第5話 十秒が繋ぐ輪
配信活動を開始してから数ヶ月。 **『Aether_Ao』**というハンドルネームは、特定の界隈で「謎の新人」として静かなバズ(流行)を生み始めていた。
卓越した読みと、不自然なほどの勝負強さ。 そして、それ以外の時間はごく普通の、少し理知的な青年というギャップ。 固定ファンが付き始め、チャット欄の流れも早くなってきたある週末の夜、その「事件」は起きた。
配信中のチャット欄に、金色のバッジがついたアカウントからのコメントが流れたのだ。
『Aetherさん、今度ウチとコラボどう? チーム戦やろうよ — @RinStrike』
コメント欄が一瞬で爆発した。 『RinStrike』。 インディーゲームの実況から人気に火がつき、今やチャンネル登録者数十万人を抱える女性ストリーマーだ。技術もさることながら、そのマシンガントークで場を支配するカリスマ性がある。
蒼はマイクを一瞬ミュートにし、小さく息を吐いた。
(……来たか)
想定よりも早い。だが、これはチャンスだ。 彼女の視聴者層を取り込めれば、チャンネルの収益化は加速する。 しかし、同時にリスクも跳ね上がる。
ソロプレイなら自分のペースで能力を使えるが、マルチプレイのチーム戦ではそうはいかない。他人の視点があり、連携があり、言い訳のきかないリアルタイムの責任が生じる。
蒼は脳内で天秤を揺らした。 リスク対効果。 結論が出るまでに、一秒もかからなかった。
ミュートを解除し、彼は普段通りの落ち着いた声で答える。
「Rinさん、コメントありがとうございます。光栄です。ぜひ、やりましょう」
◇
コラボ当日。 Discordの通話ルームには、三人のアイコンが並んでいた。 Rin、蒼、そしてもう一人。元プロゲーマーとして知られる**『KaitoPro』**だ。
今回の企画は、三人一組で戦うMOBA(多人数オンラインバトルアリーナ)のランクマッチ配信。 それぞれの視点に数千人の視聴者が張り付き、コメント欄は開始前からお祭り騒ぎになっている。
「今日のメンツ、火力高すぎでしょ!」
Rinの明るい声がヘッドホンから響く。
「いやいや、僕はまだ初心者枠なんで。お二人の足を引っ張らないように頑張りますよ」
蒼は謙遜しつつ、手元のメモに目を落とした。 『使用タイミングの厳選』『予言ではなく指示として伝える』『クールダウン中のトークデッキ』。 今日の作戦プランは完璧に書き出してある。
試合が始まる。 序盤はKaitoの圧倒的なハンドスキルと、Rinの賑やかな報告で順調に進んだ。蒼はサポート役に徹し、マップ全体の戦況把握に注力するふりをする。
だが、中盤に差し掛かった時、戦況が暗転した。
「やば、囲まれた! これ逃げられない!」
Rinの悲鳴に近い報告。 敵チーム五人が、視界外の森から奇襲を仕掛けてきたのだ。 味方の陣形は崩れ、撤退もままならない。全滅すれば、そのまま本拠地を割られて敗北する。
「下がろう、ダメージ交換じゃ勝てない!」
Kaitoが冷静に撤退指示を出す。だが、画面上の敵の動きを見る限り、追いつかれるのは時間の問題だ。 視聴者のコメントが絶望で埋め尽くされる。
(……ここだ)
蒼は、混沌とする戦場の中で、静かに思考のスイッチを入れた。
(見たい)
世界が二重になる。 十秒後の未来。 敵の前衛がスキルを放つタイミング、魔法使いがテレポートしてくる位置、そして――敵の陣形が一瞬だけ崩れ、一直線に並ぶ瞬間。 そこには、明確な「勝ち筋」が描かれていた。
逃げれば全滅する。だが、ここで踏みとどまり、特定のポイントにスキルを重ねれば、敵を壊滅させられる。
蒼はマイクに向かって、短く、しかし鋭い声で言った。
「――いや、反転しましょう。勝てます」
「えっ?」
Rinが戸惑う。 だが蒼は、未来の事実を「予測」として言葉に変えた。
「三秒後、敵のタンクが前に出過ぎる。そこにKaitoさんのスタンを合わせてください。Rinさんはその裏、座標Xにウルト(必殺技)を置いて」
その指示はあまりに具体的で、有無を言わせない説得力があった。
「……信じるよ、Aether!」
Kaitoが即座に反応した。 三秒後。 予知通り、敵の前衛が功を焦って突出した。 そこにKaitoのスタンが突き刺さり、敵が硬直する。 その背後に、Rinの広範囲魔法が直撃した。
「うそ、入った!? これ全部巻き込める!」
Rinが歓喜の声を上げる。 敵チームはパニックに陥り、総崩れとなった。 十秒後、そこには敵の死体が五つ転がっていた。
「……完璧なコールだ。鳥肌が立ったよ」
Kaitoが唸るように言った。 蒼は大きく息を吐き、演技のモードへと切り替える。 今は能力使用直後の「クールダウン」。何も見えない一分間だ。
「はは……マグレですよ。敵が焦ってるのが見えたんで、賭けに出ました」
謙遜しつつ、わざとらしく「あー、手汗すごい」と笑って雑談を振る。 緊張からの緩和。これを見せることで、あの神がかった指示が「極限状態の集中力が生んだ奇跡」として処理される。
◇
試合は圧勝だった。 配信終了後のボイスチャットは、興奮冷めやらぬ祝勝会の雰囲気に包まれていた。
「ねえAetherくん、君なんなの? あの判断、プロでも中々出ないよ?」
Rinが笑いながら問い詰めてくる。
「ただの勘ですよ。お二人が強かったから、強気にいけただけです」
「またまたー。……ま、いいや。とにかく最高だった!」
通話を切り、配信ソフトを落とすと、蒼の部屋に静寂が戻った。 ドッと疲れが押し寄せる。 ソロプレイとは違う、人間相手の駆け引き。秘密を守りながら他人を勝たせるという綱渡り。
だが、その疲れは不快なものではなかった。 ふと、SNSの通知が鳴る。 Rinからのダイレクトメッセージだった。
『今日はお疲れ様! 本当に助かったし、楽しかった。 もしよかったら、またコラボしない? あと、今度オフで打ち上げとかどうかな?』
蒼は画面を見つめ、少しだけ考え込んだ。 オフラインでの付き合い。それは「正体」に近づかれるリスクだ。
しかし、彼女とのコネクションは、今後ビジネスを展開する上で強力な武器になる。 何より、あの一体感。誰かと背中を預け合って勝利する感覚は、孤独にチャートを見つめる作業にはない「熱」があった。
(……踏み込むべきか、線を引くべきか)
蒼はキーボードを叩いた。
『お疲れ様でした。楽しかったです。 コラボはぜひ。打ち上げは……またタイミングが合えば』
完全に拒絶せず、かといって即座に飛びつかない。 適度な距離感を保ちながら、繋がりを維持する。これが今の彼が出した最適解だ。
蒼は椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。 十秒の能力が、金だけでなく、人の輪をも引き寄せ始めている。 その輪は、彼を助ける蜘蛛の糸になるのか、それとも自由を縛る鎖になるのか。
まだ答えは出ない。 ただ、画面の向こうにいる「仲間」たちの存在が、悪い気分ではないことだけは確かだった。




