■第3話「強さを教えるやつほど、だいたい教え方が雑」
人に何かを教えるというのは、簡単なようで難しい。
そして――強い奴ほど、その難しさを理解していないことが多い。
「よし、今日は特別講義だ」
朝のギルド訓練場。
ガルド・レインズは、やる気のない声でそう言った。
「なんでですか」
リオは即座に聞き返した。
「なんでって、教えてやるんだよ。強くなる方法」
「頼んでませんよね?」
「今頼まれた」
「頼んでません」
即否定。
だがガルドは気にしない。
「まあいいだろ。お前、動きが固い」
「昨日の件で余計なことしないでほしいんですが」
「余計じゃねえ。成長のチャンスだ」
「そのチャンス、だいぶ危険な匂いがするんですが」
リオがため息をつく。
そこへ――
「お、やってるな」
低く落ち着いた声が響いた。
振り向くと、そこにいたのは大柄な男。
門番の制服を着た、がっしりとした体格。
「ドーガさん」
リオが頭を下げる。
ドーガ・バルド。元タンク――前線で仲間を守り続けた男。
今は街の門番として、穏やかな日々を送っている。
「ガルド、お前が人に教えるのか?」
「たまにはな」
「珍しいこともあるもんだ」
ドーガは腕を組んで笑う。
「で、何を教えるんだ」
「強くなる方法」
「ざっくりしてるな」
「細かいことは後だ」
「だいたいそれで失敗するやつだな」
ドーガは楽しそうに言った。
⸻
「まずは構えだ」
ガルドが木剣を持つ。
リオも構える。
「力入れすぎ」
「入れてません」
「入ってる」
「どこがですか」
「全部」
「雑すぎません!?」
ガルドはリオの肩を軽く叩く。
「抜け。もっと力抜け」
「こうですか……?」
「違うな」
「じゃあどうすれば」
「感覚だ」
「一番困るやつきましたね!?」
ドーガが横で笑っている。
「まあ、ガルドはそういうやつだ」
「教え方としてどうなんですかそれ!」
「強いのは間違いないんだがな」
リオは額を押さえた。
「理屈で説明してくれませんか?」
「理屈か……」
ガルドは少し考える。
「敵が来たら斬る」
「それ結果ですよね!?」
「避ける」
「それも結果です!」
「当たらなきゃいい」
「それができれば苦労しません!」
ガルドは真顔だった。
本気で言っている。
(ダメだこの人……)
リオは悟った。
⸻
「よし、じゃあ実践だ」
「急にですか!?」
「実戦が一番早い」
「それはそうですけど!」
ガルドが木剣を構える。
空気が変わる。
さっきまでのだらけた雰囲気が、消える。
「来い」
短い一言。
リオは息を呑む。
(……やるしかない)
踏み込む。
剣を振る。
だが――
当たらない。
完全に見切られている。
「遅い」
ガルドの声。
次の瞬間、リオの剣が弾かれる。
「くっ!」
立て直す。
もう一度。
だが同じ。
すべて読まれている。
「力みすぎ」
「だからどうすれば!」
「だから抜けって」
「それができないんです!」
ガルドは一歩踏み込む。
リオの視界が揺れる。
気づいた時には――
喉元に木剣があった。
「終わり」
静かな声。
リオは息を止めた。
何もできなかった。
完全に、圧倒された。
「……」
言葉が出ない。
悔しさと、理解できない感覚が混ざる。
「な?」
ガルドが剣を下ろす。
「こうなる」
「……説明になってません」
「見て覚えろ」
「それ一番難しいやつです!」
⸻
その時だった。
「ずいぶん楽しそうじゃないか」
新しい声が響く。
訓練場の入口。
そこに立っていたのは――
長身の男。
整った顔立ちに、落ち着いた佇まい。
ただ立っているだけで、場の空気が締まる。
「……ギルドマスター」
リオが姿勢を正す。
アルヴェイン・クロイツ。
元勇者。
そして、このギルドの長。
「よう、アル」
ガルドだけは、いつも通りだった。
「相変わらずだな、ガルド」
「そっちもな」
二人の間に、短い沈黙が流れる。
空気が違う。
言葉にしなくてもわかる――
この二人は、同じ場所を見ていた者同士だ。
「教えているのか?」
「一応な」
「一応、か」
アルヴェインはリオを見る。
「どうだ?」
「……すごいです。でも、意味がわかりません」
「だろうな」
即答だった。
「ガルドのやり方は、基本的に説明不足だ」
「そうなんです!」
「だが――」
アルヴェインの視線が、ガルドに向く。
「間違ってはいない」
リオは目を見開いた。
「え?」
「この男はな、理屈ではなく“結果”で覚えたタイプだ」
「結果……?」
「戦場で、生き残るために必要な動きを積み重ねた」
静かな声。
「だから説明できない。だが、動きは正しい」
リオはガルドを見る。
いつもの、だらけた男。
だが――
(この人は……)
「まあ、そんな感じだ」
ガルドが頭をかく。
「細かいことはいいんだよ。生き残れりゃ」
「……それ、普通の人には無理ですよ」
「だから教えてやってんだろ」
「教え方が雑すぎるんです!」
アルヴェインが小さく笑った。
「昔から変わらんな」
「変わる理由がねえ」
「そうか」
短い会話。
だが、その中に長い時間が見えた。
⸻
「せっかくだ。少し見てやろう」
アルヴェインが言う。
「え?」
「二人とも、構えろ」
「ちょっと待ってください!?」
リオが慌てる。
「俺もですか!?」
「もちろんだ」
逃げ場はない。
ガルドは楽しそうに笑う。
「いいじゃねえか。豪華だぞ」
「豪華すぎます!」
アルヴェインが木剣を持つ。
構えた瞬間――
空気が変わった。
重い。
圧倒的な圧力。
(これが……元勇者……)
リオの喉が鳴る。
「来い」
静かな声。
だが、逆らえない。
リオは踏み込む。
――瞬間。
視界が白く弾けた。
気づけば、地面に倒れていた。
「……え?」
何も見えなかった。
何もできなかった。
「速すぎる……」
呟く。
アルヴェインは、もう動いていない。
「次」
ガルドに向く。
「おう」
二人が向かい合う。
空気が張り詰める。
リオは息を止めた。
(この二人……)
次の瞬間。
剣が交差する。
音が遅れて響く。
速い。
だが――
ガルドは、ついていっている。
いや、対等だ。
数合。
それだけで、勝負は止まる。
「……やめだ」
アルヴェインが剣を下ろす。
「相変わらずだな」
「そっちもな」
二人が笑う。
リオは、ただ見ていた。
(やっぱり、この人は……)
⸻
夕方。
訓練が終わり、三人はベンチに座っていた。
「……少しはわかったか?」
アルヴェインが聞く。
「正直、まだ全然です」
「それでいい」
穏やかな声。
「すぐに理解できるものではない」
「はい」
「だが、見ておけ」
アルヴェインの視線が、ガルドに向く。
「こいつの動きは、本物だ」
ガルドは鼻で笑った。
「持ち上げすぎだ」
「事実だ」
短いやり取り。
だが重い。
リオはゆっくりと頷いた。
「……わかりました。続けます」
「いい心構えだ」
アルヴェインは立ち上がる。
「では、俺は戻る」
「おう」
背を向けて去っていく。
その姿を、リオは見送った。
⸻
「よし、じゃあ続きだ」
「え、まだやるんですか!?」
「当たり前だろ」
「さっきので十分なんですが!?」
「足りねえ」
ガルドが立ち上がる。
「ほら、来い」
リオはため息をついた。
だが――
剣を握る。
(……やるしかないか)
もう一度、構える。
さっきより少しだけ、力を抜いて。
「お」
ガルドが笑う。
「いいじゃねえか」
「……まだ全然ですよ」
「最初はそんなもんだ」
軽い言葉。
だが――
少しだけ、嬉しかった。
⸻
人に何かを教えるというのは、簡単なようで難しい。
だが――
本当に大事なことは、言葉では伝わらないこともある。
見て、感じて、ぶつかって。
そうやって、少しずつ理解していく。
……たぶん。
⸻
「ガルドさん」
「なんだ」
「さっきの、少しだけわかった気がします」
「どこが?」
「……まだうまく言えません」
「それでいい」
ガルドは笑う。
「言葉にできるようになったら、もう遅いかもしれねえしな」
「どういう意味ですかそれ」
「考えろ」
「またそれですか!」
笑い声が響く。
くだらないやり取り。
だが、その中に確かにある“何か”。
それを、リオは少しずつ掴み始めていた。
⸻
そして――
「明日は実戦だな」
「やめてください」
日常は、容赦なく続いていく。




