24 何が起きているの?
とはいえ、まずは国王陛下夫妻と王子様が広間に入って来られないと、この場面は始まらない。国王ご一家が着席された後しばらくしてから、王子様にシンデレラ到着の知らせが来るはず。
ドキドキと心臓が高鳴る。
例えこの広間が大きいといっても、同じ空間の中に長年憧れ続けた王子様がいるなんて、もう多分二度とないチャンスだ。私達一家の身なりが地味過ぎて、部屋の隅に隠れるように着席したのも、もしかしたら運が良かったのかも知れない。
このキラキラした人たちの隙間から、しっかりと王子様の姿を目に焼き付けよう。
やがてその時が訪れた。高らかにファンファーレが鳴り、広間の正面のドアを侍従が恭しく押し開く。そのドアの向こうから、国王陛下と王妃陛下がゆっくりと入ってくる。そして、一拍おいて王子様が軽やかな足取りでその後に続いた。
そこにいたのは、あのパレードの日に見た時より、お城の門の前で一瞬だけ見えた時より、更に素敵になった青年だった。
まだ少年の匂いを残したパレードの日でも、既に国民全てを魅了するほどの美貌をたたえていたが、それさえ美しさにおいては未完成だったと知った。
私より三つ年上の王子様は、既に成人の儀を済まされている。
大人になった王子様は人としても美しさにおいても、まさに完成の時を迎えていた。
美の女神が究極の美しさを求め、意匠をこらして作り上げたらこうなった、と言われても皆信じるだろう。
プリンス親衛隊のメンバーらしき少女達も、やはりこの舞踏会に招待されていたようだ。
さすがにパレードや城門の前の時のような、耳をつんざく「キャ――――――!!」という声こそあげなかったが、押し殺した悲鳴のような声がかすかにもれていた。
彼女達の後方から、王子様の姿を追い続ける私もまた、感嘆の声をあげそうになりながら、彼の一挙手一投足を見もらすまいと見つめ続ける。
王子様は国王夫妻と一緒に、王族専用の貴賓席に着かれた。(座っている姿も素敵)
王子様はしばらくした後国王陛下に何か言われ(横顔も素敵)、立ち上がると来賓客の中でも爵位の高そうな貴族の方々に挨拶に立った。(立ち上がる姿も素敵)
しばしの間談笑された後、誰かを探すように辺りを見まわし(キョロキョロするお顔も素敵)、プリンス親衛隊を見つけると、微笑みながら(笑顔も素敵)彼女達に近付いた。
今度こそプリンス親衛隊の少女達は声を押さえることが出来ず、口元を扇で隠しながらも「きゃあ!」とか「ひゃあ!」とか小さい悲鳴をあげる。
私までつられて声をあげそうになったけど、お父様とお母さんが私からのただならぬ雰囲気を感じたのか、こちらに視線を送ってきたので、辛うじて我慢した。
プリンス親衛隊の人達は普段から王子様と接する機会もあるわけで、その中に顔見知りが出来ても不思議ではない。(なんて羨ましい)
王子様は親衛隊のリーダー格のような少女に声を掛け(さっきより近くで見えるお顔が素敵)、何かお話をしている。
リーダーさんは顔を真っ赤にしながらもおしとやかに受け答え。(やっぱり羨ましい)
他の親衛隊の皆さんも全員王子様に顔を向け、うっとりしながら見つめている。(うっとり、しちゃうわよね、うんうん)
その後またきょろきょろと広間を眺めまわし(右側横顔→正面→左側横顔→後ろと、あらゆる角度から見ても素敵)、ふとこちら側を見てにっこりと微笑み(スイートスマイル素敵)私達家族がひっそりとたたずむ方向に歩いてきた(こちらに近付く姿も素敵……え、近付いて……くる……?!)
事態を頭が理解出来ないうちに、それは起こった。
王子様が、神が造り得た究極の美貌にして長年の私の憧れにしてシンデレラへの嫉妬の原因にして長年の私の苦しみの原因にして、それでもやはり素敵すぎる王子様が、私の目の前に立っている。
私の、目の前に、立っている。
そして小さな声で言った。
「君だ」と。(お声も素敵)
…………ん?……君って、誰?……誰のこと……だろう……?
王子様は、思考が完全に停止したままの私の手を取り、ゆっくりとお辞儀をした。(なんて優雅な仕草……素敵)
ここまで来ても私は「もしかしたら、ゆうべの夢の続きかしら?」という思いを捨てきれずにいた。
だって、こんなのありえない……
お父様が慌てたように「ジャボット、ジャボット!」と呼んでいるが、まるで膜を一枚隔てているように遠くに感じる。
お母さんも「ジャボット、王子様にご挨拶なさい!!」と慌てているようだ。
ごあいさつ……ご挨拶……?
言葉の意味を理解しようとするけれど、頭も体が固まったまま動くことが出来ない……
いよいよ慌てだすお父様とお母さん、他の招待客もざわついているような気配を感じる。
と、王子様が小さく噴き出した。
「うん、間違いない。やっぱり君だ」
「……え?」
やっと出せた声は間が抜けていたけれど、それを合図に現実と思考を隔てていた膜が、シャボン玉が割れるようにパチンと弾けた。
「あ……えっと……王子……様……」
「お嬢さん、ダンスのお相手をしてくれますか?」
そう言うと王子様は、返事を待たずに私の腰を抱いて(腰を抱いて!!)、広間の中心へと踊りながら移動した。
プリンス親衛隊の中に、私の顔を覚えている人がいるんじゃないかと一瞬考えたが、「なんなの?あの子!!」「誰よ、一体!」「見たことない顔ね」と騒ぐ声に、私のことは誰も覚えていないようだとホッとして、王子様とのダンスに集中することが出来た。
夢の中でダンスした時よりもずっと王子様のお顔が近く、お肌のキメの細かさや瞳のブルー、ごく淡く青みを帯びた白目部分や、バッサバサのまつげなどがよく見えて、解像度がハンパない。そのうえ視界のほとんどをお顔が占め、没入感もハンパない。
目の前がクラクラして何度も気を失いそうになりながら、必死で王子様のリードに合わせる。
ところで自慢ではないが私はダンスが上手くない。いや、上手い下手というより、むしろ踊れない。
お父様を相手に一、二回練習したことはあったが、そもそも社交界にデビューする気がなかったので、教わっていても身が入らなかったし、「私もやる!」と言いながらシンデレラがお父様を投げ飛ばしてしまったので(妹は東洋の格闘技『ジュードー』と間違えたと言っていた)、それ以来我が家ではダンスの練習をすることがなかったのだ。
王子様のリードは、素人の私でもわかるくらい華麗で、且つ優しく、私の不慣れさをカバーしようとしてくれていたが、いかんせん私が下手過ぎるせいで、カバーしきれていなかった。
プリンス親衛隊が聞えよがしにクスクスと笑い、恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。
そんな私を見かねたのか、王子様は「あちらへ行こうか」と耳元で囁いて(ここで更に気絶寸前になる……囁き声も素敵)踊りながらさりげなく大広間の中央から部屋の端に移動し、テラスから庭へと連れ出した。




