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22 ジャボット、白状する

 まずはお父様とお母さんと私とで馬車に乗り込み、舞踏会へ向かった。

 いつもは遠くから眺めているだけのお城が近付く。


 ……遠くから、眺めて……というか…………

 ……いや、いや、この際白状してしまおう。

 私は何度もこのお城の周りをウロウロしたことがある。


 例えば《混沌の森》の行き帰りに、買い物に出たついでに、もしかして王子様が出てくるところに出くわさないかと、淡い期待をかけて門の辺りを歩き回ったことがある。


 ……ことがある……というか…………

 この際白状してしまおう。

 《混沌の森》の行きや帰りにお城に来ることは日課でした。来てました。頻繁に。ほぼ毎日。


 とはいえ、目当ての王子様を見かける、なんてことは、まずなかった。

 私自身通りすがりのフリをして、門から離れたところを一往復するだけで帰ってきてしまうから、まあ当たり前だ。

 それでも一度だけ、たった一度だけ王子様を見るチャンスがあった。


 その日は門の前の様子がいつもと少し違っていた。年頃の少女達が大勢、門の前に集まっていたのだ。

 その様子に私はピンときた。


(この人達、《プリンス親衛隊》だ)


 あのパレードの日も、丁度私の近くで王子様(と王様と王妃様)を待ち、王子様が近付くとキャ――キャ――と声をあげていたっけ。


 聞いた話によると、どうやって情報を掴んでいるのかはわからないが、王子様の動向にあわせて、よくこうしてお城の前で待ち伏せしているのだそうだ。


 彼女達が妹を、王子様のお妃になることが決定しているシンデレラという存在を、どう思っているのかはわからない。

 自分達の夢を具現化する憧れの対象なのか、はたまた嫉妬の対象なのか。

 でも少なくとも、悪役である(ジャボット)に対して、良くない感情を持っていることは確実だ。


 王子様を一目見たいという欲望と、私の正体を彼女達に知られたくないという葛藤で挙動不審になった私は、とりあえず親衛隊の後ろで少し距離をとりながら、目立たないようにウロチョロ歩き回った。


 もしかしたら今日こそ王子様の姿を、彼女達のすきまからでも、チラリと一目見ることが出来るかもと、期待に胸をふくらませながら。


 はたして、その瞬間がやってきた。王子様の馬車がお城の門から出てきたのだ。


 と同時に「キャ――――――!!」という親衛隊の声があがる。

 余りの声量に耳を塞いでいると、王子様の馬車が私達のいる方向に曲がってきた。

 更にヒートアップする「キャ――――――!!」の声。


 悲鳴を上げながらも、馬車に接触しないよう、親衛隊の少女達が私のいる後方へと後ずさってくる。

 彼女達にとってはそんな風に王子様が見えるよう、且つ、近付き過ぎないように、隊列を変化させるのは慣れているようだったが、私の方は急な事態に対応出来ない。

 逃げようとして慌ててスカートの裾を踏み、転んで鼻をすりむいてしまった。

 うずくまる私を、彼女達は軽やかに()けていく。


 気付くと王子様の馬車に対して最前線(アリーナ)で鼻を押さえながら、無様に這いつくばっていた。


 王子様の馬車は止まることなくそのまま去っていく。

 多分、私のことなど目に入らなかっただろう。

 ……入らなかったと思いたい。


 恥ずかしさを押さえてやっと立ち上がると、親衛隊の人たちに囲まれているのに気が付いた。


「あなた、誰?」

「見ない顔ね」

「新入りかしら」

「誰か知ってる?」


 サ――っと顔から血の気が引いた。私がジャボットだと、シンデレラの義姉だと知られてはいけない!


「わっ私はっ、通りすがりの名もなき者ですっ!」

 無理のありすぎる言い訳を叫んで一目散に走り去った………



 あれはいつのことだったっけ?確か一年か二年くらい前だったと思うけど……。


 あの日あの場にいた親衛隊の人達は、今日の舞踏会に呼ばれているのだろうか?

 親衛隊は曜日や時間に関係なく活動するので、家事や仕事に追われる普通の町娘では務まらない。

 そこそこ金持ちの娘か、場合によっては高位の貴族のご令嬢も構成メンバーにいるだろう。


 ……ということは、確実にあの時の少女達の何人か(場合によっては全員が)今日の舞踏会に呼ばれているはずだ。


「私のこと、誰も覚えていないといいのだけれど……」


「何か言ったかい?ジャボット」

 心の声が表に出ていたらしい。

 お父様に聞かれて、慌てて答える。

「いいえ、その、お城に行くのは初めてなので、緊張しちゃって……」


 緊張の余り独り言をつぶやくという、不審な娘になってしまったが、お父様は気にせず優しく微笑んだ。


「そうだね。私も少し緊張しているよ。お城には何度か行ったことがあるけれどね。初めてのジャボットが緊張するのは当たり前だ。何も恥ずかしいことはないよ」

「そうよ。せっかくなんだから、あなたも舞踏会を楽しみなさい」


 お父様とお母さんはこんな不審な娘を励ましてくれる。

「ありがとう。そうするわ」


 そうよね、たった一度親衛隊の前で転んじゃっただけだもの。あの日のことを覚えている人なんてきっといないわ。覚えていたとしたって、私の顔までは覚えていないだろう。

 一番肝心な王子様は、馬車の高さからだと、誰かが転んだことにさえ気付かなかったに違いないし。

 根拠のない自信が芽生え、両親の言う通り今夜を楽しむ気分になった。


 後でそれが甘い認識だったことがわかるのだが…………

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