中立の立場とは
そこは暗闇の中だった。何も見えない、真っ暗な空間。最初は夢だろうかとも思ったが、夢ではないらしい。
頭ははっきりとしていたから。
「ここどこだろ」
もとの世界へ帰る途中の空間、かなにかだろうか。来る時はこんな場所、寄らなかったと思うのだが。
というか、先に亮乃の所へ連れていってもらうはずではなかったか?
「チリルちゃん?」
あの金髪美少女はどこへ行ったのだろうか。手探りで辺りを探すが、何ともぶつからない。近くにはいないのだろうか。
返事は期待せずにチリルの名を呼ぶ。喋れなくても莉伽に気付いたら、何かしらの反応はしてくれるだろう。
「戦争と言う言葉を、知っているか」
返事を期待していなかった莉伽の耳に、突然聞こえてきた幼い少女の声。
驚いて声のした方を振り向こうとした莉伽は、制服のスカートをぎゅっと掴む、小さな手によってそれを阻まれる。
「……チリルちゃん?」
目を凝らして見てみると、そこにはスカートの裾を掴み、青い瞳でこちらをじっと見ている金髪の少女がいた。
その少女の口が動く。
「戦争とは愚かなものだな。戦いの果てになにがあるのだ」
チリルちゃんじゃ、ない。
姿形はチリルだが、雰囲気の全然異なる少女に、莉伽は不気味さを感じて離れようとした。だが、スカートをぎゅっと掴まれていたため、動くことは出来なかった。
子供の姿をしているのに、子供らしさを全く感じられない。妙に大人びた雰囲気がある少女に莉伽は問いかける。
「あんた誰?」
チリルは喋れないはずだ。だが、今ここにいる少女はすらすらと言葉を発っしている。別の誰かなのか、それともこちらがチリルの本当の姿なのか。
少女がニヤリと、不敵に笑う。
「お前にはやってもらう事がある」
「……帰してもらえるはずじゃなかったっけ?」
「それはあちら側の都合だ。こちら側の都合とはまた別なのだよ」
あちらとか、こちらとか。私の都合は無視ですか。どいつもこいつも。
「お断りします」
「残念だが、お前に拒否権はない」
「…………」
「亮乃と言ったか、次の勇者は」
少女は莉伽の幼馴染みの名前を出す。
「亮乃を死なせたくはないだろう」
何だか物凄く嫌な予感がするのは私だけだろうか。
「君、いったい誰なの?チリルちゃんなの?」
「時間がないから詳細な説明をしている暇はない。ただこの空間を作ってお前と話しをするために、この少女の体を借りた者、とだけ言っておこうか」
つまりチリルの体を乗っ取って、チリルとは違う別の誰か、が今喋っていると言うことか。
「亮乃を死なせたくなかったら、私のいう通りに動いた方がいい」
「……それは脅しですか?」
「脅しではない。ただの事実だ。亮乃は今、死の道へと歩いて行こうとしている」
死の道……?
「今から言うことを守って行動しろ。そうしたら亮乃は助かる、かもしれない」
かもしれないって。
そんな曖昧な。
「私に何をしろと?」
亮乃に巻き込まれるのには慣れている。
だが、出来ればあまりめんどくさい事はしたくないんだけどな。
「とりあえず亮乃、勇者側に加担するな。魔王側にも加担するな。最後まで中立の立場で行動しろ」
「は?中立?」
中立ってどーいうこと?
疑問を投げつけようとした莉伽が、何かを言う前に、チリルの体を乗っ取った『誰か』は喋り続ける。
「あと、大精霊をどうにかして解放しろ。そうしたらまだなんとかなるかもしれない」
「あの、ちょっと」
「力の無いお前だからこそ出来る事だ。力有るものは皆、上を目指して争ってしまうからな。この世界の住人ではない、力の無い、役立たずなお前が、一番の適任だと言えるだろう」
なんだか、物凄く馬鹿にされてるような気がするのですが、気のせいでしょうか……?
莉伽の制服のスカートから、チリルの手が離れる。
「そろそろ時間だ。さっき言った事を守れ。あと、お前がこちらの世界にまだいる事は伏せておけ。お前が動いている事は誰にも悟られるな。もちろん亮乃にも、だ」
「ではな」と言い、フェードアウトしようとした『誰か』を、莉伽はあわててチリルの両肩を掴んで引き止める。
「ちょっと待ってよ。全然話が見えないんだけど。大精霊って何?中立ってどーいう事?この世界にはやっぱり魔王がいるの?結局私は何をすればいーの?というか、あんたはいったい全体どの立場から話しをしてるわけなのよ」
チリルの体を乗っ取っている『誰か』は、先程とはうって変わり、とても真剣な顔をして莉伽を見る。
「さっきも言ったが、今の私には細かな説明をしている時間はない。それにこの世界については、私が説明するよりも自分で調べて、知っていく方がいいだろう。その方が偏りなく、どちらの立場にでもいられるだろうからな」
急に真剣になった『誰か』に、莉伽は少し気圧される。
「今からお前を近くの町に飛ばす。とりあえずそこから大精霊が封印されている場所を調べて、精霊を解放させろ。話しは以上だ」
それだけ言うと、チリルの体は力を無くし、その場に崩れおちる。
「…………」
やっぱり説明が全然足りてないうえに、いまいち何もかもがぼやけていて意味不明な展開に莉伽は戸惑う。勇者、魔王、精霊、中立、『誰か』。
「つまりは……どーいう事だ?」
そう呟いた所で、莉伽の足場が消える。
「……え?」
叫び声をあげる暇もなく、莉伽とチリルはそのまま奈落の底へと、落ちていってしまった。




