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09 シンデレラ、怒る

 イエローカードが来てから何日か、私は家を出られなかった。


 両親からしばらくじっとしていた方がいいと言われたからでもあり、気が滅入って部屋に閉じこもっていたからでもある。


 お父様が《物語進行委員会》に、何故イエローカードが切られたのか問い合わせてくれたが、「日頃の態度が……」とか「周りへの悪影響が……」といった曖昧な返事しか返ってこなかったそうだ。


 お母さんから「何かあったの?」と聞かれても、物語の進行を邪魔した記憶はないし、この町の住人とトラブルになった覚えもない。


 唯一思い当たる節があるとすれば、先日の《混沌の森》から帰る時すれ違いざまに嫌味を言ってきた男達くらいだ。


 でもあれだってこちらから何か言ったりしたりしたわけではなく、向こうが勝手につっかかってきただけのこと。


 とはいえ、一応両親にはその時のことを話しておいた。


 私の話が終わると、思い当たることがあるのか両親はそっと目くばせをした。


 私に見つからないようにしていたみたいだったが、神経質になっていたせいか、しっかり気付いてしまった。


「やっぱり、何か関係があるの? お父様達も何か言われたりしたの?」


「なんでもないよ、大丈夫」


「うそ」


 お父様はいつも私に優しくて不安にさせないようにしてくれているけど、今回ばかりはちゃんと何があったか教えて欲しい。


 私だっていつまでも両親に守られているだけではいけないのだ。


 もうすぐ、そう、もう少ししてシンデレラが王子様と結婚したら、私も独立して生きていくつもりなのだから。


(といっても私のその考えはまだ両親に話してはいないのだけど)


「お父様やお母さんがいつも私を心配してくれてるの、よくわかってる。感謝してるわ。でも、私ももうすぐ十八歳。自分のことくらい自分で何とか出来るようにならなきゃいけない年齢だわ」


 私の言葉を聞くと、お父様は「ジャボットももうそんな年になったんだねえ…」と感慨深げにつぶやき、涙を拭うような仕草をした。


 言葉に詰まったお父様の代わりに、お母さんが話し始める。


「あなたの言葉は嬉しいわ。大人になったのね、ジャボット。ただこの件はあなただけの問題ではなくて、この家が、シンデレラというヒロインがいて、同時に彼女をいじめる悪役もいる家という設定だから起こっていることなの。あなた一人が背負うべきじゃないのよ」


「じゃあ、私が背負うべき問題かも知れないわね!」


 振り返ると、さっきまでキッチンで「カリブ料理ってどんなのだっけ?」と言いながら大振りの海老と格闘していたシンデレラが、真っ二つに割られた海老のグリルを山のように乗せた皿を持って立っている。


 海老からはガーリックとチリパウダーと(おぼ)しき香りが漂い、とても美味しそうだったが、残念ながら誰もその海老を食べる気分ではなかった。


 両親と私の三人はリビングのソファーに座りもせず話をしていたのだが、シンデレラはその真ん中に悠々と入り海老の皿をテーブルにダン! と置いた。


「シンデレラ、貴族令嬢の置き方ではないよ?」


 お父様が苦笑しながらたしなめると、シンデレラも

「今はご令嬢の気分じゃないの」

 と返す。


 シンデレラはよい子タイムには家事をする。


 家中の掃除や洗濯、料理などの仕事をお母さんや私から言いつけられてこき使われている設定だからだが、本人も元々そういった事が嫌いではないらしく、特に料理は気分のままに色々なレシピを教わってきては披露する。


 シンデレラときたら見た目こそ「お菓子作りが趣味なの(はーと)」というイメージだが、その時の興味の向くまま、世界各国の冒険物語に憧れてはその地域の料理を作るので、我が家のテーブルには毎日大胆且つワイルドな料理が並べられる。


 先日のBLTサンドやバッファローチキンもアメリカのカウボーイに憧れて作ったものだが、今はカリブの海賊に興味が移り、カリビアン料理を研究中だ。


 一年くらい前は中央アジアの騎馬民族に憧れる余り、自分で羊をつぶそうとして、お母さんから泣いて止められていたっけ。


「お願い! 読者の子供たちにシンデレラが血まみれになって動物を殺す姿を見せないで!」って。


 仕方なく羊を肉屋で調達した後で、シンデレラは私に言った。


「確かに童話のヒロインが食肉の為に動物をシメる場面を見せるのは、行き過ぎだったかも知れないわ」


「行き過ぎというか、前代未聞だと思う」


「でもね、いつも食べている食事の中の肉や魚だって結局は誰かが命を奪っているわけでしょ。そういう、食物連鎖だっけ?そうやって誰もがお腹を満たしているっていう事実は子供達だっていつかは知らなきゃいけないと思うの」


「それは『童話シンデレラ』の役目ではないんじゃないかしら……」


 ちなみにシンデレラにつぶされそうになって生き延びた羊は、羊毛を採取するべく我が家の庭で飼われている。


 シンデレラ(いわ)く、上手く羊毛を刈ることが出来たら、『いばら姫』に出てくる、姫が百年眠るきっかけになった糸車にかけるツム用に売りに行くのだそうだ。


「あなた、それまでこの家にいないでしょうに」と内心思ったが口にはしなかった。


 家事を取り仕切っているシンデレラは、我が家の経済状況を私よりもずっとちゃんと把握している。


 あまり裕福とは言えない男爵家にありながら、贅沢をしている私(そういう役柄だからしていることではあるのだが)は何も言えなかった。


 とりあえず、そういうわけで普段から家事をしているためかシンデレラは女子力が高い。


 でもそれだけでは収まらず、何というか生命力が強い。生活力が高い。人生を楽しもうという意欲が強い。


 私にはそんな妹が眩しくてたまらない。

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