイナに、かいつまんで黒猫との事を話す。
黒猫が突然莉伽の前に現れて、助けてやると言った事。
時空がどーので、チリルをニルバニアへ帰してくれた事。
そのままどこかへ消えて、いなくなってしまった事。
嫁やら好きやら惚れたやら、
その辺りの事は黙っている事にした。
「ふーん。変な動物だねくろにこって」
「……くろねこ」「そんな動物、いたかなぁ?」
アイナは首を傾げながら唸る。
「いないの?」
「喋る動物なんて、世界中旅してる私でも、まだお目にかかったことないよ」
「そうなの?」
ファンタジー的に『あり』、だと思っていたのだが、まさかの『無し』だったとは。
「ましてや、時空を操るなんて」
うーーん、と
アイナは難しい顔をして莉伽を見る。
「もしかしてさ、
それって魔物、だったんじゃないの?」
えっ、魔物!?
猫だったけど。思いっきり。
「獣型の魔物なら喋れる奴がいるし、魔物は魔法も使えるから、時空を操る奴がいたって不思議じゃないよ」
魔物。
あの黒猫が。
「リカ、本当に大丈夫?なんかされてない?」
何かをされてはいない。
嫁になれとは言われたが。
だが、魔物って事は、やっぱり好きだ惚れたは嘘なのだろうか?
食べるために懐柔しようとしてたとか、私で遊ぶために好きだとかって言ったとか、
こき使うために、嫁になれって言ったとか。
猫だからと、甘くみたのは駄目だったのか?
「…………」
「リカー?」
アイナが顔を覗きこんでくる。
頭を振り、考えるのをやめる。
チリルちゃんと別れた今、莉伽には次にやるべき事がある。
「アイナ、チリルちゃんが無事戻った今、この制服はあげられないんだけど」
「うっ、やっぱり……?」
「でも、情報をくれたら制服、あげる。情報と交換でどう?」
アイナは目を輝かせ、
「ありがとー!」と言って莉伽に抱き付いてくる。
アイナにはいろいろと世話になったから。
これぐらいはしないと、申し訳ない。
だから、私にあとちょっとだけ情報をちょうだい?
「精霊が封印されてる遺跡って、どこにあるの?」




