王子様のないしょ話6 王子様、元シンデレラを怒らせる
あれは結婚式の翌日、妻の妹である元シンデレラが、フック船長の海賊船に乗って旅立つのを、港まで見送りに行った時のことだった……
あの日の空は青く晴れ、まさに航海日和といった感じだった。
妻とその妹は手を握り合い、別れの言葉を交わしていた。
「元気でね」
「うん。お姉様も」
「ちゃんとフック船長の言うことをきくのよ?」
「もう、子供じゃないんだから!」
そんな様子からも、彼女たちが仲良し姉妹だということがよくわかる。
僕は彼女たちが存分に別れを惜しむことが出来るよう、少し離れた場所から見守っていた。
海賊船の船員たちは、忙しそうに船に荷物(航海に必要な水や食べ物など)を、せっせと積み込んでいた。
フック船長は元シンデレラに向かい
「今回は姉上に免じて大目に見るが、今後港を出るときは、お前も皆と一緒に荷物運びを手伝ってもらうぞ! 女だからと特別扱いはしないからな」と言っていたが、船員たちは嬉しそうにニヤニヤしながら元シンデレラに口々に呼びかける。
「大丈夫だよ、シンデレラ……じゃなかった女海賊Aちゃん!」
「荷物なんざ、俺たちがちょちょいと載せちまうから!」
「女海賊Aちゃんは、座って見ていればいいからね!」
「ありがとう! ……ね? 皆親切なのよ、お姉様。心配いらないわ」
「そうかしら。余計に心配になったわ」
二人の向こうに見える船長が、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしているのが見えて、僕は内心妻にそっと同意した。
二人は名残惜しいのか、まだ会話を続けている。
「お姉様、幸せにね。ずっとずっと、船の上でもお姉様の幸せを祈っているからね」
「ありがとう、もう本当に、シンデレラったら」
「お姉様、今はお姉様がシンデレラよ、しっかりしてね」
ああ、いいねえ。前にじいが『シンデレラの家族は本当は仲がいい』と言っていたけど、目の前の二人を見ていると、その通りだったなと思う。
「なんだか、私ばっかり幸せになってしまうみたいで、申し訳ないわ」
「お姉様、私は自分で選んだ道を進むの。だから幸せよ。お姉様も幸せになって欲しいの」
……この辺りまでは、良かったのだ。
「それより、お姉様、太らないように気を付けてね。舞踏会の時の食事、すごかったわねー。あんなのが毎日出てきたら、ダイエットしないとすぐ太りそう」
……ん?
「まさか。舞踏会はお客様が一杯来るから、あんなにたくさんのお料理が出されたんだと思うわ」
「それにしたって、豪華な料理ばかりだったものね。あれが全部出るとは思わないけど、毎日贅沢な食事になると思うわよー」
……んんん?
「美味しいお料理が出たら、調理長さん辺りに聞いて、レシピを送ってくれない? そのままを作るのは高級な食材が必要だから無理だろうけど、似たようなものに挑戦して、船長や船員の皆にふるまいたいの」
「わかったわ」
「ちょっと、待ったああああ!」
「どうしたの? 王子様」
「どうしたの? ……あ、……あなた……(ポッ)」
まだ言い慣れなくて、恥ずかしそうな様子で僕に『あなた』と呼びかける妻が恐ろしく可愛い!!!
が、それは置いておいて!!!!
「すまない……。二人に、主に元ジャボットに言い忘れていたことがある……」
「そんなに、叫ばなきゃいけないことなんですか?」
きょとんとする元シンデレラ。そうだろう、びっくりするよね。
「本来、結婚する前に伝えておかなければいけないことだった。でも、わざとじゃないんだ。……許してくれ」
「一体、どうしたんですか?」
「王子様ったら、大丈夫よ。お姉様はちっとやそっとのことじゃ、王子様への愛は揺らぎませんって」
僕は目が泳ぐのを止められないまま、……ああ、妻に目を合わせられないまま、わが家の真実を伝えた。
「王室は、今、貧乏だ」
「……はい?」
「王室には、今、金がない」
「………は・い?」
「せっかく嫁いできてくれたのに、あまり贅沢をさせてあげられない」
「……まあ」
「なん・で・すってえ?」
妻はびっくりしてはいたようだが、おっとりと頷いていたのに対し、妹である元シンデレラは怒髪天を衝く怒りの形相になった。
「ちょっと、どういうことよ! 貧乏? 王様ん家なのに? ありえないわ! ありえない!!」
「まあ、でもお金がないものはしょうがないでしょ?」
「しょうがなくないわ! 結婚してしまってから、こんな大事なことをカミングアウトするなんて、騙し討ちだわ!」
「それは、本当に申し訳ない。うっかり忘れていたんだ!」
「うっかりでは済まないわよ!!」
元シンデレラはなまじ美人なだけに、怒った顔が半端なく恐ろしい。
「お姉様、なんでそんなすぐに、納得しちゃうのよ! ちっとやそっとのことを聞かされたのよ! 今こそ王子様への愛を揺らがせるべきよ!!」
「さっきと言ってることが真逆だわ」
「お願いだ! 君の愛を失ったら、僕は生きていけない」
「大丈夫ですから。しっかりして」
こんな港の、大勢の人が見ている前で、僕らは何をやっているのか……。
フック船長もその船員たちも、他の港で働く男たちや彼らに昼ご飯を届ける女たちも、唖然として僕らをながめていた。
……ああ、僕は知っている。
この目は、道化師が軽い喜劇を演じている時に、それを眺める人々と同じ種類の目だ。




