第18話 ふみふみと朝食
「にゃ、にゃ」
ふとお腹に圧迫感を感じて目を覚ます。
視線を向けるとラジエルが布団越しに俺をふみふみしていた。
「ふあぁ、おはようラジエル」
ラジエルを落とさないように手で支えつつゆっくり上半身を起こす。
そのままラジエルを抱き上げると撫でた。
「んにゃ」
ふみふみを止めて大人しく腕の中で丸くなる。
「いま何時だ?」
部屋の中は寝る前と変わらない。
棚の上のランプだけが唯一の明かりだ。
「そうか、時計もないんだった」
一旦ラジエルをベッドの上に降ろすと、明かりを頼りに入り口とは反対の壁際に行く。
「すぅ……すぅ……」
マァのベッドの前を通ると寝息が微かに聞こえた。
起こさないように気を付けないと。
「よし」
壁には木の窓がある。
昨日は着いたのが夕方だったから閉めたままだ。
「明るくなってるかな」
ラジエルのあの様子。
多分朝だと思うし開けてみよう。
俺はマァから聞いていた通り、窓際に置いてある丸い金属板を鍵部分に近づける。
カチャリ
「開いたな」
そのままゆっくりと木の扉を押し開く。
「おお」
早朝特有のスッキリした空気が部屋に入ってきた。
外側に開ききると通りを見る。
「やっぱり朝だ」
遠くの空に昇り始めの太陽が見える。
つまりラジエルはふみふみで起こしてくれた訳だな。
俺は静かに窓を閉めるとベッドへ戻る。
「にゃん」
ベッドの上で大人しく待っていたラジエルの横に腰掛ける。
「起こしてくれてありがとな」
頭や背中の翼辺りを優しく撫でる。
すると膝の上に乗ってきた。
温かさがじんわりと伝わってくる。
「おはようございます」
ラジエルとの朝のスキンシップを続けていると、眼を擦りながらマァが起きた。
「おはよう」
「にゃん」
マァは鍵を操作すると天井の明かりが点く。
「ん~」
マァはしばらくベッドの端に腰掛けてぼーっとしていた。
「ん~……あら」
目がちゃんと覚めたのか、俺達の方を見ると頬を染める。
「見苦しい所を見せたわね」
髪を手で梳かしたり、服の皺を気にしたり。
マァは急いで身だしなみを整えていく。
「急がなくて大丈夫だよ」
マァの方をなるだけ見ないようにしながら膝上のラジエルを撫でる。
女の子だし、その辺りは気になるんだろう。
しばらくすると準備が整ったのか、俺の方に近づいてきた。
「おまたせ。まずは食堂に行きましょうか」
「分かった。ラジエルはどうする?」
俺はラジエルに訊いてみる。
スキルに戻す事も出来るけど。
「にゃん」
ラジエルは一鳴きすると机の上に飛んでいく。
どうやらお留守番の方を選んだようだ。
「じゃあ果物を出すから食べてくれ」
鞄から黄色の火龍果を取り出す。
「ん?」
皿に置こうとして机の上を見るが何もない。
白い火龍果の皮が消えていた……赤い皿ごと。
「異界じゃなくても消えるのが分かったのはいいけど」
皿がないのは困るな。
「にゃ」
ラジエルが鳴くと赤い皿が一瞬で現れた。
「おおっ」
皿は自由に出したり消したり出来るみたいだ。
「じゃあここに置いておくな」
皿の上に黄色の火龍果を置く。
ラジエルなら自分で切って食べられるし大丈夫なはず。
「じゃあ行ってくる」
「すぐ戻って参ります」
俺達は部屋にラジエルを残し、戸締まりをすると食堂に向かった。
「朝はどんな料理があるんだろうな」
「そうねぇ、軽めの料理が多いんじゃないかしら」
食堂に着くと既にいくつかのテーブルは埋まっていた。
俺達はなるだけ他の人から離れたテーブルを選ぶ。
「こっちが肉料理でこっちが魚料理ね」
マァがメニューを指さしながら教えてくれる。
「分かった。ありがとう」
昨日も話し合って、手は必要な時だけ繋ぐようにした。
さすがにずっとは申し訳ないし、正直照れる。
片手がずっと使えないのもお互い不便だし。
「それで何にするの?」
「そうだなぁ」
こうしてマァが伝えてくれるだけで十分な場面なら繋がない。
俺はそれでいいと思ったんだけど、昨日はここで若干揉めた。
マァが手を繋ぐことの重要性を主張したんだ。
俺にはよく理解出来ない説明を受けたが、最終的には折れてくれた。
マァと手を繋ぐのが嫌な訳じゃない。
でもそれを言うとずっと手を繋いでいそうで言わないでおいた。
「今日は魚にしようかな」
マァと会話は出来るんだからそれで十分だ。
「分かった。じゃあ私も同じ物にする」
注文が決まったことを察したのか、店員が俺達のテーブルに来た。
「———」
英語っぽい発音のような気もするが、何を言っているのか分からない。
大学受験対策で鍛えた英語力はまだしっかり残っている。それでも聞き取れないのは、話している言葉が英語に似た別の言語だからだろう。
マァに触れている間は【言語理解】の効果で宿の名前や国の名前はカタカナとして認識している。直訳じゃなくて同じような意味のカタカナ語に訳されてるんだと思うけど何でかは分からない。
「考えても無駄かな」
その辺りの事情を俺は解明するつもりはない。
マァ曰く、国によって言語も違うそうだしな。
【言語理解】についてはこの世界で研究している人もいるだろう。
そもそも固有スキルじゃなくて通常スキルなんだから、他にも持っている人はいそうだしな。
「ねぇ、大丈夫?」
視線を上げた先には、心配そうな顔をしたマァがいた。
思ったよりも時間が経っていたようだ。
店員もいつの間にかいなくなっていた。
「ああ、ごめん。考え事をしてて」
「体調が悪いならすぐに言いなさいよ?」
マァはほっとした様子で話を続ける。
目の前の相手を放置して考え事はよくないよな。
「体調は悪くないから大丈夫」
笑顔で返すと話を続けた。
「それより今日はまず装備を買いに行くんだよな」
食事が来るまでの間に今日の予定を確認する。
「ええ、そうね。それに着替えも必要だわ」
俺もマァも足りない物が多すぎるんだ。
食事と住む場所はどうにかなった。
あとは衣服や装備をちゃんとしないと。
「俺の分までいいの?」
「ええ、その代わりちゃんと私を守ってね」
「ありがとう、ちゃんと守るよ」
言われなくても守るつもりでいた。
適切な装備がないと斡旋所で受けられる案件も減るらしい。
俺はこの世界のお金を持っていない。
宿代と同じでマァに装備の面倒も見てもらう必要があった。
「うん、お願いね」
マァには世話になりっぱなしだ。
そのくらいは当然やるべきだと思う。
「―――」
会話が切れると同時に朝食が来た。
植物で編まれた籠には白パンが盛られている。
見た感じ昨日の夜と同じ種類のようだ。
皿には焼いた魚の切り身を中心に、付け合わせの野菜とソースが花を散らす様に配置されていた。
「綺麗だなぁ」
「そうね」
「じゃあ食べようか」
「ええ」
昨日の食事の時もそうだが、こちらでは食前に手を合わせるという習慣がない。
他国出身のマァも特に何もせず食べ始めているし、この国だけが特殊という訳でもなさそうだ。
変に目立つのは避けるべきだし、手を合わせるのは心の中だけにしよう。
そっと眼を閉じ心の中で手を合わせる。
そうして俺はマァより少し遅れて食べ始めるのだった。




