魔物と魔石と唱魔法
翌朝。
「よしっ、行くぞー」
「行くぞーって、どこ行くのかわかってんの?アイナ」
張り切って腕を振り上げるアイナに、莉伽は呆れる。
無駄に元気だ。
朝には起きたチリルは、いつの間にか莉伽と一緒にいたアイナにびびる事は無かったが、莉伽の後ろに隠れ、見ようとはしない。
びびってるのかな?
もしかして。
「アイナ、白いお城ってどこにあるか解る?」
朝の準備運動をしていたアイナに聞いてみる。
今の所、情報はそれしかない。
「白いお城?町の名前とか、解んないわけ?」
「解んない」
「なんで?」
なんでと言われましても。
いいよどむ莉伽の後ろから、チリルが服をぐいぐいと引っ張る。
「どうかした、チリルちゃん?」
「…………」
じっと莉伽を見て、何かを伝えようとしているらしいのだが。
チリルと以心伝心、は今の私には難しいらしい。
「えーと……」
「莉伽、これ」
アイナが木の棒を、莉伽に見せる。
「何?」
「喋れないんなら、地面に書いてもらえばいいじゃん」
その手があったか。
だが、それにも問題が。
莉伽はこちらの文字が読めないのだ。
書いてもらっても、読めなければどうしようもない。
そんな莉伽には構わず、アイナはチリルに木の棒を渡す。
「はい、どーぞ」
チリルは少し躊躇してからそれを受け取り、しゃがみこんで何かを書き始める。
そんなチリルを、アイナは興味深そうに見る。
ここで一つ疑問が。
「アイナ、私チリルちゃんが喋れないこと、言ってなかったよね?」
「聞いてないねー」
「なんで解ったの?」
「なんとなく?」
意外と観察力は凄いらしい。気を付けないと、私がこの世界の住人ではないことがバレてしまうかもしれない。
「アイナって、ちなみに何してる人なの?」
「盗賊」
………は!?
「盗賊!?」
「そう。盗賊」
物凄い子と関わっちゃったぞ。
「大丈夫。盗賊っていっても、私はレア専門だから」
だから、レアなお宝とかアイテムとかって騒いでたのか。
ちなみに、アイナは16歳。私と一つしか変わらないのに、旅を始めて、もう2年ぐらいになるらしい。
だからかもしれない。
観察眼が凄いのも、しっかりしているのも。
ぐいっと、チリルが服を引っ張る。
書けたらしいのだが。
…………。
うん。読めないよね。
「ニルバニア、かぁ。ここからわりと遠いね」
アイナが地面を見ながら難しい顔をする。
ニルバニア?
そう言えば、この世界に来た時に、サクがそんな単語言ってたな。
「歩いて行くのは時間がかかるから……」とぶつぶつ言いながら、うろうろしているアイナを見ながら、「やっぱり文字が読めないのは辛いなぁ」と思っていると、
チリルがまた服を引っ張り、地面の文字を指差す。
読め、ということなのだろうが。
「ごめんね。私、文字読めないの」
「…………」
「…うっ、そんな顔しないでー」
まさかの、哀れみの目を向けられるとは、思わなかった。
子供にこんな顔をされる、自分がとても情けない。
だが、仕方がない。
莉伽がこの世界に来てから、まだ数日しか経っていないのだから。
文字を覚えようにも、覚えられない。
「莉伽、文字読めないの?」
いつの間にかその様子を、しげしげと見ていたアイナが、不思議そうな顔を莉伽に向ける。
「う、うん」
「ふーん……」
ヤバイ。
文字が読めないのって、やっぱりおかしいよ、ね。
こんなに小さなチリルですら読み書きができるのだから、不自然に思われるのは当然か。
だが、アイナはそれ以上、突っ込んで聞いてくる事は無く、
チリルが書いた文字を見ながら、「一緒に帰るのかって書いてあるよー」と教えてくれた。
一緒に。
一緒には戻れない。
莉伽にはやる事ができたから。
精霊さん探しに、遺跡に行かないといけないし、お城に戻ったら莉伽がまだこの世界にいる事がバレてしまう。
『お前がまだいることは伏せておけ』
とりあえず、誰かさんの言う通りにしておいた方がいいだろう。
「チリルちゃん、ちょっと」
チリルを促し、アイナと距離をとる。
声が聞こえない所まで。
「あのね、私は一緒には戻れないの。やらないといけない事があるから」
チリルはじっと、莉伽を見る。
「私を元の世界に戻さないといけない事は解ってる。それがチリルちゃんの役目なんだよね?
でも、それを承知でお願いがあるの」
チリルの、青い空色の瞳を見る。少しの時間しか、一緒にいなかったのに、莉伽はチリルにそれなりの好意を持っている。
そして、こんな事に巻き込んだ罪悪感も。
まぁ、最初に巻き込まれたのは私なのだが。
「ごめんね、巻き込んで。お城の人達に怒られたら、全部私のせいにしていいから。だから、一つだけ。一つだけお願いがある」
無理を承知で、お願いがある。
「私は元の世界に戻ったって、亮乃やお城の人には言って?まだこっちにいる事は、内緒にしておいて欲しいの」
『亮乃を死なせたくはないだろう?』
誰かさんの言葉が、
頭に響く。
亮乃には会えない。
これは私が一人で動かないといけないことだから。
チリルは、その空色の瞳で莉伽を暫く見て、コクりと首を縦に振る。
解った、という意味で捉えていいのだろうか。
「話し、終わったー?」
アイナが叫ぶ。
莉伽はチリルの頭を撫で、チリルと一緒にアイナに近付く。あとはチリルを信じて、黙っていてくれるのを願うしかないだろう。
「で、ニルバニアってどのあたりなの?」
「えーとね、これ見て」
アイナはポケットから、小さな地図らしき紙をとり出す。
「今いる所が、ここ。ダウローンの国のニトの町近く。ニルバニアはこの辺り。けっこう遠いんだよねー」
誰かさんは近くの町に飛ばす、と言っていたのだが。
ミスったか、あのやろう。
「お金があったら、馬車に乗ってすぐ、なんだけど。リカはお金持ってないし、私も余分なお金なんて持ってないし」
「歩いてはいけないの?」
「時間かかるから無理。それに、このメンツで歩いての行動は危険かも。最近は特に魔物の動きが活発化してきてるって話しだし」
やっぱり、魔物がでるんだ。野宿は危なかったんだね。
もうやらないようにしよう。
「……一つ方法があるんだけど」
「どんな?」
「アンカーに頼む」
アンカー?
って、確かグローカスがそれだって言ってたけど。
「アンカーっていったい何なの?」
「知らないの?アンカーってのは『アンダーテイカー』の事。
いわゆる、請負人みたいな」
「請負人」
「依頼したら、危険な仕事も楽な仕事も大変な仕事も、なーんでもしてくれる、んだけど」
いわゆる、何でも屋か。
「でも、お金いるんでしょ?アンカーに仕事を頼むの」
「お金、はいらないんだけど……」
アイナがいいよどむ。
お金より、大変な何かが必要って事か。
なんだろ?
命、とか言わないよね。
「『命』が必要なんだよ」
言っちゃった。
「命って言っても、魔物の命、なんだけどさ」
「えっ?魔物なの?」
「うん。当たり前でしょ」
良かった。魔物なのか。
でも、魔物の命って
どういうこと?
ぽけっとする莉伽に、アイナは説明をしてくれた。
魔物とは。
魔王が生み出した生物。人型、獣型、人獣型など、様々な形態がいるとされている。
主に、魔王の統治する大陸にいるとされているのだが、人間の大陸に入ってくることもしばしば。
魔法を使うので、危険。出会ったら即逃げる事をお勧めする。
魔物の命は、『魔石』でできている。魔物を殺すと魔石だけがそこに残され、他は塵となって消える。どういう仕組みになっているのかは不明。魔物を生み出している、魔王だけが知っているとされている。
「アンカーに仕事を頼むには、その魔石が必要ってこと?」
「そう。唱魔法にはかかせない物だから。アンカーは唱魔法を使う人が多いから」
「唱魔法?」
唱魔法とは。
文字通り、唱えて発動する魔法の事。
魔物は自由に魔法を使えるが、人間は魔法を使えない。
だが、魔石があれば人間にも魔法が使える。魔石は魔物の命。なので、その魔物が使う魔法の力が残されているのでは?とされている。
その魔石を使って発動させる魔法が、唱魔法。
「昔は精霊魔法ってのがあったんだけど、魔王に封印されてからは、使えなくなったんだよね」
「ふーん」
なるほど。
なんとなくだが、世界観が見えてきたかも。
うんうんと頷いていると、アイナがこちらを、じっと見ているのに気付く。
「…何?」
「うん。別に」
別にって。
変な顔して見てたじゃないか。
「まぁそんな訳だから。
アンカーも実はそんなにいないし。無理な方法なんだけどね」
アイナは、「はぁー」とため息をつく。
「アンカーなら、一人知ってるけど」
「えっ?」
「そこの町で偶然会った」と莉伽が言うとアイナは、またまたじぃっと莉伽を見てくる。
「……何…?」
「…うん。別に」
何か不味いこと言ったのかな?私。
「じゃ、とりあえずそのアンカーに会いに行ってみようか」
気をとり直してそう言うアイナに、莉伽は首を傾げる。
「魔石が無かったら駄目なんじゃないの?」
「アンカー全員が魔石を欲しがる、ってわけじゃないから。
行くだけいってみよ」
「よし、いこーう」とアイナは、さくさくとニトの町へと向かう。
その背中を見ながら、まだグローカス居てくれればいいけど、と思いつつ莉伽はチリルの手を掴み、アイナの後を追った。




