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王子様のないしょ話4 恋に落ちた王子様

 親衛隊の少女たちの近くに、親衛隊と同じくらいの年齢の少女がいたのだが、その少女は固まってしまったかのように、全然動かないのだ。

 最初は人形が置いてあるのかと思った。


 人形のように可愛かったからだ。


 僕は顔の向きを親衛隊に合わせながら、視線だけその人形に向けた。


 髪は明るい色で、ほとんど金髪に近い。瞳の色まではわからないが、本当に可愛い顔をしている。


 そこで、思い出した。シンデレラ公募のときの三つの条件。

 まさか、いや、もしかして、彼女こそ僕の運命の人なのでは……?


(ああ、あれは人形なのか、人間の少女なのか、どっちなんだ……)


 祈るような気持ちで見つめていると……


「動いた!」


 その少女は、籠を持っていない方の腕を、胸の前に持ってきてギュッと握りしめたのだ。

 そして目を伏せ、何かを言っている?みたいだ。


 ああ、何て言っているのだろう。どんな声なんだろう。

 あの子はどこの誰なんだろう?


 やっぱり、彼女がシンデレラ……なんじゃないだろうか?


 いや、きっとそうだ!

 そうに違いない!


 それ以来、頭の中が彼女のことで一杯になった。


 そして何故か、感情の波が大きく揺らぐようになり、上機嫌になったかと思うと、怒りっぽくなったり、落ち込んだり、我ながら忙しい。


 両親はそんな僕を見て、首を傾げるだけだったが、さすがにいつも一緒にいるじいは、理由に気付いた。


「王子様、先日のパレードの日、シンデレラを見つけられましたね?」

「すごい! じい、どうしてわかったんだ?」

「王子様が、恋をされていますから」

「……こ、い?」

「はい」


 にっこりと笑うじいは、すごく嬉しそう。


 じいは時々こういう顔をする。

 古くは、一か月以上おねしょをしないで朝を迎えられた時。

 僕の身長が、じいの肩を超えた時。

 家庭教師の出す質問に、全問正解出来た時。

 僕がなにかしら”成長した”ときに、いつもじいはこんなふうに優しい笑みを(たた)えてきた。


「じいは、僕が恋をして、嬉しい?」

「勿論ですよ。王子様が、生涯の伴侶を見つけられたということですからね」

「……じいに、生涯の伴侶はいるの?」

「勿論いましたよ。今はこの世にいませんが、私は死ぬまで彼女を愛します」

「この世にいないの?それは、寂しいね……」

「そうですね。寂しいですが、寂しくないとも言えます。生涯愛する相手を見つけられたというのは、見つけられないよりはるかに豊かな人生を歩めるということですから」

「ふーん……」


 つまり、これはいいことなんだ!


 僕は安心して、あの日の少女のことを思い浮かべる。

 可愛かったなあ。また会いたいなあ。どこに行けば会えるかな?


 記憶というものは曖昧だ。どんなにその時、強烈な印象を持ったとしても、いつかは薄れていってしまう。


 あの日の記憶が遠のくとともに、彼女の顔も、徐々に徐々におぼろげになり、僕は焦った。

 必死で、あの時の顔を思い浮かべ、忘れないようにしがみつく。


 早くまた、会いたいよ! 僕のシンデレラ!

 

 シンデレラのことを思い浮かべると、同時に思い起こすことがある。

 彼女のママハハや義姉のことだ。


 この間のパレードでは、彼女は見学にくることが出来ていた。

 だから、僕があの日案じたように、家に閉じ込められたりはしていないのかも知れない。


 だが、改めて物語を読んでみると、彼女はママハハたちから家の仕事や何やらを押し付けられ、まともに衣服や食事、暖かい寝場所を与えられていないようなのだ。


 僕は義憤にかられた。


 たとえ僕と全く関係のない少女の話だったとしても、実の母をなくした子供が、ママハハや義姉からいじめられていると聞けば、すごく頭にくるし、助けたくなってしまう。

 ましてやそれが、僕の恋するシンデレラなのだ。

 今、こうしている瞬間にも、彼女はママハハたちからのいじめを受け、苦しんでいる!


 助けに行かなくちゃ! でも、どうやって?

 僕は彼女がどこに住んでいるのかも、わからない。


 となれば、困った時の”じい頼み”だ。


「ねえ、じい?」

「はい、なんでしょう?」

「この町で、ある人が住んでいる場所を調べるには、どうすればいいの?」

「それは、物語に直接出てくる方なのでしょうか?」

「うーん……わからない」


 我ながら間抜けな答えだと思う。役も名前もない人物だったら、そう言えばいいだけの話だし、こんな風にごまかそうとしても、物語の登場人物なのはバレバレだ。


「もしかして、シンデレラ様ですか?」

 やっぱり、バレた!


「またお会いしたいと思われる、そのお気持ちはわかりますが、舞踏会の日までお待ちください」

「待てないよ!」

「王子様……」


「だって、今だって彼女は、ママハハや義理の姉からいじめを受けているんだよ! それがわかっているのに、何も出来ないなんて、耐えられないよ! 舞踏会なんて、何年先の話なんだ? それまで黙って彼女の苦しみを放っておくのか?」


 バレてしまったからという開き直りもあって、僕は心の中にあった焦りや不満をじいにぶちまけた。


「僕は今すぐにでもシンデレラを助けに行って、ママハハや義理の姉をとっちめてやらなきゃ!」


「王子様!!」


 今までに聞いたことのない、じいの厳しい声音にビクっとした。

 恐る恐る顔を見ると、表情もすごく険しい。


「……じい?」


「王子様、あなたは今まで、この世界をどのように理解されてきたのですか? 確かにあなたはまだ子供ですが、『シンデレラ』という物語の重要人物である『王子』という役目を背負っていること、ちゃんとご存じだと思いました」

「……」


「この世界に生まれた以上、物語を(とどこお)りなく進行させなければいけない。その為に色々な役割があり、その役割を果たそうと、名前がある者ない者に関わらず、皆で一丸となって務めております」

「うん……」


「シンデレラ、というヒロインがいる一方、お話にはヒロインをいじめるママハハや義理の姉という”悪役”があります。でもそれは”悪役”というだけであり、それを演じているママハハたち本来の人物とは、関係がないのです」

「……そう、なの?」


 それまで、ずっと怖い顔でお説教していたじいの顔が、少し優しくなった。


「シンデレラのママハハは、誰も悪役をやりたがらないのを見て、このままでは物語の進行に支障をきたすからと、自らその役を引き受けた、高潔な女性だと聞いております」

「そうなんだ」


「それから、これは確かなスジから聞いた話ですが、シンデレラは『よい子タイム』こそ家事を押し付けられ、いじめられていますが、その時間が終わればちゃんとご飯を食べ、温かい寝床もあって、ママハハや義理の姉含め、家族仲良く暮らしているということです」

「本当に?!」


 これは、嬉しい知らせだった。

 可愛いシンデレラが、不幸ではない。この情報は、本当に大きな収穫だ。


「もう、じい。それを先に教えてよ!」

「申し訳ございません」

「でも、安心したよ。シンデレラは幸せなんだ。よかったぁ」

「……王子様」


 じいが居住まいを正し、僕の目を見て話しだした。

 これは、とても大事な話をする合図だ。僕も姿勢を正して、じいの目を見る。


「この世界は、《童話》を読む"よい子"のために存在する世界です。お話の筋にそって、そこからはみ出さないよう、生きなければいけない世界です。その為には、時にしたくないことをしなければならなかったり、したいことが出来なかったりする人々がいます。悪役と呼ばれる人たちは、その最たる存在でしょう」


「うん」


「王子様もまた、自分の自由にはならない人生を、これから歩まねばなりません。だからこそ、色々な立場にある人のことを理解し、広い視野を持たなければいけません」

「……うん」



「今はまだ、じいの話が全て理解出来てはいらっしゃらないでしょう」


「ん-……うん」


 じいがフフっと笑う。僕も笑った。


「でも、いつかきっと理解される時がくるでしょう。どうか、心の広い素晴らしい国王様におなりになってください」

「……はい!」


 この時じいが教えてくれたことは、何年も経って僕の()()()()()に会った時、本当に役に立った。

 僕が恋した相手はシンデレラをいじめる義理の姉、ジャボットだったのだから。


 僕はこの日のじいの言葉を、繰り返し繰り返し、思い返して心に刻み付けた。だから、彼女がジャボットであると告白し、逃げようとした時すぐにその手を(つか)まえることが出来たのだ。

 あの時のジャボットの表情から、彼女や彼女の母親が、それまでどんな目に合ってきたのか、すぐに想像がついた。


 もしじいから説教されていなかったら、僕もまた彼女を傷つける側の人間になっていただろう。


 僕はじいに感謝してもし足りない。

 例え『運命の相手は一目でわかる』とか『あなたが好きになる人がシンデレラ』だなんて、安請け合いしていたとしても。


 それに、じいの言葉は結局真実になった。

 ジャボット(悪役令嬢)だった彼女は、僕が好きになった人は、今()()()()()として僕の隣にいるのだから。


 僕の恩人であるじいはその後年齢を重ね、体の自由があまり利かなくなってきたということを理由に、この城を去った。 

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