触るべからず
またもや兵士に、槍を突き付けられながら、莉伽はポスポスと歩いていた。ちなみに何故ポスポスなのかというと、莉伽がパンダの着ぐるみを着ているからである。ちなみに何故パンダなのかというと、亮乃がウサギ着ぐるみを先に取ったからである。
亮乃はウサギの方が好みだったのだろうか?
牢屋へと戻されると思っていた莉伽だったが、どうやら違う道を進んでいるようだ。
いったいどこへ連れて行かれるのだろう。
ちらりと、後ろから槍を突き付けている兵士を見る。最初に会った兵士も、牢屋に来て着替えを届けてくれた兵士も、そして今槍を突き付けている兵士も。
全て同じ兵士だ。
人手が足りないのだろうか。それとも私達の担当の兵士で、一から十までやらないといけないのだろうか。
「あの、亮乃は大丈夫なんでしょうか?」
歩きながらおそるおそる聞いてみる。
「大丈夫だろう。あの男なら」
「やっぱりどっかから観察してたって事ですか?」
「ああ。そこを右だ」
生け贄の為の準備運動、ではなかったと言うことだろうか。
「何のためにこんな事を?」
廊下を右に曲がりながら、莉伽はこの際だから聞いてみた。この兵士なら教えてくれそうな気がしたからだ。
「あの男に素質があるのかどうか、それを試していた。牢屋の鍵をかけなかったのもわざとだ。そのまま留まるか、危険をおかしてでも牢屋から出て、前に進むか。それを確認していた」
素質。
何の素質ですか?
「勇者としての素質、だ」
・・・・勇者。
残念だったね、亮乃。
魔王の方じゃなかったみたいだよ。
「ここってお城ですよね?王様とかがいる」
「ああ。ここにはこの国の当主がいる。お前逹をここへ連れて来させたのも現当主の命令で、だ。」
当主。
王様とは何か違うのだろうか。
「勇者として呼ばれたわりには、牢屋に入れるとか酷くないですか」
「こちらにも事情がある。牢屋の中は暖かくしていたし、着替えも寄越した。出来る限りの対処はさせてもらったと思うが」
その着替えはコスプレパンダとウサギのコスチュームだったけどね。他にもっと別のものなかったのかと言いたい莉伽だったが、これ以上突っ込んで聞くのは危ないかなと思い、その場はそのまま無言で言われるままに絨毯の敷かれた廊下を歩いた。
入っていろと言われ、莉伽が押し込まれたのは、こじんまりとした部屋の一室だった。
部屋の中には、ベッドと小さな机と椅子。そして箪笥があるという、本当に質素な部屋だった。
「はぁ・・・」
先程の兵士、名前をガイルと言うらしいのだが、そのガイルは莉伽にこう言った。
『お前はあの男と違って使えなさそうだったから、ここに隔離するように、との事だ』
使えなくて悪かったな。
どうせ脇役だもん。主役級の亮乃と一緒にされたら困りますよ。
「む、むなしい・・・」
亮乃には悪いけど、使えないなら使えないで、さっさともとの世界へ帰らせて欲しいんだけど。
そう言うとガイルは、
『お前には、あの男の試練の駒になってもらう』と悪気もなく言いはなった。
つまり、莉伽を助けるために亮乃が幾多の試練を乗り越えてここに来るまで、大人しく待っていろ、と言うことらしい。
囚われの姫役。
に、似合わない・・・。
ものすごく。
というか、人質的な何かですか。私は。
ベッドに転がり一息つく。目を瞑りながらこれからの事を考える。亮乃が助けに来たら無事に帰してもらえるらしいのだが。莉伽はそれでお役ごめんで帰してもらえたとしても、亮乃は無理だろう。勇者として、魔王退治だとか世界の平和のためにだとかで、こちらに残らなければいけないと思われる。
「那ーちゃん逹になんて説明しようか」
妹の那子や亮乃の両親、学校のクラスメイトや先生逹。亮乃が帰れないなら私がその説明をしなくてはならなくなるのだろう。
『亮乃は勇者になりました。しばらく戻りません』
「・・・・・・」
それで済めばいいが、そんな馬鹿げたことを信じてくれる人はどれぐらいいるだろうか。
那子は信じてくれるかもしれないが、他の人達は無理な気がする。
考えれば考えるほど、とてつもなくめんどくさい。
「というか、なんで私がこんな事しなくちゃならないのさー」
莉伽の口からため息が出る。
最初っから役にたたない私なんかを、こんな世界に連れてこなければ良かったではないか。
人質とか囚われの姫とか、亮乃が助けにくるまで待ってろだとか、向こうの勝手な事情を私に押し付けないで欲しいものだ。
ガイルが言うように、大人しくここで待っていてもいいのだが、こんな狭い、何もなさそうな所でいつ助けに来るかも解らない亮乃をずっとただのんびりと待っているのは苦痛だ。
自分から進んで行動するのはめんどくさいからあまりしないのだが。
「よし」
ベッドから立ち上がりドアへ向かう。
だが、やはりと言うかなんというか。牢屋の時とは違いしっかりと鍵がかけられていて、部屋から出ることはできなかった。
なら、別の方法を考えるしかない。
自分が役にたたないとか、よくわかってる。ただの脇役なのだから。
でも、脇役にも脇役なりの仕事があるのだ。フォローとかフォローとかフォローとか、事後処理とか。
亮乃が勇者なんてめんどくさい者になってしまう前に捕まえて一緒に帰らないと。
なんだかとってもめんどくさいややこしい問題が莉伽にも降りかかってきそうな気がする。
「ドアが無理なら、何か他の手はないかな」
この部屋に窓はない。
出口はドアだけだ。
とりあえず、莉伽は部屋の中に使えそうな物がないか探してみる事にした。
数分、部屋の中を物色して見つけたのは小さな箱だけだった。小ぶりの両手サイズぐらいのその箱はまさに『宝箱』と言った風貌で、ベッドの下の隅の方に隠すようにして置いてあった。
「・・・・」
怪しすぎる。
なんだかいかにもな展開に、危険をビシビシと感じて開けるかどうかを迷っている莉伽であった。
さて、どーするか。
宝箱を持って振ってみる。音はしない。
叩いてみる。変化なし。
しばらく迷ったすえ、莉伽は宝箱を開けてみることにした。もしかしたら何も入ってない、っていう落ちかもしれないしねと思い、ガバッと思いきって開けてみる。
中には青い色の指輪が、箱の真ん中あたりに埋もれるようにして入っていた。振っても音がしなかったのは、綿やら紙くずなどが一緒に詰め込まれていたからだろう。
それら全てを取り除いてみても、やはりこれといった物はその指輪しか入っていなかった。
指輪を手に持ってみる。
青い指輪には装飾などは全くついていなく、本当にただの青いリング状の指輪のようだ。一見おもちゃのようにも見えるが、持ってみるとそれなりの重さがあったのでおもちゃではないのだろう。
何の気はなしに、右手の人差し指にはめてみる。スポッと綺麗にはまった指輪は女性用なのだろうか。飾り気がないから男物だと思ったんだけど。
そんな事を考えながら、人差し指から指輪を引き抜こうとした莉伽だったが。
・・・抜けない。
おもいっきり、力いっぱい引っ張ってみるが、
やはり、抜けない。
『知らない場所に置いてある物には、不用意に触らないようにしないとね』
それは誰の言葉だったっけ?




