33 メリットとデメリット
「もしかして、さっき言いかけていたこと……ですか?」
「そうだ」
王子様が四阿のベンチを指さす。
「とりあえず、一度落ち着いて座ろうか」
人が座るために設えられたベンチは、さっきからずっと誰にも座られることがないまま、辛抱強く出番を待っていたように鎮座していた。
四人で座ると丁度いっぱいになり、フック船長の体が大きい分少し手狭に感じる。
先ほどと同じで、空には満点の星、かすかに聞こえてくる音楽、花の香りがほのかに漂っているが、男女四人がぎゅうぎゅうに座っていて、ロマンティックな気分は吹き飛んでしまった。
「では、おさらいしよう」
王子様が語りだした。
「僕は、何年も前からジャボットのことを見て気になっていた。ジャボットがシンデレラだと思い込んで、ずっと君と結婚出来るものと思っていた」
「はい」と私。
「あ・はーん?」とシンデレラ。
「ほほう」とクック船長。
「そして今日、君がシンデレラではなく、義理の姉のジャボットだと知っても、君と結婚したいと思っている」
「はい」
「あ・はーん?」
「ほほう」
「シンデレラには事情を説明して、『君とは結婚出来ない』と説得するつもりだったが、どうやらそれは不要だと確認出来た」
「はい」
「その通り!」
「ほほう」
「えー……」
こほんと咳払いして王子様が言う。
「とりあえず、シンデレラと船長はしばらく黙って聞いていてくれませんか? 話に加わって頂きたい時がきたら、声をかけますから」
「イエッサー」とシンデレラ。
「これは失敬」とクック船長。
「そして、君も僕のことを好きだと言ってくれた。シンデレラに遠慮して僕と結婚出来ないと言っていたが、これはもう気にしなくていいと、君もわかってくれたね?」
「……はい」
隣で歓声をあげそうになったシンデレラを、クック船長が押さえている気配がしたが、頑張って王子様の言葉に集中しようとした。
「これで、僕達二人の間では、結婚への障害がなくなった」
「……はい」
「そう、ただしこの結婚にはまだ問題がある」
「さっきの、親衛隊の方々以外に、ということですよね?」
「そう。………君は多分、『物語の主人公』に課せられた重さを、十分把握していないような気がしているんだ」
「……王子様!!」
シンデレラがクック船長の制止を振り切って声をあげた。
「今、それを言っちゃうんですか?」
「もちろん。ジャボットにはきちんとこの結婚のメリットとデメリットを提示して、その上で僕を選んで欲しいと思っているんだ。それを教えないまま、なし崩しに結婚するのは、だますようなものだからね」
「だます……?」
その言葉の強さに驚いた。そして、シンデレラの反応にも。
王子様との結婚に、それほど大きな不都合なんて想像も出来なかったから。
シンデレラは何か知っているようだけど、今までそんな話が私達の会話に出てきたことはなかった。
王子様の言葉に神妙になったシンデレラは、俯きながら決まりが悪そうに、私の顔をちらっと覗くように見た。
いつもは開けっ広げなシンデレラの、こんな様子は初めて見た気がする。
「ジャボットも《シンデレラ》の話の結末は知っているね?」
「ええ。『シンデレラは王子様と末永く幸せに暮らしました』……です」
「そう。でもそれはつまり、一生をこの物語に縛り付けられる、という意味でもある」
「?」
「物語が終われば、町の皆は与えられていた役柄から開放される。パン屋の役だった者が木こりになってもいいし、なんなら他の町に移住しても構わない。その行先の町が受け入れを許可すればね」
「……はい」
「でも主役であるシンデレラと王子は、結末の言葉通り、一生をこの城で夫婦として暮さなければいけない。幸せな夫婦として。……例え途中で愛情が冷めて他に好きな人が出来たとしても、よい子タイムにはずっと仲良し夫婦の仮面を被らなければいけないんだ」
「……あ……」
「『末永く幸せに暮しました』は、祝福の言葉であると同時に、呪いの言葉でもあるんだよ」
雷か何かに打たれたような感覚がして、ベンチから立ち上がった。ゆらりと大きくめまいがする。
「呪い……?」
今まで見えていた世界の何かが、崩れていく感じがした。




