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■第4話「平和に生きるってのは、戦うよりずっと難しい」


 平和に生きるというのは、簡単なようで難しい。


 戦うよりも、よほど難しい。


 ――少なくとも、それを知っている者にとっては。



「なあリオ」


 昼下がりのギルド前。


 今日もガルド・レインズは、いつもの調子だった。


「なんですか」


「門番って楽そうだよな」


「急にどうしたんですか」


「いや、ああいうのいいなって思ってな。立ってるだけで給料もらえるんだろ?」


「絶対違います」


 リオは即答した。


「それにドーガさんに失礼ですよ」


「そうか?」


「そうです」


 その時だった。


「聞こえてるぞ、ガルド」


 低い声が飛ぶ。


 門の方を見ると、ドーガ・バルドが腕を組んで立っていた。


「あ、ドーガさん」


 リオが頭を下げる。


「おう、リオ。……で、ガルド?」


「なんだ」


「門番、楽そうだって?」


「ちょっと思っただけだ」


 ドーガはため息をついた。


「一回やってみるか?」


「お?」


 ガルドの目が光る。


「マジで?」


「代わりにやってみろ。一日だけな」


「いいのか?」


「やってみればわかる」


 ドーガはにやりと笑った。


「平和に立ってるだけが、どれだけ難しいか」



「というわけで、今日のお前の仕事はこれだ」


 門の前。


 ドーガが腕を組んで説明する。


「出入りする人間の確認。怪しいやつがいたら止める。問題があれば対処する」


「簡単だな」


「簡単に見えるだけだ」


「余裕余裕」


 ガルドは軽く手を振る。


「任せろ」


「……リオ、お前も見ててやれ」


「はい」


 リオは頷いた。


(絶対何かやらかす)


 確信があった。



 最初の一時間は、平和だった。


 商人が通る。

 旅人が通る。

 冒険者が出入りする。


 ガルドは適当に手を振るだけ。


「おー、行ってらっしゃい」


「軽すぎません?」


「いいだろ別に」


「確認してくださいよ!」


「見りゃわかる」


「それでいいんですか!?」


 だが、特に問題は起きない。


「ほらな、楽だろ?」


「今のところは、です」


 リオは警戒を解かない。



 問題は、二時間後に起きた。


「おい、そこのお前」


 ガルドが声をかけた。


 門を通ろうとしていた一人の男。


 フードを深く被り、顔が見えない。


「……何だ」


 低い声。


「ちょっと待て」


「なぜだ」


「なんとなく怪しい」


「理由が雑すぎません!?」


 リオが突っ込む。


 男は立ち止まった。


「俺が怪しいと?」


「うん」


「証拠は」


「勘」


「最悪ですね!?」


 空気がピリつく。


 男の手が、ゆっくりと動く。


(まずい)


 リオが構える。


 次の瞬間――


 男の背後に、影が現れた。


 黒い魔物。


 小型だが、鋭い爪を持つ。


「後ろ!」


 リオが叫ぶ。


 だが、男は気づいていない。


 飛びかかる。


 ――その前に。


 ガルドが一歩動いた。


 速い。


 最小の動きで、魔物の首を斬り落とす。


 一瞬だった。


 血が地面に落ちる。


「ほらな」


 ガルドが言う。


「怪しかっただろ?」


「結果論ですよね!?」


 リオが叫ぶ。


 男は振り返り、驚いた顔をした。


「……助かった」


「気にすんな」


 ガルドは軽く手を振る。


「通っていいぞ」


「……ああ」


 男は去っていった。


 リオはため息をつく。


「今のはたまたまですよね」


「いや、違うな」


「え?」


「空気が違った」


「また感覚ですか……」



 それからも、いくつか小さなトラブルがあった。


 酔っ払いの喧嘩。

 荷物のトラブル。

 ちょっとした揉め事。


 そのたびに――


「まあまあ落ち着け」


 ガルドが間に入る。


 適当なようでいて、的確。


 力の使い方がわかっている。


 必要以上に傷つけない。


 必要な時だけ、きっちり止める。


(……すごい)


 リオは思った。


 戦闘だけじゃない。


 こういう“場の収め方”も、うまい。


「どうだ?」


 ガルドが聞く。


「……思ってたより大変ですね」


「だろ?」


「はい」


 少しだけ、認めた。



 だが――


 問題は、やはり最後に起きる。


「なあリオ」


「嫌な予感がします」


「屋台やろうぜ」


「やめてください」


「ここ人通り多いだろ? 稼げるぞ」


「門番の仕事どこいきました!?」


「副業だ」


「ダメです!」


 だがガルドは止まらない。


 どこからか板と布を持ってきて――


「ほら完成」


「早いですね!?」


 即席の屋台ができた。


「今日は焼き串だ」


「なんでそんな準備いいんですか!?」


「昨日から考えてた」


「確信犯じゃないですか!」


 香ばしい匂いが広がる。


 人が集まる。


「うまそうだな」


「一本どうだ?」


 売れ始める。


「……売れてますね」


「だろ?」


 ガルドが笑う。


 その時だった。


「ガルド」


 低い声。


 振り向くと――


 ドーガが立っていた。


「何してる」


「商売」


「門番は」


「やってる」


「やってないだろ」


「片手間だ」


「やめろ」


 ドーガのこめかみに青筋が浮かぶ。


「ここは仕事場だ」


「固いこと言うなよ」


「言う」


 ドーガは屋台を睨む。


「片付けろ」


「もうちょいで売り切れる」


「今すぐだ」


「ケチだなあ」


「そういう問題じゃない」


 空気が張り詰める。


 だが――


 ガルドは少しだけ笑った。


「……まあ、そうだな」


 あっさりと、火を消す。


 屋台を片付け始める。


 リオは驚いた。


(あれ……意外と素直……?)


「わかったよ。やめる」


「最初からやるな」


「それは無理だ」


「無理じゃない」


 ドーガがため息をつく。


「お前は本当に変わらんな」


「変わったらつまらんだろ」


「……そうかもな」


 ドーガは少しだけ笑った。



 夕方。


 門の仕事が終わる。


「どうだった?」


 ドーガが聞く。


「思ったより大変だった」


 ガルドが答える。


「だろうな」


「でもまあ、悪くない」


「……そうか」


 短い会話。


 だが、そこに何かがある。


「お前は、こっちには来ねえのか」


 ドーガが言った。


「門番」


 ガルドは少しだけ考える。


「……向いてねえよ」


「そうか」


「じっとしてるの、性に合わねえ」


「知ってる」


 二人は笑った。



 帰り道。


「……なんか、意外でした」


 リオが言う。


「何が」


「ちゃんと仕事してたじゃないですか」


「ちゃんとはしてねえ」


「してましたよ」


「途中で屋台出したけどな」


「それはダメです」


 リオはため息をつく。


 でも――


「でも、ちょっとだけわかりました」


「何が」


「平和にするのって、難しいですね」


 ガルドは少しだけ目を細めた。


「……まあな」


 短い返事。


 それだけだった。



 平和に生きるというのは、簡単なようで難しい。


 戦うよりも、よほど難しい。


 守るものがあるからだ。


 失いたくないものがあるからだ。


 だから――


 それを選んだ者は、強い。



「なあリオ」


「なんですか」


「明日はまた冒険だな」


「戻るんですね」


「じっとしてるの飽きた」


「早いですね」


 リオは苦笑した。


 この男は、きっと変わらない。


 だが――


 変わらない中にも、確かに何かがある。


 それを、少しずつ理解していく。


 そんな日々が続いていく。



「……でも屋台はもうやめてください」


「次はもっと工夫する」


「やめてくださいって言ってるんです!」


 笑い声が響く。


 平和で、騒がしくて、どうしようもない日常は――


 今日も、ちゃんと続いていた。

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