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04 男爵家での日々

 それでもしばらくの間は、それなりに心穏やかに過ごすことが出来た。


 妹をいじめるDAYS、素に戻って仲良く過ごすNIGHTS。


 世間はともかく、家の中では父も妹も、それから執事とメイドを含めて、皆この家庭の事情をちゃんと理解している人ばかりなので、母や私のことを意地悪な人達という目では見ない。

 家族仲良く、和気あいあいとした雰囲気の中で過ごすことが出来た。


 ちなみに執事やメイドは昼のよい子タイムには部屋で休んで姿を見せない。


 夜の自由時間のみ出てきて、家事などを手伝ってくれる。


 物語の設定上、よい子タイムには妹が一人で家事をこなさなければいけないからだ。


 たまによその子供から私のことを “意地悪な義姉” として罵られることもあるが、そんな時は夜になるのを待って、妹がその子に直々「お姉様をいじめると承知しないわよ!」と殴り……いえ意見を述べに行き、私に二度とひどいことを言わない、という約束を取り付けて意気揚々と帰ってくる。


 私の可愛い妹は、竹を割ったような気持ちのいい性格だ。


 ところで妹の名前は、ストーリーの途中で私が名付けることになっている。


 それまではただの“名無し”ちゃんなのだ。


 そして私が名付けるその名前こそが《サンドリヨン》または《シンデレラ》。


 タイトルロールがバーンと示される重要な場面なので、私はこのシーンは特に緊張したものだ。


 いよいよその場面がやってきた。


 頭の中にセリフを叩き込んだ私は、精一杯意地悪そうな声で妹をあざける。


 『ぅあなたっていつも暖炉の灰にまみれているわね。本当にそうね。……そうだわ! これからはあなたのこと、灰まみれの”サン……ッ』


 噛んだ! 重要な場面なのに!


 『さんさんと太陽の光が射す明るい場所では、増々灰まみれの汚さが目立つわね!』


 お母さん、ナイスフォローありがとう。


 『そう! 灰まみれの《シンデレラ》と呼びましょう。それがいいわ、あなたのセンスって天才的ね。賛成』


 ついうっかり《サンドリヨン》と名付けてしまうところだった。


 名前については《物語進行委員会》でも《サンドリヨン》にするか《シンデレラ》にするかで大いに()めた末に、最終的に「やっぱり子供にわかりやすい名前の方がいいよね」という意見が大勢を占め、《シンデレラ》でいくことになった、と昨日の夜になってやっとお達しが来た。


 《サンドリヨン》か《シンデレラ》か。


 名付けのシーンが近付いているというのに、どちらにするのかなかなか決まらず、こちらもずっとやきもきしていたのだった。


 まったく、ペロー地方の“シンデレラ《物語進行委員会》”ときたらグダグダだ。


 グダグダと言えば私のセリフもだ。シンデレラの名付けのシーンを見ても、実に不自然であることがわかると思う。


 これには理由があり、私のセリフは二人分ある。元々シンデレラの義姉は二人いたのだが、ここでは私が一人で喋っているので、二重人格者みたいなことになってしまっているのだ。


 何故そんなことになってしまっているのか聞いてみたところ、義父からこんな答えが返ってきた。

 

「それなんだが、本当は母一人に娘が二人いる別の母子がこの家に来ることになっていたんだがね」


「え? そうなんですか?!」


「悪役を演じるのを嫌がって、逃げてしまったんだよ……」


 なるほど……。


 確かに街中を歩いている時でさえ「ほら、あの悪役の…」とコソコソ陰口をたたかれるのは、地味にストレスが溜まるのでよくわかる。


「このままでは、物語が進まなくなってしまう、と皆が困っていた時に『では、私がママハハを()ります』と立候補してくれたのが、君のお母さんなんだよ」


「そうだったの?お母さん」


「ごめんね、お前まで巻き込んでしまうというのに。でも皆さんが困っているのを黙って見ていられなくなってしまって……」


 うん、お母さんてそういう人なのよね。昔から私にも「人には親切にしなさい」って言ってたっけ。


「その姿を見て、皆が嫌がる役を進んで引き受けようとする優しさと勇気に、私は彼女を愛してしまったんだよ」


お義父様は少し頬を赤らめて告白した。


「もったいないお言葉です、あなた」


「いやいや、私の方こそ、君のような女性はもったいない平凡な男で」


「平凡だなんて、そんなこと…」


「君は素晴らしい女性だ」


「あなた…」


「お前…」


 お父様とお母さんはすっかりイチャイチャモードになった。


 私は二人にあてられてそぅっと退出した。

 幸せそうで、何よりだ。


 まあそんな調子で、うちの家族は結構上手くいっていると思う。


 ………………私一人を除いて。

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