王子様のないしょ話7 王子様、妻を怒らせる
とりあえず、元シンデレラが落ち着いたところで、王家の内情を説明した。
「僕らペロー地方シンデレラ町の王家は、領地がそれほど広くない」
いつのまにか、フック船長まで、そばに来て話を聞いている。
「普段はそれほど出費があるわけではないので、それでもどうにかなっているんだ」
「それで、どうしてお金がなくなっちゃったんですか?」
「それはお前、この間の舞踏会やら、結婚式やらで使ったんだろう」
さすがにフック船長は、社会人経験が長いので、よくわかっている。
「あれで、なくなっちゃったんですかあ?」
元シンデレラが素っ頓狂な声をあげ、妻が窘めた。
「だって、すごかったじゃない。あちこち明かりを灯して、広間なんて昼間みたいに明るくて。あれだけ取っても、大変な出費よ」
「ひろまとひるま、か。上手いこというな」
「船長、おやじギャグ、寒い」
「……うっ」
元シンデレラの容赦ない突込みに、フック船長が小さくなった。
さっきから小さくなりっぱなしの僕は、話を続ける。
「『シンデレラ』のお話は、舞踏会がキモだ。この場面で金に糸目をつけ、せせこましいものにしてしまっては、本を読んでいるよい子をガッカリさせてしまう」
「それも、そうね」
「そして、シンデレラを見つけたあとの結婚式。これもバーッと派手にしないと、シンデレラが手に入れた幸せがみすぼらしく見えてしまう」
「それも、そうだわね」
だんだん、元シンデレラも理由に納得してくれたようだ。
「だから、その二大イベントを終えた今、我が家は、お金を使い果たしてしまったところなんだ」
「いや、だからって、お姉さまに贅沢させてあげられないなんて、ひどいでしょ! それくらいは、残しておきなさいよ!」
「もう、いい加減にしなさい! シンデレラ!」
それまで大人しかった妻が、大声を出した。
「お金がないと、幸せになれないの? 贅沢出来ないってだけで、普通に生活するくらいは大丈夫なんだから、いいじゃない。これ以上王子様を責めないで!」
「お姉様……」
「だいたい、我が家だってずっと貧乏だったじゃない。贅沢じゃない生活なんて、わけないわ」
「え? 誰が貧乏ですって?」
「え?」
話が食い違う姉と妹は、互いに顔を見合わせた。
「お姉様、勘違いしてるわ。うち、別に貧乏じゃないわよ」
「………え?」
シンデレラが、姉妹の実家である男爵家の実情を説明した。
「そうね、確かにうちも領地は小さいし、それほど収入が多いわけじゃないわ」
物語に忠実に、元シンデレラが家事全般を請け負っていたため、男爵家の財務関係も全て把握していたのは元シンデレラ一人だったそうだ。
「将来のことを見据えたら、私が家を出て行ったあとのことを考えて、貯金しなくちゃって思ったのよ」
元シンデレラは、最初は僕の妻として王子妃になり、男爵家を出ていくことが決まっていた。
次第に僕と結婚したくないという気持ちが大きくなり、こうして海賊になる道を選んだわけだが、僕と結婚するにしろ違う道を選ぶにしろ、どのみち家を出ることには変わりない。
「お姉様に、王子様と結婚して欲しいとは思っていたけど、まあそうなったらお父様とお母様の二人、そうでなければお姉様を含めて三人が、不自由なく暮らせるだけの貯えが必要だと思ったわけ」
それで、料理や掃除、洗濯にいたるまで、ムダを極力排しあらゆる節約術を駆使したのだという。
「ごめんなさい、あなた一人にそんなことをさせてしまって」
「いいのよう! お母様もお姉様も、宝石やドレスを買い漁って、贅沢三昧している演技をしながら、その場面が終わったあと、ドレスや宝石をお店に戻したり、それが出来ないときは他に売ったりしてたでしょう? あれ、結構大きかったわー。助かったのはこっちの方よ」
「だって、ほら、羊の毛を『いばら姫』のとこに売りに行く話をしてたでしょう? あれを聞いて、うちってそんなに貧乏なんだ、って思ってたから」
「もう、あの頃には節約がクセになってたから、つい、ね」
仲良し姉妹の和気あいあいとした雰囲気が戻ってきた。
それに気をよくしたのか、フック船長が口をはさむ。
「ふむ、貧乏に慣れて、辛抱づよくなったのか」
「船長、今度おやじギャグ言ったら、船から突き落とすから」
「おい! 俺の船だぞ! お前は新入りのくせに!!」
「そんなわけで、うちは別に貧乏じゃあないの」
ムスっとしている船長を気にせずに、元シンデレラが続ける。
「王家にそんなにお金が足りないなら、少し持参金に持っていく?」
「そんなわけには…」
「駄目よ!」
僕の言葉を遮って、妻が叫ぶ。
「あなたが苦労して貯めたお金よ。あなたが使うか、でなきゃ両親の老後のための貯えにとっておかなきゃ!」
「でも……」
そこで、妻がすすす…と僕に寄り添ってきて、ドキッとする。
「それに……私は王子様がいれば、ドレスも宝石も、贅沢な食事も必要ないの。王子様のそばにいられさえすれば……」
そう言って、上目遣いで潤んだ瞳に僕を映す……。
僕の好きな、翡翠の色の瞳に……。
ううううあああああああああああ…………っ!!!!!
無理だ! もう、無理だ!
愛する妻に、こんな目で見つめられたら、もう、無理だあああ!
僕は今、自分たちがどこにいるのかを忘れ、妻の腰をぐっと抱き寄せ、その唇に口づけをした。
長く、甘く、情熱的な。
妻の気を失わせてしまいそうなほど、激しい口づけをした。
しばらくして、徐々に理性が戻ってきた頃、妻に突き飛ばされてよろける。
「バカーーーーー!!」
顔を真っ赤にした妻は僕を罵倒し、そこから走り去ろうとして、くるりと振り向いた。
そして港の向こうを指さし、こう叫ぶ。
「出て行って!」
「え?」
「あなたが、この場から出て行って! 私は妹とお別れの最中なの! 私はここを動かないわ。だから、あなたがここを出て行って!!」
こんなに怒ったジャボット…じゃない、現シンデレラを見たのは、初めてだった。
ヨロリと立ち上がり、妻の指さす方向に退出する。
「王子、ドンマイ!」
「お姉様が幸せそうで、私は満足ですよー」
フック船長のなぐさめの言葉と、無責任な元シンデレラの声をBGMに、僕はそこを去った。




