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07 悪役同盟

 「よう、ジャボット。今日も来たな」


 声を掛けてきたのは狼だ。


 狼と言っても、エッチな目的で女の子を狙う男を比喩的に表している、とかそういうことではなく、正真正銘本物の狼だ。

 とはいえ童話の登場人物(狼物? )なので二本足で歩き服も着ている。


 彼はグリム地方・赤ずきん町の狼、つまり赤ずきんちゃんやそのお婆さんを食べてしまうあの狼で、私とは言わば悪役仲間みたいなものと言える。


「ええ、今日の出番はもう終わりなの。あなたは相変わらず暇そうね」


「お言葉だな。暇はそっちも同じだろう?」


「ふふ、まあね。おかげでこうしてここに来られるし。それより、はい、お土産」


 切り株ベンチに座りながら、持ってきたバスケットを置く。


「待ってました! 今日は何だい?」


「サンドイッチ。BLTベーコン・レタス・トマトよ。それからバッファローチキン」


「旨そうだけど、ペロー地方なのにやけにアメリカンなメニューだな」


「シンデレラがね、『今はアメリカンな気分なの!』って。投げ縄しながら作ってたわ」


「お前の妹、おもしれーな」


「この間なんか、カウボーイになりたいって言って暴れ馬に乗ろうとして、両親に止められてたわ。シンデレラなのに顔に傷をつけたらどうするの、って」


「はっはははは!」


 狼が愉快そうに笑ったところで、彼にそっくりな狼がやってきた。


「よう、ペローの。どうした、しけた顔して」


 ペローの、と呼ばれたのはペロー地方の赤ずきん町に住んでいる狼だ。


「はあぁぁぁ、もう俺はやだよ」


 盛大な溜息をつきながらも、ベンチに腰かけると同時に、スッとチキンをつまんでいく。


「何言ってるんだ。お前なんかラストで赤ずきんペロリで終わるんだからいいじゃねえか。俺なんか猟師に腹を()かれるんだぜ」


「良くねえよ。俺はさ、もぐもぐ、こういったさ、はむはむ、調理した肉が好きなんだよ。ごっくん。生きた女の子や婆さんなんか食いたくねえっての」


「ペロー狼さん、サンドイッチもどうぞ」


「すまねえな。ぱくぱく。こりゃうめえ」


「だからさ、ペローの。お前さんは贅沢なんだよ。どっちにしろ本当に喰うわけじゃねえだろ?」


「何言ってんだよ。お前はペロー版の赤ずきんのヤバさを知らねえだろ。俺んとこの赤ずきん、婆さんに化けた俺が『ベッドにお入り』って言ったら、服を全部脱いで裸で入ってくることになってるんだぜ!」


「「ぶふっ!!!」」


 グリムの狼と私は盛大にお茶や食べていたものを噴き出した。


「やだ、失礼(拭き拭き)」


「しかし、ペローの。それはむしろ役得って言うんじゃないのか?」


 グリム狼の無責任な言い草に、ペロー狼は更に興奮する。


「だーかーら! 俺はロリータじゃねえの! 二十歳過ぎくらいの色気がある女が好みなの! 食事は火を通した肉が好きなの! それなのに、俺んとこの町の住民、俺の事何て呼んでるか知ってるか? 『スケベ狼』とか『エロ狼』って陰口叩いているんだぜ」


「スケベはオスの勲章だぞ。何なら自分から『エロウルフ』って名乗ってみちゃどうだい?」


「あら、ベオウルフみたいで素敵じゃない」


 後ろから声を掛けてきたのは、白雪姫のママハハこと鏡の魔女さんだ。


「わあ、久しぶりですね。元気でしたか?」


「もちろん、元気だったわよ。……見て!」


 スカートの裾をスッと持ち上げて、隠れていた靴を私達に見せる。鏡の魔女さんはいつでも前向きで背筋がピンとしていて、かっこいい女性だ。


 と、それまで余裕ありげにペロー狼をからかっていたグリム狼が、慌てて自分の目を押さえた。


「ちょっと、姉御! こんなとこでおみ足を見せるなんて、何やってんスか!」


「足じゃないわよ。靴! 靴を見てよ。やっと特注のラストシーン用の靴が出来てきたのよ」


 トン!と皆の中心に靴がくるように切り株に足を乗せた。


 燃えるような真紅の靴は、キラキラと磨かれた赤い宝石がちりばめられている。履き口の周りと(かかと)、ヒールにかけては赤く染められた鳥の羽根がつけられ、風にあおられる度にヒラヒラと炎のように揺らめいた。


「きれい……」


「でしょう? 何度も作り直させて、やっと納得いくものが出来たんだよ」


「はあーあ。鏡の(あね)さん、この靴にはずっとこだわってましたもんねえ」


「おいコラ! ペローの! いつまで姉御の足をジロジロ見やがってんだ。少しは遠慮しろ!!」


「えー、いやでも、足を見せてるのは(あね)さんの方だし……」


「だからって、おめえなんかが見ていいものじゃねえんだよ! 目がつぶれるぞ」


 二匹、いや二人の会話を聞いていた魔女さんがクスリと笑う。


「ちょいと、グリム狼さん。なんだか私の足が汚いものみたいじゃないかい?」


「いやっ! (ちが)っ! 反対っすよ、反対!! 姉御のおみ足は、こいつなんかがジロジロ見ていていいものじゃないんス! こいつぁ元々ものの価値ってもんがわからねえ奴で。姉御のおみ足を拝むにはまず体を清めて、邪念を払い、賽銭を用意してからでなきゃ、見ちゃいけないんス!」


「大袈裟だねえ。私は神様じゃない。ただの一人の女だよ」


「ひ、一人の……おん、な……」


 グリム狼は、その(こわ)い毛の下に隠された皮膚が上気しているのがわかるくらい、顔が真っ赤になっている。


 本人は隠しているつもりなのかも知れないが、鏡の魔女さんに憧れてるのは、以前からバレバレだった。


 魔女さんは確かに同性の私から見ても、本当に綺麗でかっこよくて、憧れる気持ちは理解出来るが、狼の彼と、悪役とは言え王妃の魔女さんとでは、余りに釣り合いがとれなさ過ぎて可哀想になってくる。


 ……まあ他人のことは言えないか。


 私がシンデレラの伴侶となる王子様に片思いしていることを皆に知られたら、こんな風に憐れまれるんだろうな。


「それじゃあね、この本番用の靴でラストシーンの一世一代のダンスを披露するために、また練習しなきゃ。靴が変わると感覚も変わるのよ。可愛い白雪の物語をビシッと締めるためにも、失敗は許されないからね」


「頑張ってね、鏡の魔女さん」


「ありがと。チキンとサンドイッチ、美味しかったってあんたの妹にお礼を言っておいて」


「わかったわ」


 鏡の魔女さんはエレガントに手をひらりと振って、去っていった。


 美しい赤い靴をカッ! カッ! カッ! と鳴らして歩く後ろ姿を、未練がましい目でグリム狼が見つめている。


 ちなみに魔女さんの言う “一世一代のラストシーン” とは、白雪姫を殺しそこなった魔女さんが、真っ赤に焼けた靴を履いて、熱さのあまり死ぬまで踊り続ける、というものである。


 人間とは恐ろしい。よくもこんな残酷なシーンを考えつくものだ。


 とはいえ、もちろんここでは魔女さんが本当に焼けた靴を履くわけではない。


 焼けているかのように見える靴(さっき魔女さんが見せてくれた美しい赤い靴がそれだ)を履いて、得意のタップダンスを踊るのだ。


 このシーンは白雪姫と隣国の王子の披露宴の一場面で、物語としては悪い魔女が、白雪姫を殺そうとした悪事の報いを受けて苦しむわけだが、実際には魔女さんが得意のダンスで、結ばれる若い二人を祝福するという裏の意味が秘められている。


 鏡の魔女さんもうちのお母さん同様、白雪姫とは実はとても仲がいい。


 王様をはじめお城の皆さんも、七人の小人や隣国の王子も皆それを知っているので、よい子タイムが終わると皆さん和気あいあいなのだそうだ。


 特に白雪姫は実の母のように魔女さんを慕っていて、結婚式の後魔女さんがお城を去るのをとても寂しがっているとか。


 私も鏡の魔女さんがここからいなくなってしまうのは、寂しいと思っている一人だ。


 以前、魔女さんと交わした会話を思い出す……。

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