役立たず、帰る
「・・・・・」
青い指輪を無用心にも右手人差し指にはめてしまった馬鹿な自分に、あらためて落ち込んでいた莉伽は、椅子に座り机の上にある空になった宝箱を見る。
莉伽の指には抜けなくなってしまった青い指輪。『抜けない』というよりは『剥がれない』と言った方が、言い方としては正しいのかもしれない。
はめる時には軽く入った青い指輪は、抜こうとしても抜けなかった。指に引っかかっているというよりは、ぺったりと張り付いているような感じだ。
つまりそれは、一度はめたが最後、抜けなくなるといったような類いの物で。
だからつまりこの青い指輪は、
『呪いの指輪』
だということになるわけで・・・。
莉伽は言葉が出なかった。動く気にもならず、先程から椅子に座りじっとしている。たまに指輪を触り、抜けないかなと淡い期待を持って引っ張るが無駄に終わる。
「・・・はぁ」
言葉は出ずとも、ため息だけは出る。余計な事するんじゃなかったと思っても後の祭りだ。
体にまだ変化は訪れていない。どんな呪いなのだろうかと心配になる。これもガイル逹が仕掛けた亮乃に対しての試練の一環なのだろうか。そうだとしたら、莉伽はまんまと乗せられてしまったわけだが。
だが、ガイルは莉伽を『使えない』といった。そんな莉伽がこの指輪を見つける事など想像するだろうか。
宝箱はベッドの下に隠すようにして置いてあった。莉伽につけてほしかったのなら、机の上にそのまま置いておかないだろうか?
それか無理矢理莉伽の指にはめていくか。
いろいろ考えていても仕方がない。どちらにしろ青い指輪は抜けないのだから。
これ以上状況を悪くしないために、諦めて亮乃を大人しく待っていようと思う莉伽であった。
「遅っ!!」
「・・助けにきた俺に対してその言い草はないんじゃないか?」
「遅すぎんのよ。どんだけ時間かけんのよ?待ちくたびれるのにもほどがあるって言う言葉を知らないの?」
部屋の扉を開け入ってきた亮乃に、開口一番怒鳴り付ける。
助けに来てもらったのは有り難い、というかそのためにここに閉じ込められたんだから当たり前なんだけど。
とにかく、
亮乃が来るのは遅すぎたのだ。時計が無かったので時間は図れなかったが、ゆうに半日はたっているのではないだろうかと思うほど待たされていた。
それだけ長い時間を、この何もない部屋でいったい何をしろと?
答えは簡単。
寝る。
それだけだ。
「寝すぎて逆に眠たい」
「俺のせいじゃないぞ?」
「わかってる」
くぅあーと欠伸をしながら莉伽はいつの間にやら元の制服に着替えていた亮乃を見る。
「いつのまに制服に着替え直したの?」
亮乃は着ている制服をつかみながら「あぁ、これ?」と言った。
「牢屋に置きっぱなしだったのをガイルが乾かしてくれてたみたいだぞ」
「ガイルが。へー」
それなら私にもすぐさま持ってきて欲しかったものだ。
「莉伽のも持ってきた。チリル、入ってこい」
亮乃がそう言うのと同時に、扉の外から金髪の美少女が現れた。
金髪の美少女は、ずいっと手に持っていた莉伽の制服を差し出す。
「あ、ありがと」
金髪美少女はふるふると首を横に振り、そのまま黙ってしまった。
近くで見ると本当に可愛い。ぱっちり開いた青い目も、少しウェーブがかった金髪の髪も。喋れない事も、きっとマニア心をくすぐるに違いない。
制服を受け取り、チリルの頭をよしよしと撫でてやりながら莉伽は亮乃を見る。
「その子はやっぱりチリルだったみたいなんだ」
「そ。じゃ、あの茶髪は」
「サク」
・・・やっぱり。
「それで亮乃。勇者にはなったの?」
亮乃が驚いた顔で莉伽を見る。
「知ってたのか」
「ガイルに聞いた」
だいたいの事だけだけどね。
「そー。俺勇者業をしないといけなくなったからしばらく帰れなくなった。莉伽は帰っていいみたいだから、安心しろ」
力も無いから『やくたたず』だもんね、私。
「チリルが元の世界まで送ってくれるらしいから。莉伽、那子たちへの説明よろしくな」
うっ・・・やっぱり私がしないといけないのか。
「一緒に帰れないの?」
「勇者の職務があるんだって」
「やらないといけないの?」
「勇者だからな」
「世界初、勇者の職務放棄は?」
「そんな勇者になりたくない」
「・・・めんどくさい」
「頑張れ」
それだけ言うと亮乃は「じゃーな。後よろしくー」と言って部屋を出ていってしまった。
莉伽はため息をつき、こちらをじっと見ているチリルに「ちょっと待ってね」と言い、もらった制服に着替える。
制服はクリーニングでもしたのかと思うほど、しわも伸ばされ汚れも落ちていて綺麗になっていた。
もちろん着心地も良かった。
着替えが終わり、じゃあ行こうかとチリルに手を伸ばした所で、右手人差し指にはまっている指輪の存在に気付く。
「・・・しまった。これのことすっかり忘れてた」
試しに引っ張ってみるがやはり抜けない。
「チリルちゃん、これのはずしかた知ってる?」
隣にいた金髪美少女、チリルちゃんはふるふると首を横に振る。
・・・仕方がない。
「亮乃がどこに行ったか知ってる?」
少し考え込んだ後、チリルは今度は首を縦に振った。
「よし、じゃあごめんだけど先に亮乃の所に連れて行ってもらってもいいかなぁ?」
チリルが首を縦に振ったので、莉伽は「よし、じゃあ行こう」と頭を撫でてやってからチリルの手を掴む。
その瞬間。
莉伽は猛烈な睡魔に襲われたかの如く意識を失い、その場にゆっくりと崩れるようにして倒れてしまったのだった。




