第9話 十秒の演目
秋の気配が深まる十月。高校生活における最大のイベント、文化祭の季節がやってきた。
久我蒼のクラス、2年B組の出し物は『eスポーツ大会』に決定した。 教室に大型モニターとゲーム機を設置し、トーナメント形式で来場者や生徒を戦わせるという、手軽だが盛り上がりやすい企画だ。
蒼自身は、裏方の機材設定や配線係として静かに過ごすつもりだった。 そう、あの瞬間までは。
「おい久我、お前も選手枠に入れといたぞ」
準備期間中の教室で、実行委員の倉田がニカっと笑いながら名簿を指差した。
「は? なんでだよ。僕は裏方でいいって」
「何言ってんだ。こないだゲーセンで結構いい動きしてたじゃんか。クラスの代表として出てくれよ。人数足りねーんだわ」
倉田の声に、近くで装飾を作っていた紗月が顔を上げる。
「あ、それいいかも! 久我くんのゲームしてるところ、また見たいな。かっこよかったし」
彼女の無邪気な一言が、決定打となった。 紗月に期待の眼差しを向けられては、「嫌だ」とは言えない。 蒼は小さくため息をつき、「……わかったよ、一回戦負けでも文句言うなよ」と渋々承諾した。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。 数日後、廊下に貼り出されたポスターを見て、蒼は戦慄することになる。
『2-B eスポーツ大会 スペシャルゲスト解説(オンライン出演): RinStrike & KaitoPro!』
「……は?」
蒼は思わず素っ頓狂な声を出した。 ポスターには、あの有名ストリーマーRinと、元プロゲーマーKaitoの宣材写真が躍っている。 どうやらクラスの誰かがダメ元でオファーを出したところ、地域振興の企画として奇跡的にOKが出たらしい。
(まずい。非常にまずい)
蒼の背中を冷たい汗が伝う。 採用されたゲームタイトルは、彼が『Aether_Ao』として活動している格闘ゲームそのものだ。 もし、蒼が本気を出してプレイすればどうなるか?
Aetherの特徴である「未来予知レベルの差し返し」や「無駄のない動き」。 それを、かつて一緒にチームを組んだRinやKaitoが見逃すはずがない。 声は出さないとしても、プレイスタイルでバレる可能性がある。
もしバレれば、「地味な高校生=人気配信者」という事実が学校中に広まり、平穏な日常は崩壊する。 かといって、無様に負ければ、応援してくれる紗月の期待を裏切ることになる。
勝たなければならない。 だが、「Aether_Ao」として勝ってはならない。
(……やるしかないのか。十秒を使った、茶番劇を)
蒼はポスターの前で、誰にも悟られないように覚悟を決めた。
◇
文化祭当日。 2年B組の教室は、熱気と暗幕で包まれていた。 教壇には巨大なスクリーンが設置され、オンラインで繋がったRinとKaitoの顔が映し出されている。
『いやー、高校の文化祭に呼んでもらえるなんて光栄だね! Kaito』 『ああ。若い才能が見られるのを楽しみにしてるよ』
プロの二人が喋るたびに、教室に詰めかけた生徒たちから歓声が上がる。 その喧騒の端で、蒼はコントローラーを握りしめていた。
一回戦の相手は、隣のクラスの男子生徒だ。 試合開始のカウントダウン。 蒼は深呼吸をして、心の中で唱えた。
(見たい)
視界が二重になる。十秒後の未来。 相手が開幕にジャンプ攻撃を仕掛けてくるのが見えた。
普段のAetherなら、最小限の動きで対空迎撃を決めるところだ。 だが、今の蒼は「素人」でなければならない。
彼はあえて、無駄なボタンを連打した。 キャラクターが意味不明なパンチを空振る。 その隙だらけの動きを見た相手が飛び込んでくる――その着地地点に、蒼は「たまたま」置いておいた大足払いをヒットさせた。
『おっと!? 今のは……適当押しが噛み合ったか?』
スピーカーからKaitoの困惑した解説が流れる。 そう、これでいい。 蒼はその後も、十秒先の未来を完璧に把握しながら、**「下手くそな動き」**を演じ続けた。
相手の必殺技が見えているのに、ガードせず、わざとジャンプして「偶然」かわす。 コンボを繋げられる場面で、あえて途中で落とし、相手が反撃しようとしたところに「まぐれ」の単発技を当てる。
傍から見れば、ド素人の泥仕合。 しかし、結果だけ見れば蒼が競り勝っている。
『すごい、なんか久我くん、動きが読めないっていうか……運がいい!』
最前列で見ていた紗月が、手を叩いて喜んでいる。 蒼は内心で冷や汗をかきながら、二回戦、準決勝と、「幸運な素人」の演技だけで勝ち進んでいった。
◇
そして決勝戦。 相手は3年の先輩。見るからにガチ勢で、マイコントローラーを持参している猛者だ。 キャラクターの操作も慣れている。
『さあ決勝戦! 3年の先輩対、ここまで謎の強運で勝ち上がってきた2年の久我選手!』
Rinが実況を盛り上げる。 試合開始。 先輩の猛攻が始まった。正確なコンボ、鋭い起き攻め。 蒼は防戦一方になる。演技をする余裕がない。普通にやれば負ける。
(……ここが正念場だ)
蒼は集中した。 残り時間二十秒。体力はドット単位の接戦。 先輩がトドメの超必殺技を放つ予備動作に入った。
(見たい)
十秒の未来。 画面端に追い詰められた蒼のキャラに、回避不能の乱舞技が迫る。 ガードしても削り殺される。ジャンプも間に合わない。
Aetherなら、発生前の1フレームの隙間に無敵技を割り込ませて切り返すだろう。 だが、そんな芸当をここで見せれば、Rinは気づくかもしれない。「今の反応、Aetherと同じだ」と。
蒼は選択した。
彼はコントローラーをガチャガチャと乱暴に操作し、キャラクターを棒立ちにさせた。
『えっ? 諦めた!?』 Rinが叫ぶ。
先輩の必殺技が炸裂する直前。
蒼は「わあ!」と声を上げ、パニックになったふりをして、コントローラーの十字キーを下に入れながら、強攻撃ボタンを適当に叩いた。
画面の中の蒼のキャラが、無様に足を払うような**「しゃがみ大キック」**を繰り出す。 格闘ゲームにおいて、しゃがみ攻撃は姿勢が極端に低くなるものが多い。
その仕様が、奇跡を生んだ。 先輩の必殺技の拳が、地面に張り付くように足を伸ばした蒼のキャラの頭上を、ミリ単位ですり抜けたのだ。 『はあああ!?』 会場中がどよめく。
必殺技がスカって、大きな隙を晒している先輩のキャラ。
そこへ、蒼が苦し紛れに出した大足払いが遅れてヒットし、先輩のキャラが足元をすくわれて転倒する。
K.O.。
一瞬の静寂の後、教室が爆発的な歓声に包まれた。
『うそでしょ!? 今の避けたの!?』 『……いや、あれはただの「暴れ」だな』
Rinの驚愕に対し、Kaitoが冷静に分析を加える。
『怖がってしゃがみボタンを連打していたら、たまたま姿勢が低くなって、相手の大技を潜り抜けてしまったんだ。……いわゆる「低姿勢避け」だが、狙ってやったわけじゃないだろう。すごい強運だね』
画面の中の二人は笑っていた。
「いやー、最後にあんなビギナーズラックが見られるとはね」「これぞ文化祭って感じ!」
蒼はコントローラーを置き、大きく息を吐いた。
勝った。 そして、バレていない。
プロの目をごまかす、最高に無様で、最高に計算された勝利だ。
◇
表彰式のあと、オンライン通話が切れる間際、Rinがふと言った。
『久我くん、君、面白いね。ゲームは下手だけど、なんか"持ってる"よ。またどこかで会えたら遊ぼうね!』
社交辞令だ。 彼女は気づいていない。今、自分が話した相手が、ネットで何度も連携を決めた相棒『Aether』だということに。 蒼は「ありがとうございます、まぐれです」と苦笑いで手を振った。
モニターの電源が落ち、祭りの余韻が残る教室。 片付けを始めた蒼の元へ、紗月が駆け寄ってきた。
「久我くん、優勝おめでとう! 最後すごかったね!」
彼女の瞳はキラキラと輝いている。 蒼の「下手な演技」も、彼女のフィルターを通せば「劇的な逆転劇」に映ったようだ。
「……心臓に悪いよ。もう二度とやりたくない」
蒼が本音を漏らすと、紗月はくすくすと笑った。
「ふふ、でもかっこよかったよ。私のヒーローだね」
その言葉に、蒼の疲れが一気に吹き飛んだ。 RinやKaitoに正体がバレるリスクを背負ってでも、この笑顔が見られたなら、コストに見合うリターンだと言える。
「……お祝いに、クレープでも奢ってよ」
蒼が冗談めかして言うと、紗月は「もちろん!」と彼の腕を引いた。 二人は賑わう校庭へと繰り出していく。
十秒の予知能力は、FXで稼ぐためにも、配信で魅せるためにも使える。 けれど、こうして大切な人の前で「ただの運がいい男」を演じるために使うのも、悪くない。
蒼はポケットの中で指を動かし、見えないコントローラーを操作する真似をした。 今日の演目は、大成功だ。
一旦ここまでにします。
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