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27 夢よ、醒めないで

「好きです。……王子様が、好きです」


 一瞬驚いたように目を見開いたあと、王子様は優しく微笑み、その笑顔に負けないくらい優しい腕を私の背中に回した。


「僕も、好きです。君が、好きです。あのパレードの日からずっと、君のことが好きです」


 私を抱きしめる手に、徐々に力が込められる。王子様の存在が五感のすべてで感じられた。

 耳に吐息が、胸に鼓動が、密着する体から体温が、その全てが王子様は生きた人間だと教えてくれる。

 そしてうっとりとした口調でこう言った。


「シンデレラの代わりに、僕と結婚してくれませんか」


 しかし、その一言は私の目を覚まさせるのに十分だった。


「出来ま……せん……。それは、出来ません!」

 王子様の手を振りほどいて叫んだ。


「ど、どうして……?僕のことが好きだと、たった今言ってくれたじゃないか!」

 私の突然の拒絶に、王子様は呆然とした表情になる。その瞳は悲しそう。

 それでも……

「どうしても、ダメなんです!私がシンデレラの幸せを奪うわけにはいきません!」


「シンデレラを、知っているの?」

「私は、ジャボットです」


 それで、わかってくれたようだ。

「そうか、君はシンデレラの義理のお姉さんか」

「……はい」


 知られたくなかった。シンデレラをいじめる悪役の義姉。それが私だと。

 王子様もあきれているかも知れない。悪役のくせに王子様に告白して、ヒロインみたいに涙を見せて。


 私がジャボットだからと、敬遠してきた人達のことを思い出した。

 「悪者め」と石を投げてきた子供達、お母さんや私を見ながらコソコソと噂をしていた人達、ジャボットという名前を聞いたとたん、友達になるのを拒否した少女達。

 同じような目を、王子様から向けられるのだけは耐えられない。


 早くこの場から逃げようと立ち上がったが、それより早く王子様が私の手を掴む。

「行かないで」

「だめです」


「……君は、ずっと辛い思いをしてきたんだよね」


 私がジャボットだと、シンデレラの義姉だと知って嫌悪感を見せなかったのは、悪役仲間以外では初めてだった。

 驚いて振り返る。


「あのね、僕も役を背負う立場だからわかるんだよ。世の中の人が、役柄と現実の僕らを混同して勝手なイメージを押し付けてくるのをさ」

「はい……でも、王子様はいいイメージじゃないですか?」

「だからこその辛さもあるんだよ。……皆、僕のこと完璧な王子様だと思い込んでる。本当はさっき見られてしまったように、間抜けな奴なのにね」

ウインクして微笑む。

「でも、その期待に応えないといけない気がして、ずっと気を張り詰めて完璧な王子を演じてきた」

「……はい」


 私を見つめながら、王子様がため息をついた。

「こんな風に、恰好悪(かっこわる)い僕を受け入れて、好きだと言ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった」

 また、そっと抱きしめてくる。

「君だけなんだ。離したくない」


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 ……でも。


「やっぱり、だめです。あの子は物語の主人公の立場を全うして、今日のためにたくさん準備や早替えの練習をしてきたんです。王子様とのハッピーエンドのために……。それを知っている私が、シンデレラの幸せを奪うことなんて出来ません」

 そしてもう一度、王子様の抱擁を引き()がそうともがいた。


「シンデレラは、私の妹は本当にいい子なんです。ヒロインにふさわしい子です。役の上とはいえ毎日毎日家事をこなして、愚痴のひとつも言わないで、いつも明るく笑ってて……」

 そう、私は誰よりも知っている。シンデレラがどんなに素敵な女の子かってことを。

「心映えだって、とってもいいんです。性格も竹を割ったようで……」


 と、ここで王子様が笑い出した。

「待って。女の子に『竹を割ったような性格』って、誉め言葉なの?」

「誉め言葉です!さっぱりしてて、裏表がなくて、真っすぐで、前向きで……。それってとても素敵なことですよね?!」


 少しムキになって反論する私に、王子様が小さく頭を下げた。

「ごめん、その通りだね。君の言う通り、シンデレラは素敵な子だ」


 こんな風にすぐに謝ることが出来る、王子様も素敵。

 だからこそ、言わなきゃ。


「それに、とってもきれいな子です。あんなに美しい女の子は、他の街でも地方でも、そうそういやしないわ。シンデレラになるために生まれてきたような子なんです」


 (あの子を見れば、私のことなんてすぐに忘れられます)

 心の中だけでそう言い添えた。声に出したら卑屈に聞こえてしまうだろうから。


「………うーん。でも……」

 ここまで言っても王子様は引き下がらなかった。


「そんなに素敵な子なら、僕じゃなくたって、他にいくらでもその子を幸せにしたい男性が現れるんじゃない?」


 …………その発想はありませんでした。


「え?……えっと……」

「ね?そもそもシンデレラは僕のこと好きなのかい?シナリオがそうなってるから、僕と結婚しようとしてるだけなんじゃないかな。……そして、僕は君と結婚したい」

「でも、えっと、女の子にとって王子様と結婚することが一番幸せで……」

「それは誰が決めたの?シンデレラもそう考えてるの?ちゃんと確認した?」


 そのとき、ふといつかのシンデレラが言った「つまんなーい」という声が聞こえた気がした。

「…………あ……」

 王子様と結婚して、このお城に住んで、本当にシンデレラが幸せになれるのか……。

 あの日芽生えた小さな疑問が蘇る。


 考え込んでしまった私の手を、王子様はぎゅっと握った。


「これから僕の言うことを、聞いて欲しい。僕は、君のことが好きだ。もうずっと、何年も前からだ。これはわかってくれたね?」

「……はい」

「僕はシンデレラではなくて、君に僕と結婚して欲しい。……これも、了解?」

「了解、です」

 ここで王子さまはふっと軽く笑うと、私の手を握る力を少しだけゆるめた。


「ただ、正直言うと、僕と結婚することは、君にとっていいことばかりじゃない。色々負担をかけてしまうこともある」

「親衛隊の皆さんとか……?」

「親衛隊、か。それもあったな」


 《プリンス親衛隊》の人達が、王子様の結婚相手に良い感情を持たないだろうということは想像が出来た。

 それが例えシンデレラでも面白くないだろうし、ましてやシンデレラではないポッと出の女で、しかも悪役であるシンデレラの義姉なんて。


 でも、それ以外の障害なんて、何かあるかしら……


 王子様の言葉を聞いているうちに、徐々に王子様と結婚したいという気持ちに傾いてきているのを感じていた。

 長い間憧れ続けた王子様から、こんな風に私のことを思ってくれていたと告白されて、気持ちが揺らがない女の子なんているだろうか。


 その事実の前には、どんな障害だって大したことはないと思えた。

 例えどんなことだって、乗り越えられる気がする……


 そんな私を、一気に現実に引き戻す声がした。


「お姉様、どこにいるのー?」



 シンデレラだ。

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