第16話 猫の教えと話し合い
「にゃあ」
食事が終わるとラジエルは俺の膝の上に乗り、眼を閉じて丸くなった。
撫でているラジエルからは爽やかな落ち着く香りがする。
「ラジエルはいい匂いがするなー」
俺はこっちに来てから川で水浴びをしただけだから、風呂が存在するならぜひ入りたい。
シャワーでもいいんだ。
でもそもそも存在してるのかは……後でマァに訊いてみるか。
「終わったわよ」
それから少ししてマァが衝立の向こうから出てきた。
使った後の桶や手拭いは入り口の外に置いておけばいいらしい。
後で回収されるそうだ。
「次は俺だな」
「はい、どうぞ」
マァは別の引き出しを開け、新しい手拭いと桶を取り出すと俺に渡してくれた。
水差しで桶に水を入れた俺は衝立の向こう側へ行く。
「よし」
服を脱ぐとあまり擦らないように優しく身体を拭いていく。
川で水浴びをしたのに足りなかったらしい。
土埃や汗で手拭いが徐々に汚れていく。
「んにゃ」
「はい、ラジエル様」
二人の声が聞こえてくる。
マァは【言語理解】のスキルを持っているから、ラジエルとも会話が出来る。
「羨ましいスキルだな」
明日は依頼を見に斡旋所へ行く予定だけど、それ以外はまだ決まっていない。
俺としてはラジエル用の料理を探したり、出来れば早めに武器や防具、服とかもどうにかしたい。
畳まれたジャージを見る。
家で見た時よりもボロくなってる。逃げる時に枝に引っかけたからか。
「この世界で生きるには新しい服が必要だ」
街に入る前にマァにも指摘されたように、黒ジャージは周りからは浮いて見える。
この世界には鑑定玉があるから、勝手に鑑定されるのもマズい。
目立たないように身につける物は全てこの世界の物にしておきたい。
「ふぅ」
考え事をしながら身体を拭いていたらいつの間にか拭き終わっていた。
今後の課題はたくさんあるけど、一つずつ解決していこう。
俺は桶や手拭いを片付けるとジャージを着る。
そしてそのまま衝立の裏から出た。
♢
「にゃん」
「はい、にゃんです」
視線の先には椅子に座り、両手の握りこぶしを顔の横に持ってきて小首を傾げるマァの姿があった。
これはあれだ、あざとい猫のポーズと言えばいいのか。
本人はとても真面目にやっているようだけど……。
「にゃんにゃ」
「こうでしょうか?」
ふんふんと頷きながらラジエルに教えを受けている。
ラジエルは鳴きながら様々な角度からポーズを確認している。
そして鳴く毎にマァの手の角度や顔の向きが微妙に変わっていく。
しばらくしてある程度納得したのか、ラジエルが大きめの声で鳴いた。
「にゃ!」
「ありがとうございました!」
そこで初めて俺の方を見るラジエル。
特に驚いた様子はない。
……これは俺が見ていたのに気付いていたな。
「何を見ていらっしゃるのですか?」
マァもその視線を追って俺を見る。
「あ」
「あ」
お互いに固まる。
マァの方は指導に集中していて気付いていなかったようだ。
「う、うん」
どうフォローすれば丸く収まるのか。
正直いい考えが思いつかない。
悩んでいる内にマァの顔が耳まで真っ赤に染まっていく。
「にゃん」
そんな俺達を見かねたのか、ラジエルが俺の方に飛んできた。
俺は両手に使い終わった桶と手拭いを持っているから受け止められない。
「ちょ、ちょっと待て!」
ラジエルを宙で一旦待たせると急いで出入り口へ行き、桶と手拭いを置いてくる。
「ごめん、待たせた」
「にゃ」
改めてラジエルを抱えるとマァのところへ行く。
「とりあえず俺も拭き終わったから置いてきた。明日の分の桶や手拭いはまたもらえるのかな」
出来れば毎日拭いておきたい。
「次からは受付でもらえるから大丈夫よ」
マァは顔を逸らしつつ教えてくれる。
まだ赤みは引かないようだ。
「よかった。あとそこにある扉なんだけど……」
部屋に入るときに見えた扉の方に手を向ける。
位置的に風呂かトイレだと思うんだけど確証がない。
「そこはトイレね」
うん、分かってた。
だけど多分使い方は分からないと思う。
したいときに訊くのはちょっと厳しいし、今の内に確認してしまおう。
「ごめん、こういう場所って利用したことがなくて、俺が知ってるトイレと同じか確認したいんだけど……」
「いいわよ、ここはね」
マァは嫌な顔一つ見せずに説明してくれる。
見聞きする限り日本のものとあまり変わりはなさそうだ。
「ありがとう。助かるよ」
一通り説明を受けると椅子に腰を下ろした。
「後はもう寝るだけなんだけど、その前に少し話しておきたいの」
マァはそう言って向かい側の椅子に座る。
顔の赤みはいつの間にか引いていた。
「ああ、食事の前に言ってたな。受ける依頼の方向性とかだっけ?」
「そうよ、あとスキルや出来る事とかの確認もね」
そういえば斡旋所のスキル欄には【気配遮断】と【短剣術】だけ書いたんだった。
森での自己紹介では猫を召還するスキルとしか伝えてなかったし、お互いの出来ることを一度整理したいんだろう。
「斡旋所で書いたスキル。あれって名前からの予想だけど戦闘に役立つスキルだと思うの」
俺には隠したいスキルはあるけど、通常スキルに関しては伝えても問題ない。
それにマァのスキルだってちゃんと教えてもらってるしな。
「マァの言う通り、俺のスキルは戦闘向きだよ」
【気配遮断】と【短剣術】の効果についてざっくりと教える。
ただ実際に戦いで使用したことがない事も併せて伝えた。
「そうなのね。優秀なスキルみたいだし、これからはもっと活用すべきだわ」
それは俺も思った。
結局上手く活用出来てないし、今後は積極的に使用していくべきだと思う。
あまり危ないのは受けられないけど。
「その辺りは斡旋所の依頼を見てからかな」
どんな依頼が実際にあるのかもまだ知らないし。
「そうね、危険性の低いものから何か選んでみましょうか」
「それは助かる」
「後は……」
「明日は……」
「にゃ」
その後しばらくは俺達の声が途切れることはなかった。




