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30 このままでいいの?

「しっかりして、お姉様」

「ジャボット、気が付いたかい?」

 ……シンデレラと王子様の声に、意識が戻ってくる。


「……なにか、……熊のようなものを見たような……」

「熊みたいで、悪かったな」

「いや――――!」


 覗き込む大男に再び悲鳴を上げた私をシンデレラが慌てて(なだ)めた。

「ごめんなさい、私のお友達なの。怖くないから、ね?」

「……お友達……?」


 よく見ると、体こそかなり大きいが、なかなか整った顔をした男性で、身なりも上流階級のものを着こなしている。

 物腰も一見柔らかい……のだが、なんとも言えない迫力を感じるのと、さりげなく隠した右腕がカギ爪になっていることに気付き、悲鳴を飲み込んだ。


 また気絶してしまうと皆に迷惑をかけると思い、必死で気を保ちながら、恐る恐る声をかけた。

「あ、あの、あなたはどちら様ですか?」

「私はバリ地方で海賊船の船長をしている、フックというものだ」

 すると、さすがに博識な王子様は地名に心当たりがあったようで

「バリ、というとインドネシアの地名ですね。その辺りで海賊業を営んでいるのですか?」

 と尋ねる。しかし……


「違う!!」

 フック氏は体も大きいが声も大きい。


 王子様と私がその声の迫力にビクッとなるが、シンデレラはあっけらかんとしたものだ。

「王子様、違う違う。そっちじゃなくてバリ地方のピーター・パン町ですよ」

「そう、正確にはジェームズ・マシュー・バリ地方。お前さんたちが住むこの地域の正式名がシャルル・ペロー地方というように、な」


「ああ~あ、そのバリ地方でしたか。聞いたことがあります。ピーターという主人公のライバルで、海賊船の船長さんですよね」

「その通り」


 さすがに王子様はお育ちが良い。海賊相手にも礼儀作法を忘れない。

 ……まあ、海賊といってもつまりは私達と同じで、海賊の役を演じているのよね。そう思えばさほど怖くなくなってきた。

 でも、あの右手は本当にケガをして義手にしているのかしら?


 私の視線に気が付いたのか、フック船長は「これか?」とその義手を外してみせる。義手の下には右手があり、役を演じるうえでカギ爪の義手を付けているのだと教えてくれた。


「偽物の義手だったんですね」

「しかし、よい子タイムにはずっとこの義手をつけていなくてはいけないので、ムレて困るんだ」

 苦虫を噛みつぶしたような表情で言う姿は、なんだかちょっと可愛らしい。


「それで、シンデレラ。どこで船長さんと知り合ったの?」

「そう! だんだん話の核心に近づいてきたわ!」

 人差し指を立て、すっくと立ち上がるとシンデレラは語りだした。


「お姉さまは、私が最近カリブ料理に()っていたこと知ってるわよね?」

「ええ、カリブ海の海賊に憧れたんだったわよ……ね……」


「そう! 舞踏会が近付くにつれて『このままだと、本当に王子様と結婚することになる。それでいいの?』って焦るようになって。だって私は世界中の冒険物語が大好きなんだもの! 結婚して、この先の人生をお城に閉じこもって暮らすなんて、考えられない! つまんない!」


 王子様の前で、わ――っと腕をぶんぶん振り回す、自由すぎるシンデレラ。こういう女の子は周りにあまりいなかったらしく、王子様は少しびっくりしたような顔をしていた。

(すでにシンデレラのキャラに慣れていたらしく、フック船長は落ち着いていた)


「それでね、その時一番興味をもっていた”カリブ海の海賊達”の仲間になれないか、映画国のデ〇〇ニー地方まで行ってみようとしたんだけど、童話国の私は映画国の中に入れないのよね。それで今度は童話国の中で海賊が出てくる町を探してみたわけ」


「思い出した!あの『ビビディ・バビディ・ブ――』って呪文!あなたデ〇〇ニー地方に行こうとして、その呪文を覚えたのね」

「ウィ――、マドモアゼ――ル」


「いやあ、君の妹は割った竹をバネがわりにして、世界に飛び出しちゃいそうな娘だね」

 王子様がこっそり(ささや)いた。返す言葉がありません……。


「それでねそれでね、バリ地方のピーター・パン町に海賊がいるって聞きつけて、直談判(じかだんぱん)しにいったわけ」

「ここからは、私が話そう」

 フック船長がウロウロと動き回るシンデレラを座らせながら言った。

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