32 ガラスの靴とドレスの秘密
「私の代わりに、シンデレラとして王子様と結婚して頂けないでしょうか!」
初めて見るような、シンデレラの真剣な顔。その目は真っすぐに私の心を射抜いてきて、たじろがずにいられなかった。
「ま、待って。落ち着いて。シンデレラの役を降りる?ここまで来て?そんなこと許されるわけ、ないじゃない!」
なにしろ、《混沌の森》でちょっと目立っただけで、イエローカードを切られた過去がある。
もし主役を入れ替えたなんてことが知れたら……レッドカードは確実だ!
「私、ギロチンも、車裂きも、ミミズも、全部いやよー!」
「何を言ってるの?お姉様」
「町で聞いた噂よ。レッドカードを切られると、そういう恐ろしい罰が与えられるって……!」
「ああ!《物語進行委員会》のことね!」
ポンと手を叩くと、シンデレラはニカッと満面の笑みで言った。
「大丈夫! 私、ちゃーんと確認してきたんだから。……結局のところ、物語をきちんと筋書通りに進めることが出来ていれば、おおよそのところは問題ないみたいよ。皆さん、親切に教えてくれたわー」
「えっ、そうなの?」
それでシンデレラ、「親切に教えてくれた」と言った時に、どうして指の骨をボキボキ鳴らしたの? どんな風に確認したの?
あのイエローカードが送られてきて、シンデレラが怒りまくった夜のことを思い出す。
……あなた、あの後やっぱり《物語進行委員会》に行ったのね……。
「だから、私達の《シンデレラ》のお話で言えば、舞踏会で王子様とシンデレラが出会って、シンデレラに惚れた王子様がガラスの靴で探し当てて結婚すれば、大丈夫なのよ」
「待って、そのエンドにいたるまでに、既にいろいろ問題があるわ」
「え――?どんな?」
この子ったら、《シンデレラ》の物語を忘れちゃったのかしら?《シンデレラ》が《シンデレラ》たる、大事な小道具があるじゃない!
「靴! ガラスの靴! あなたのサイズでは私には入らないわ。古い《灰かぶり》のお話みたいに、つま先をチョン切らないといけなくなるじゃない」
「ああ! 靴ね! そういえば、お姉様に言ってなかったわ。この靴何回も何回も作り直して、結局私のジャストサイズには作れなかったのよ」
「ええ?!」
「何度やっても何故か私の足のサイズより大きくなっちゃってね。もうこれ以上作り直しするのも面倒だって、今は足の先に要らない布を丸めて入れて履いてるの。……見て」
スカートの裾をつまんで、右足を私に見せる。
一見ちゃんとフィットしているように見えるガラスの靴は、よく見ると確かに白い布がつま先に詰められていた。
「靴だけじゃないのよ。ドレスも実はお姉様の背丈に合わせて作ってるの」
「えっ? だって……今あなたにぴったりじゃない」
「そう見えるでしょ――? ぬふふふふ……見て!」
「じゃーん!」と言いつつ肩の裏側をめくって見せる。
ちょっとちょっと。素肌が見えそうになってるわよ。
ちらりと横を見ると、王子様とフック船長は律儀に両目を手で塞いで目隠ししていた。紳士だ。
安心してドレスの肩を見ると、内側がピンで留めてあって、えりぐりを浅くしているのがわかった。ピンをはずせば、丈が長くなるように出来ている。
「私ね、このドレス、お姉様に一番似合うデザインになるよう、作ってもらったのよ!」
シンデレラの言葉に、私の中で舞踏会の準備やメイクをしていた時のことが蘇ってきた。
――シンデレラの瞳の色を明るくしたような淡い水色のドレス
――ところどころグリーンの色がさしこまれている
――「お姉様のグリーンの瞳を引き立てる淡いブルーのシャドウを少しだけ」
最初から私に似合う色を選んでいた。今日のメイクも、ドレスと同じ色を使ってコーディネートしてくれていた。
「……私のために……?」
声が、震える。
何も言わず、笑顔で頷くシンデレラ。
ああ、シンデレラったら………もう!
あなたのためだと思っていた全ての準備が、私のためだったなんて!
やっぱり、あなた以上に心のきれいな女の子なんて、いない。姿だけじゃなくて、全部が美しい女の子。
………私の、大切な妹。
「ああ――、泣かないでお姉さま。メイクが落ちちゃう」
「遅いわよ。さっき一度泣いたわ」
「えっ、王子様。出会って間もないのに、もう泣かせたんですか?!」
王子様をキッと睨むシンデレラ。早とちりしないで、あれは幸せな涙だったのだから。
そして、当の王子様はというと、少し苦い顔をして私達を見ていた。
「待ってくれ。結論を早まらないでくれ。……シンデレラ、君には感謝する。ここまで環境を整えてくれていたとは思わなかった」
「王子様……?」
「ジャボットに『シンデレラ』になってもらう前に、話しておかなければいけないことがある」




