25 君がシンデレラだよね
テラスに出た後王子様に導かれ、はずれに設えてある階段を降りて中庭の四阿へとやってきた。
四阿の周りにはバラのアーチやローズマリー、カモミール、ラベンダーといったハーブの茂みがあり、お城の窓からは見えにくくなっている。
辺りに花々の芳しい香りがほのかに漂い、空には満点の星、かすかに聞こえてくる音楽、そして目の前には憧れ続けた王子様。なんてロマンティックなシチュエーション。
ただ、まだ混乱の中にあった私は、こんな素敵な場面の中にいる自分を理解しきれずにいた。
というより、シチュエーションこそロマンティックだったが、王子様がロマンティックな気分でここまで連れてきてくれたとは限らない。
何といっても私はシンデレラの義姉、悪役令嬢ジャボットなのだ。
さっきの「君だ」だって、そうだ。「君がシンデレラをいじめる意地悪な義姉だね?」という意味かも知れないいやきっとそうだそれ以外に考えられない………
憧れの人を前にマイナス思考がぐるぐると渦巻いている私をよそに、王子様はとびきりのプリンススマイルで(なんて素敵な笑顔)こう言った。
「君がシンデレラだよね」
……………は……?
えっと……
…………んん?
今言われたことを聞き間違いではないか?と考えていると、王子様は気を取り直したように、もう一度プリンススマイルを浮かべて言った。
「きみが、シンデレラ、だよね」
……やっぱり、聞き間違いじゃない。「シンデレラだよね」って、「きみがシンデレラの姉だね?」ではなく「シンデレラだよね」って言った……。
「え……あ…あの……」
「いきなり、言い当ててしまってびっくりしたかな?でも……」
「違います」
「……え……?」
「違います」
今度は王子様が固まってしまった。(固まっていても素敵)
「違う……?」
「はい、違います」
「本当に……?」
「違います」
「本当……に……?」
「違い、ます」
そんなに何度も聞かないで下さい。あなたのシンデレラではないと、答えるのは私も辛いのです。
「じ」
……じ?
謎の一文字を漏らすと、王子様はくるりと後ろを向いて叫んだ。
「じいの嘘つきーーーーーー!」
……はい?
わけのわからないことを叫ぶ姿も素敵…と思おうとしたが、出来なかった。
初めて、王子様から「素敵」の形容詞が抜け落ちてしまった。
幻滅した、というのではないけど、何ていうか《絵に描いたような王子様》が違う《何か》に変化したような……上手く、言えないけど。
そんな王子様の姿に呆然としていると、くるりと振り返り「あ、これはすまない」と頭を掻いた。
……王子様、頭、掻くんだ。
「あ、変な奴だと思ったよね?ごめん、ひかないで」
今度は慌てたように手をパタパタと振る。
……王子様、慌てるんだ。
あわあわとしている王子様を見ていたら、なんだか笑いがこみあげてきた。遠い存在だった王子様が、とても近くにやってきた感じ。神話の中の登場人物が、目の前に現れたような。
「ふふっ……」
思わず笑ってしまう。
「ははっ……」
つられたように王子様も笑った。
二人して、笑った。
「あの、王子様、聞いてもよろしいですか?」
「なんなりと」
「先ほどの『じいの嘘つき』ってなんですか?」
「あー……あれは……」
王子様はまた頭を掻きながらその場にしゃがみこみ、目を泳がせてしどろもどろに話し出した。
「昔、じいに聞いたんだ。『僕のお嫁さんはシンデレラって人なんだよね?僕はちゃんと他の娘とシンデレラの見分けがつくと思う?』って」
少しもじもじとしたように指で地面に円を描きながら話す。私も王子様の隣にしゃがみこむ。
「そうしたら、じいは自信満々で『もちろんですとも!シンデレラはあなたの運命のお相手なのですから、ちゃーーんとひと目でわかりますとも!』ってね。『僕はちゃんとシンデレラを好きになるかなあ?』って聞いた時も『もちろんですとも!あなたが好きになる人がシンデレラですよ』とも言ってたな」
円を描く指先を見ていた王子様はおもむろに顔を上げるが、目の前の私と目が合うと、またすぐに下を向いてしまった。
「……えっと、そんな可愛い顔を近くで見ると、どうしていいかわからなくなるんですけど……」
今度はこちらがキョトンとする。
可愛い……、私が?
こんな綺麗な顔の王子様が、私なんかのことを可愛いなんて、冗談ですよね?
「私、別に可愛くないですよ」
しまった、本当に可愛げのないこと言っちゃった。
「可愛い、ですよ。少なくとも、僕は可愛いと思っていました。もう何年も前から」
「何年……も?」
今度こそ本当にびっくりする。
いつ?私、王子様とこんな風に直接会うのなんて、今日が初めてのはずなんだけど??




