06 いじわるな義姉、それが私
あれから五年。
私は相変わらず心に闇を抱えながら、今日もシンデレラをいじめる。
『ほら、いつまで掃除しているの?本当に愚図ね。全くよね』
『許して下さい、お姉様。どうしても階段のここの汚れが気になってしまって……』
『なによ、先週私が夕食の時にこぼした……シチューの痕じゃない。……わ、私のせいだと言いたいのね。言いがかりだわ!』
『そんなつもりじゃ……』
相変わらずひどいシナリオだ。
夕食の途中にシチューをこぼして床を汚すのならまだしも、その場所が階段ってどういう状況なの?
私は階段を昇り降りしながら食事をしたということかしら?
意味がわからないセリフは、なかなか頭に入ってこないので間違えやすい。それでなくても二人分を言わなければいけないので、人格破綻気味だ。
『そんなに掃除が好きなら、もっと出来るように協力するわ!』
とりあえずシナリオ通りシンデレラが持っていたバケツを取り上げ、床に水をぶちまけてこの場を切り上げる。
『ああっ! お姉様ひどい!』
『ああら。あなたの掃除のお手伝いをしてあげたのよ。いい気味だわ。あなたって親切ね。あら当然よ、おっほほほほ…』
我ながら高笑いだけは、この五年で堂に入ってきた。
シンデレラもシンデレラで、わざと私がぶちまけた水びたしの床の上で、スカートを濡らしながらよよと泣き崩れてみせる。
シンデレラにはこの後、泣きながら床の水を拭く作業が残っているが、私の今日の出番は終わり。
いつものように《混沌の森》へ行く。
シンデレラをいじめておきながら、シンデレラが作っておいてくれたお弁当を持って。
* * *
《混沌の森》などという名前はいかにもものものしい感じがするが、要するに童話の国の色々な地方や町のキャラが自由に出入り出来るコミュニティー広場のようなものだ。
どの地方にも町はずれには森への入り口があり、その中心にぽっかりと木々の生えていない広々とした空地がある。
ここは昼間でもよい子の目が届かない場所なので、その日の出番を終えた登場人物達が出入りしては、休憩したりおしゃべりしたり、好きなように過ごすことが出来るのだ。
歩きながら、さっきのシーンを思い返していた。
バケツを取り上げられまいとしたシンデレラの手を払った時、少し力が入ってしまった気がする。
シンデレラは何でもないような顔をしていたけど、赤くなっていたりしないかな。
腫れたり痣になったりするほどではないとは思うけど、あそこまで強く払う必要はなかったかも知れない。
……役柄にかこつけて、何をやってるんだろう。
それでも、今回はまだいい方だ。
先月なんかは私の爪がシンデレラの手の甲に当たってしまった。
ちゃんと確かめなかったが(確かめる勇気がなかった)、もしかしたら傷を作ってしまったかも知れない。あの時は申し訳ないと思う一方で、心の中に恐ろしい言葉がほのかに浮かび上ったのだ。
(王子様と結ばれる幸運を掴んでいるのだから、そのくらいの傷、我慢すればいい)
私は慌ててその思いを封じ込めた。今の言葉をなかったことにしようとした。
でも出来ない。
一度聞こえてしまった心の声は、無視したくても出来ない。
いやな私。いやな私。いやな私。
(やっぱり悪役を任されるだけあって、心の醜い娘だ)
今度はまるで誰か他の人から悪口を投げつけられたような声が聞こえた。
違う、私はそんな悪い人間じゃない!
そう反論したいが、それも出来ない。なぜならこれは昨日今日始まったことではないからだ。
この五年というもの、台本通りシンデレラをいじめては落ち込む、ということを繰り返していた。
実際にしていることは五年前までと同じなのだが、私の中では大きく変わってしまっている。
以前だったら形だけいじめても、心の中ではシンデレラのことを大切に思っていた。
毎日よい子タイムが終われば家族の団欒が始まる。
そこでは姉妹仲良く、はしゃいだりお喋りしたりして過ごした。
他の家族や使用人達と同じようにシンデレラを可愛がった。
でも今は違う。
五年前王子様に恋をしてから、私は変わった。
台本通りにしているつもりでも、そこにシンデレラへの妬みや嫉妬が入り込む。
するとなんだか彼女をいじめるシーンで、叩いたり引っ掻いたりつねったり、そういう時に力が入ってしまうのを感じた。
「やりすぎた」と反省し、しばらくはちゃんと手加減するのだけど、いつの間にか嫉妬心がムラムラと湧きあがり、いじめる時に力が入ってしまう。
そんなことの繰り返しだ。
シンデレラや家族は、そんな私の思いに気付かず、シンデレラと私がずっと仲良し姉妹のままだと信じ込んでいる。
その事も私の心を苛んだ。
密かに妹を妬んで、役柄にかこつけていじめているのに、家族からはいい娘だと思われたままでいる。
ただいじめるだけより、更に質が悪い。なんてズルい人間なんだろう。
自分の醜さに溜息をついた。




