23 舞踏会に吞まれる悪役令嬢一家
「男爵家ご一行様でございますね。どうぞ、お通りください」
招待状を確認した門番に案内され、馬車ごと中に通される。
門にも、馬車を停める為の中庭に続く道も、そしてお城の窓という窓からも、数えきれないほどの明かりが煌煌と輝く。
昔お母さんと二人で住んでいたアパルトマンはもちろん、今住んでいる男爵家の屋敷でさえ、こんなに贅沢にふんだんに明かりを灯してはいない。
まるで夢でも見ているような気分になって、お城の中の舞踏会会場である大広間へ向かった。
外から見ても明るいと思ったお城だったが、広間は更にあきれるくらいに明るかった。
柱という柱には沢山のランプが掛けられ、天井からも幾つものシャンデリアが吊るされていた。
一つ一つのシャンデリアには、ロウソクを立てられる皿が十ヵ所か二十ヵ所ほどあり、その外側に美しくカットされたクリスタルが飾られている。
ロウソクの炎をクリスタルがキラキラと反射して、いくら見ていても見飽きないくらいだった。
広間の片側には長い長いテーブルがあり、その上に食べきれるのだろうか、というくらいのごちそうが並べられている。
赤ワインソースを添えたローストビーフ、鴨のローストにはフォアグラがのっている。
サーモンのソテーにはオゼイユソース。
ビーフシチューに魚介のスープ、丁寧に出汁をとった透明なコンソメスープ。
スライスしたバゲットにはバター、スコーンにはジャムとクリーム。
サンドイッチの具ときたら、スモークサーモン、チーズにキュウリと10種類以上はあるだろうか。
プティフールにマカロン、マドレーヌ。クレーム・ド・カラメルに、フルーツゼリー。
赤ワイン、白ワイン、シャンパン、貴腐ワイン。
近頃南方から輸入されるようになったと聞く、コーヒーやホットチョコレートもあった。
最近になって自分でも料理をするようになったため、これだけの料理を用意するのにどれだけの人の手が必要だったのか、おぼろげに想像出来てめまいがしそうだった。
でもなんといっても美しかったのは、この場に集まった人々だった。
東洋から輸入した絹に金糸や銀糸を刺繍したタフタ地を、ドレス本体だけでなくフリルやギャザーに「これでもか」とふんだんに使ったドレス、ドレス、ドレス……。
色も春の空のような淡い水色、深い森のような緑、アメジストのような紫、夕陽のようなオレンジと彩りの洪水のようだ。
私が着るのをためらった真っ赤なドレスの貴婦人もいて、ドレスとおそろいの真っ赤な珊瑚のネックレスとピアス、メイクも真っ赤なルージュでキメにキメていた。
紳士の皆さんも、ご婦人方に負けず劣らず煌びやかだ。
絹糸で総刺繍されたウエストコートに、あふれるように豊かなレースのタイ。
カフに宝石を縫い付けている人もいる。
「これだけの人がこれだけ着飾ってくるって、壮観ね」
思わずつぶやくと、お母さんが心ここにあらずといった風に「そうね……」と返す。
お父様は何も言えずポカンと見とれるばかりだ。……お父様、お父様、お口が少し開いてますわよ。
田舎から出てきた貧乏貴族さながら(実際その通りなのだけど)といった風情の私達は、綺羅星のような人々の間をそそくさと通り抜け、ひっそりと広間の隅に陣取った。
ここに来る前は自分の衣装が派手なことがいやだったが、そんな心配することもなかったのだと、改めて気付かされた。
私みたいな地味な娘が少しくらい派手なドレスを着ていたところで、悪目立ちなんかしそうにもなかった。
自意識過剰だったと、恥ずかしさに顔が赤くなる。
……だいたい、あのセリフがいけないのよね。
「あのダイヤの帯は世間では滅多にないものなんだから」とか何とか。
でも、これだけ煌びやかな人々がいる中でも、目立って美しいのがうちのシンデレラという設定だ。
実際、仮縫いでドレスをまとった時のシンデレラを思い浮かべるだけで、目の前の美しい人々が霞んでしまうほどだった。
王子様に見染められ、王様さえ「なんて可愛い人だ」とつぶやき、この並みいる人々が「あの姫君は誰だろう」と噂しあう、そんな展開を背負うに相応しい美貌。
彼女がカボチャの馬車で乗りつけると、「見たこともない立派で美しい姫君が到着しました」と王子様に報告が入り、玄関まで直々にお出迎えするのだ。
王子様がお連れした姫君の美しさに、皆が感嘆のため息を吐く。
そして王子様はそのまま、十二時の鐘が鳴ってシンデレラがお城を後にするまでの間ずっと、彼女の傍から離れないのだ。
その視線はシンデレラに釘付けになったまま…………
私は静かにその瞬間を待った。
王子様がシンデレラに恋する瞬間を。私の失恋が決定的になる瞬間を。




