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29 カモン、船長

「君の妹に許可ももらったことだし、さっきの話の続きなんだけど……」

「あの、この体勢のまま、普通に話をしないでください……」


 王子様は腕の中でもがく私を不思議そうに見る。

「どうして?さっきだってこんな風に話をしていたじゃないか」

 ニコニコと話を進ようとする王子様に、別の意味でクラクラする。


「さっきとは、状況が違うじゃないですか!ほら!あそこ!!」

 どうにか腕を動かして、バラの茂みの向こうを指さす。その先には……


「エー?ワターシ、ナーニモ、ミテマセーン。はい、続けて続けて」

 茂みの奥から、シンデレラが盛大にニヤニヤしながらこちらを眺めているのである。

「妹の、家族の前でこんなの、羞恥(しゅうち)プレイですー!!」(じたばた)


「プ、プレイ…」(もじもじ)

 ポッと顔を赤らめる王子様。

「そこに反応しないでください!とにかく離してー!」(じたばた)


「だって離したら、君また逃げようとするでしょ?」

「に、逃げません。逃げませんからー!」(じたばた)


 ようやく腕をゆるめてくれたものの、手だけはしっかり握られたままだった。

「あの……この手は……?」

「保険だよ。君が逃げないように」

 素敵スマイルを浮かべつつ、そこだけは譲らない構えを見せてくる。


「まあまあ、手ぐらい妥協しましょうよ、お姉様」

 王子様に負けないくらいニコニコと嬉しそうなシンデレラ。もう、こんな状況全然考えてなかった。


「とにかく、大事な話があるんだ、ジャボット。……それから、シンデレラ。君とも」

「私もですか?」

 言いながらゴソゴソと這い出てきたシンデレラは、茂みの中でハーブの葉をつぶしたらしくローズマリーの香りを漂わせている。


 遠くに見えるお城の明かりや、月明りに照らされたドレス姿のシンデレラは、見慣れているはずの私でさえ息をのむ美しさだった。

 月の光の妖精か、舞踏会の音楽に誘われて降りてきた天使か。この世のものとは思われなかった。

 ああ、こんなにきれいな子に、恋しないでいられる殿方なんているかしら……


 ……という私の感慨を、二人はいとも容易(たやす)くポキポキと折ってくる。


「もちろん、シンデレラも話に加わってくれなくちゃ。近い将来、僕達は兄妹になるかも知れないんだからね」

「やだ――、王子様の妹だなんて、私すご――い!」

「いや、待ちなさい。あなたは妹どころか王子様のお妃になる予定でしょ!」


「でも、僕がお妃になって欲しいのは、ジャボットなんだ」

「わかりました!これから私がお姉様を説得にかかりますね!」

「なんで、あなたが私を説得するのよ!」


 突っ込みが追いつかない……どうしよう……。


「シンデレラ、あなたこそ王子様と結婚したくないの?」

 腕を組んだシンデレラは「う――ん」と唸り、

「そうね。まずその話をしなくちゃいけないわね」

 四阿(あずまや)の外を振り返ると、声をかけた。

「……船長、カモーン!」


「やっと出番か」

 トゲだらけのバラの茂みをかきわけて、ぬっ……と熊のような大男が現れ、四阿(あずまや)の中に影を落とす。


「ギャ――――――――!!」

 いきなり知らない男、それも壁のように大きな男が現れた驚きと恐怖で、私は意識が遠のき、そのまま倒れてしまった。

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