第28話 得られた成果
「この辺りにいるはずだけど……」
「見失ったわね」
俺達は白い毛玉を追い、気付けば森の中に入っていた。
周りは意外と明るくて探すのに支障はなさそうだ。
「とりあえず探してみよう」
「そうね。折角のチャンスを逃す手はないわ」
俺達は手分けして周辺を探し始めた。
「ん?」
茂みの向こう側に何かの巣穴がある。
穴の前の草が倒れてるから、多分動物が出入りしてるんだろう。
「マァ、こっち」
俺は別の方向を探していたマァに近づくと囁く。
「何か見つけたのね」
マァも気付いて小声で返す。
「ああ。念のためスキルも使うよ」
俺は【気配遮断】を使った。
【気配遮断】クラス:Ⅲ
・通常スキル。スキル発動を願う事で発動者及び発動者が触れている者の気配を消す。発動には10SPが必要。一歩動く毎に1SPを追加で消費する。SPが無くなると強制的に解除される。任意で解除も可能。
俺のSPは100だ。
前にスキルの効果を試して以来使っていなかったスキル。
どこまで有用か分からないけど、少しでも俺達が見つからないようにするべきだ。
「じゃあ手を繋いで」
俺はそう言ってマァと手を繋ぐと歩き出す。
「足音が聞こえないわ」
マァは俺に手を引かれながら足元を見ている。
森の中を歩いているはずなのに俺達からは足音がしない。
「それに衣擦れの音も消えるのね」
「言われてみれば……」
マァに指摘されるまで気付かなかった。
歩く音だけじゃなくて服の音とかも消えてるのか。
「でも話し声は普通に聞こえてる、不思議だわ」
「確かに」
相手に伝えるために発する音はちゃんと聞こえるとか?
分からない事も増えたけど、これはこれで便利なので一旦置いておく。
「この茂みの向こうだ」
俺は茂みの端から顔だけを出すと巣穴を確認する。
マァも俺の後ろから覗き込んだ。
巣穴の状況はさっき見た時と変化はない。
「出てくるまで待ちましょう」
「ああ、早く出てきてくれるといいんだけど」
俺達はそこが白いネズミの巣穴である事を祈りつつ、出てくるまで待つのだった。
♢
「おっ出てきた」
しばらく待っていると入口から白いネズミが出てきた。
耳を立て周囲を確認している。かなり警戒しているようだ。
よく見ると両手で何かを抱えている。
「あれは……木の実?」
周囲の確認が終わると、それを齧ってみたり、地面に投げ落としたりし始めた。
頭を捻りつつ何度もそれを繰り返す。
「きっと中身を食べたいのよ」
マァは俺の横に来ると言った。
「そういう事か。確かに堅そうだもんなぁ」
何の実かは分からないけど、遠目でも茶色でゴツゴツしているのが分かる。
「でも丁度いいわ。途中で買ったあれが役に立ちそう」
マァはそう言うと腰の袋から例の物を取り出す。
袋から出てきたのはネズミにあげる用のナッツだった。これは東門を出る前に購入した物だ。日持ちもするし、もしネズミが見つからなくても自分達で食べる事も出来る。
念の為に手に入れた物だけど、まさかこんなに早く出番が来るとはな。
「どうやってあげるんだ?」
本ではお腹が空いていたネズミに分けてあげたと書かれていたみたいだけど。
「こうするのよ」
マァはニヤリと悪い笑みを浮かべると準備を始めた。
♦♦♦
ネズミは困っていた。
折角食料を見つけたというのに、殻が硬くて肝心の中身が取り出せないのだ。
「ちゅう」
肩を落とすと木の実から視線を上げる。
「ちゅ?」
視線の先には何かが落ちていた。
さっきまでなかった物に興味を引かれたネズミは近づいていく。
「ちゅっ!?」
そこに落ちていたのは一粒のナッツだった。
すぐに両手で抱えると香りを嗅ぐ。
芳醇なナッツの香りに我慢が利かず、ネズミはすぐに食べ始めた。
「ちゅうぅ」
口の中いっぱいに広がるナッツの香り、噛み締めるごとに感じる濃厚な旨味。
その素晴らしさに堪らず身をくねらせる。
「ちゅうぅ……ちゅ?」
ゆっくりナッツを味わっていると、少し先にナッツがもう一粒落ちていた。
「ちゅうっ!!」
ネズミはすぐに近づくと拾って頬に入れる。
また少し先にナッツが一粒あった。
「ちゅうっ、ちゅうっ」
そうしてネズミは一粒づつ拾い上げると頬に詰めていく。
「……ちゅ?」
そして気付けば、巣穴近くの茂みの反対側にまで出てしまった。
頬はナッツで既にパンパンになっている。
「ちゅう」
気付けば周りがいつの間にか暗くなっている。
ネズミは不思議に思い視線をゆっくりと上げていく。
そして見た。目の前に青い髪の少女が聳え立っているのを。
「……」
ネズミは最後に拾ったナッツをポトリと落とすと、見上げた状態のまま固まってしまった。
♦♦♦
近くで見るとネズミというよりハムスターでは?
俺はそんな思いを持ちつつ、そのハムスターっぽい何かの後ろに回り込んだ。
正面にはマァがいて逃げない様に見ている。
「別に食べようって訳じゃないのよ」
マァはそう言ってしゃがむと落ちたナッツを指で摘み、ネズミの目の前に差し出した。
「ちゅ……」
頬がパンパンになったハム……正面から見たらハムスターだけど後ろから見ると尻尾はネズミみたいで細長い。
そんなハムスターとネズミが混ざったような生き物はゆっくりとナッツを受け取るとマァを見た。
「このナッツは私達が用意したわ。あなたと仲良くなりたいのよ」
マァは語り掛けながら指先を差し出す。
その暫定ハムスターはマァの顔と指を交互に見ると、コテンと後ろに倒れてお腹を見せた。
「あら、大丈夫?」
そう言ってマァは指先をお腹に優しく触れさせると撫でた。
「ちゅう~」
気持ちよさそうに黒い目を細め、ずっと立っていた耳も寝てしまう。
「大丈夫そうね」
マァは安心させるようにしばらくそのまま撫で続けた。
♢
「おお! ありがとうございます!」
街に戻った俺達はその足で依頼人である商人の屋敷を訪れていた。
マァの手の上に乗った白いハムスターを見て彼は感動している。
「では引き渡して依頼は完了ね」
マァは少し悲し気に言う。
ここに戻ってくるまでに大分仲良くなったみたいだからな。
「滅相もない! 私は幸運のネズミを一目見れただけで満足なのです」
飼うのではなく本当に存在するのかを確認出来ればそれでよかったらしい。
そういえば今回の依頼内容はネズミを依頼人の元へ連れてくる事であって、引き渡しまでは書かれていなかった気がする。
「よかったな」
俺はマァに向かって言った。
マァは渡さずに済んで安心したのか表情が和らぐ。
俺はその顔に満足すると、ハムスターに視線を向けた。
「うおっ!」
その瞬間、マァの差し出した手の上からハムスターの姿が消えた。
そしてマァの肩の上に移動している。
「早いですな!」
彼はそう言って笑った。
「ふふ、そうね」
マァは自分の肩を見てつられて笑う。
俺はそれを横目にネズミの鑑定内容を思い出す。
年齢:8ヶ月
種族:運星鼠
SP:8/8
通常スキル:【幸運】【疾走】
装備スキル:
幸運のネズミである事を確認するため、森でマァがネズミと遊んでいる間に鑑定した。
名前がないのは野生だからだと思う。それと人と違って職業の欄もない。
ちなみにスキルの内容もちゃんと確認した。
【幸運】クラス:Ⅴ
・通常スキル。指定した対象者の運命が良い方向へ変わる。
【疾走】クラス:Ⅱ
・通常スキル。走るのが上手くなりやすい。
ちゃんと【幸運】を持っていた。しかもクラスⅤだ。
何気に通常スキルのクラスⅤは初めて見た。
説明はシンプルだけど運命なんていう不確かなものを変える凄いスキルだ。
【疾走】もクラスはⅡだけど走る事に補正がかかるスキルだ。俺の【短剣術】と似たようなものだろう。SPのいらないパッシブスキルってやつだな。
「本日は大変貴重な経験をさせてもらい感謝しております。今後何かあれば我がグロウス商会を頼って下され」
「ええ、その時はお願いするわ」
彼とマァは握手をした。
「あなたも何かあればいつでもどうぞ」
彼は次に俺に手を差し出した。
「はい、ありがとうございます」
俺はそう言って差し出された手を握った。
その手の皮は分厚く、これまで歩んできた歴史を感じる。
「お互いに幸運のあらん事を」
「ええ、幸運のあらん事を」
「はい、幸運のあらん事を」
玄関まで見送りに来た彼と俺達は最後にそう言うと別れた。
♢
その日から俺達の生活に新しく白いネズミが加わる事になった。普段は人に見つからないようマァのローブの中に隠れてもらっている。
マァによってハッズと名付けられたそのネズミはラジエルともすぐに仲良くなった。最初に顔を合わせた時はどうなるか不安だったけど、目の前で緊張して固まるハッズにラジエルが身体を摺り寄せる事で上手く落ち着かせていた。以降、ハッズがラジエルの前で固まる事はなくなったけど、代わりにせっせとラジエルの為に働くようになった。
「さ、ぼーっとしてないで依頼を探しに行くわよ!」
「ちゅ!」
マァとハッズの声が聞こえる。
「ああ、行こうか」
腰掛けていたベッドから立ち上がると、俺達は入口へと向かう。
俺達の行く先が明るい未来である事を願って、今日も依頼を頑張るとしよう――。




