第15話 宿での食事と謎の皿
思えば俺はこの世界に来て果物と水しか口にしていない。
そして森を歩いたり走ったりして身体も疲れている。
結果、こうなるのは当然な訳で。
「美味い!」
周りに迷惑にならないように小声で叫ぶ。
ここは俺達が泊まる宿屋レリジョンの食堂。
白いクロスが掛けられた丸テーブルが並んでいる。
「確かに美味しいわね」
マァも料理のクオリティに満足しているのか、食べる手が止まらないようだ。
「パンも肉も野菜も美味い」
籠に盛られた白くて柔らかいパン、木製の平皿に盛られた分厚いステーキと付け合わせの煮物と葉野菜。
肉の濃いめな味と付け合わせの優しい味付けがちょうどいい。
「ラジエルにも食べさせたかったな……」
ラジエルの顔が脳裏を過る。
出来れば部屋に持って帰りたいけど無理だろう。
入れる容器もないし、そもそも周りの目もある。
「今回は仕方ないわ。周りに見られる訳にもいかないし」
「そうだよな」
例えば外で何か買ってきて、宿で食べてもらうのはどうだろう。
目の前の料理を見つつ、同じクオリティの料理がいくらするのかを考える。
「というかその前に稼がないと」
俺そもそもお金持ってなかったわ。
宿代だってマァに出してもらってるし、その上ラジエルのご飯代まではさすがにな。
「お金の事は気にしなくていいのよ?」
「そういうわけにはいかない。自分の力で稼がないと頼り切って駄目になりそう」
それはよくない。
「じゃあ無理しない程度でお願いね」
マァはそう言うと食事を続ける。
俺も止まっていた手を動かす。
「ちなみに全然関係ないんだけど」
「ん?」
気になったことを訊いてみる事にした。
「この付け合わせって外の畑の?」
「そうよ、コドラーワートね」
街の外にあった畑で育てられていた作物。
この辺りでは有名な野菜だと言っていた気がする。
「へぇ、やっぱりそうなんだ」
地上部分は細長い緑色の葉っぱが茂っていただけだった。
根の部分を食べると言っていたから、これがその根か。
見た目は濃い紫色の小さいジャガイモ。楕円形で親指くらいのがいくつか盛られている。
味はニンジンを甘く煮たやつに近い。
「少し甘めに煮てるわね。本来の味はもっと素朴らしいのよ」
だから色々な料理に使われているのとマァは言う。
「じゃあまた食べられそうだな」
俺は結構好きな味だ。
今度はその素朴な味がどんなものか確かめてみたい。
「ええ、どういう味か楽しみね」
そういえばマァは隣の国から来たんだった。
実はこの国の料理は初めてだったりするのかもな。
♢
食事終わりに紙と緑色の実をもらった俺達は部屋へ戻った。
マァに訊いてみるとどうやら歯磨きの代わりらしく、実を噛むと口の中の余分な物を溶かしてくれるんだそうだ。
噛み終わったそれを紙に包むと部屋のゴミ箱に捨てた。
「そろそろ呼ばないとな」
ラジエルが寂しがってるかもしれない。
「隣の声も聞こえないし鳴き声は出しても大丈夫っと」
宿にはラジエルについて伝える気はない。
そもそもラジエルはスキルから生まれた存在だ。
抜け毛やトイレの心配もいらないし迷惑は掛からないだろう。
「見られるのは避けないといけないからな」
マァ曰く見た事のない生き物らしいし。
変な注目はされたくない。
「メグル、私は身体を拭かせてもらうわ」
俺が考え事をしていると、マァが声を掛けてきた。
部屋の隅に衝立があって、そこで身体を清めるらしい。
「分かった」
マァはベッド横の引き出しから手拭いや小さな桶を取り出すと準備を始める。
水差しの水を桶に入れて、そこに手拭いを浸すみたいだ。
「覗かないでね」
マァは冗談めかして言うと衝立の向こうに消えた。
衣擦れの音を聞かないようになるだけ離れると、ラジエルを呼び出す。
「ラジエル貸出!」
掌をテーブルの上に向ける。
するとそこに光の粒が徐々に集まっていき、翼の生えた猫の形になる。
「にゃん」
そして光が収まると、ラジエルがちょこんと座った状態でテーブルの上に呼び出された。
顔をくしくしすると俺を見上げてくる。
「遅くなってごめんな」
ラジエルを抱えると椅子に座る。
なるだけ衝立の方を見ないようにだ。
ラジエルは首を伸ばして部屋の中を確認したい様子だ。
耳もぴるぴる動いている。
「あっ」
ラジエルは俺の肩の上に登ると衝立の方を向いた。
「そっちは見ないように」
優しくラジエルを手元に降ろすと撫ではじめる。
「にゃ」
ラジエルは理解したのか大人しくなり、次第に耳も横に寝ていった。
「あれから色々あったんだ」
街に入ってからの事を語って聞かせる。
食事の件になるとピンッと耳を立ててこちらを見た。
赤い瞳も気持ち見開いていて、背後には宇宙が漏れ始めた。
「やっぱり食べたかったよな」
俺はその綺麗な白い短毛をたくさん撫でながら、食堂は無理でもいつか外の料理は食べさせる事を伝えてどうにか宥める。
「今日の夜ご飯はどうする? 果物食べるか?」
「にゃん」
どうやら食べるらしい。
鞄の中を探り、白い火龍果を取り出す。
今日の夜用に残していた分だ。
「そういえば皿がないな……」
切ると当然果汁が出る。
借りた部屋が汚れるのは避けたい。
「んにゃ」
ラジエルが鳴くと、いきなり机の上に大きめの赤い皿が現れる。
縁の部分には竜が何頭も彫られていてとても豪華だ。
全体が透き通っているけど多分ガラスじゃない。
一番近いのは宝石かもしれない。宝石を散りばめた皿じゃなくて宝石で作った皿、みたいな。
「これは?」
「にゃ」
ラジエルは俺の膝から机に上がると皿をテシテシ叩いた。
ここに置けという事らしい。
「あ、あぁ」
とりあえずラジエルの言う通りに火龍果を皿の上に置く。
「にゃ」
そして鳴き声と共にその実は真っ二つに割れた。
白い実と赤い皿の組み合わせは、ラジエルの白い毛と赤い瞳と同じだ。
「にゃん」
「ああ、召し上がれ」
皿の正体や今まで出さなかった理由とか。
色々聞きたい事はあるけど、今はただ食事を見守ろう。
美味しそうに食べるラジエルを見てそう思った。
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