18 皆のアイドル、シンデレラ
そんなある日、シンデレラの衣装の早替えの練習を《混沌の森》ですることになった。
大がかりな仕掛けなので家の中での練習は難しい。
本番は家の庭で行うので庭先でやっても良いのだが、それだとよい子タイムが終わってからしか練習が出来なくなるので、昼間は《混沌の森》でやってみたらどうかと提案してみたのだ。
おかげでギャラリーの男どもは大喜び。噂が噂を呼び、《混沌の森》の広場はごったがえし状態。
せっかく広いところで練習出来るはずなのに、これでは台無しだ。
でも当のシンデレラはあまり気にしていないようで
「じゃ、行きましょうか!」と意気揚々だ。
男達は男達で「シンデレラちゃーん!」「がんばれー!」と楽しそう。
それに応えるシンデレラは
「おうよ!」と男らしい。
……それもどうなの。
シンデレラの名付けの仙女を演じるのはシンデレラに負けず劣らずのマイペースな女性で「はいはい皆さんお静かにー」とギャラリーを捌いている。
設定と違い、名付け親どころか、シンデレラとは最近になって初めて対面したのだそうだが、飄々とした彼女はシンデレラともウマが合うようだ。
「じゃ、私の合図でここのヒモを引っ張ってね」
「わかったー!」
「行くわよ! ……さん、はい!」
「ビビディ、バビディ、ブ――――!!」
シンデレラが何やらおかしな言葉を言ったせいで、仙女さんのタイミングがずれてしまった。
「え、今なんて?」
「だから、シンデレラが変身する時の呪文よ。『ビビディ、バビディ、ブー』」
シンデレラは自信満々だが、仙女さんが呆れたように手を振った。
「だめだめ!それは映画国のデ〇〇〇ー地方のシンデレラの呪文でしょ。うちはその呪文は使わないの」
「えー」
「それにどっちにしろ、その呪文を唱えるのはシンデレラじゃないわ。デ〇ズ〇〇地方でも魔法を使う仙女が言うはずよ」
「ぶ――ぶ――」
不満げな顔のシンデレラに、それでも男達は「拗ねた顔も可愛いな――」とデレデレだ。
「せっかく覚えたのに――」
「どこで覚えてくるんだか」
私は妹を宥めて、苦笑しながら持ってきたバスケットを差し出す。
「ちょっと休憩にしましょう。お昼、皆の分もあるわよ」
このところ毎日シンデレラの代わりにお弁当を作っているので、少しだけ料理の腕は上がっているはずだ。
ペロー狼が「よっこらしょ」とおじさん臭くつぶやきながらやってきて、早速バスケットの中を覗く。
「今日のこれは、何だ?」
「ハニーマスタードチキンのサンドイッチよ」
「ジャボットが弁当担当になってから、料理が一種類しかなくなっちまったな」
「文句があるなら、食べなくてもいいのよ」
「いや、文句はない!食います食います」
周りの男達が私達のやりとりを聞いて笑いながら言った。
「あんた、狼なのに生肉とか食わないんだな」
「俺は火が通った肉が好きだ」
行儀悪くモグモグとサンドイッチを頬張りながらペロー狼が答える。
「狼のくせに変わってるな」
「人間だって人それぞれだろ。狼だって狼それぞれだ」
「そういやあさ」以前ペロー狼と同じ赤ずきん町の住人だと言っていた男が思い出したように言った。
「あんたのこと『エロウルフ』とか呼んで悪かったな。『エロウルフ』っていうより『モテウルフ』だったな」
「えっ? モテウルフ?」
驚いた私は思わず、ガブ飲みしていたミルクティーをむせて咳き込むペロー狼の肩をつかんでいた。
「ちょっと初耳なんだけど! あんたモテてるの?誰に?」
「よせよ、あんなのモテてるうちに入らねえよ」
「ってことは、やっぱりモテてるんですよねー? 誰に? 誰に?」
「ぜひ聞きたいですねえー」
いつの間にかにじり寄って来ていたシンデレラと仙女さんがペロー狼に絡む。
「誰にモテてるんですかあー?」
「ねえねえ、ねえねえ」
一緒になってペロー狼を囲んで妙な踊りを踊りだした。やっぱり気が合ってるな、この二人。
シンデレラの奇行に免疫がなかった男達はちょっと面食らっていたようだが、すぐに立ち直ってペロー狼の代わりにべらべらと喋り出した。
「そりゃあモテるといったらヒロインにだよ」
「ヒロイン?」
「てことは……」
「「赤ずきんちゃん?!」」
「よせ! あんなガキ、女のうちに入らねえ!」
「いやあ、歴代赤ずきんの中でもかなり美人だって話だぜ」
「やめろ」
皆からからかわれまくっているペロー狼に助け舟を出そうと、口をはさんだ。
「赤ずきんちゃんて幾つだっけ?」
「…………六歳」
「ペロー狼の好みのタイプってどんなだっけ?」
「二十歳くらいの色っぽい女」
「確かに、好みとはずいぶんかけ離れているわね。対象外だわね」
私の言葉に皆がどっと笑った。
「そうだな、違いすぎる」「へえ――、狼は狼らしい趣味なんだな」と好き放題だ。
それで話題が変わるかと思いきや、仙女さんが
「それで、その六歳の美幼女赤ずきんちゃんに、どんな風にモテてるんですかあ?」と話を戻してしまった。
「…………」
憮然としてだんまりを決め込むペロー狼の代わりに、赤ずきん町の男がニヤニヤしながら話し出す。
「あんたら、ペローの『赤ずきん』の話の詳細知ってるか? お婆さんに化けた狼が寝ているベッドに、赤ずきんが服を脱いで入り込むんだぜ」
「「「「ええ――――――」」」」
私以外は誰もそのことを知らなかったらしく、盛大に驚きの声を上げた。
「断っとくが! 俺がそうしむけたわけじゃないぞ! 文句があるならペローに言え、ペローに」
この話題を嫌がるペロー狼をよそに、赤ずきん町の男は皆にせがまれるままに話し続ける。
「いや――、いくら子供だからって本当に裸にするわけにいかないよなって、肌襦袢を服の下に着ることになったんだが、このあいだのリハーサルの時、ガキのくせに『私のセクシーさが、狼さんに伝わらないわ』とか言い出して襦袢を脱ごうとするから、皆で慌てて止めに入ったんだよ。そしたら『いや!私、狼さんのお嫁さんになりたいの! だからユーワクするの!』ってきかなくて」
「おおう、おませさんフガフガ」
わかったからシンデレラ、鼻息荒くするのやめて。
そんな風に、この日のランチはペロー狼話を中心に盛り上がって終了した。
午後の練習も順調に進み、なんとか一瞬でドレスに早変わりしたように見える? かな? くらいのレベルまできた。あと何回か練習を重ねれば、スムーズに早替え出来るようになるだろう。
なんだか色々なことが穏やかに順調に進んでいる。来月にはとうとうお城で舞踏会が開かれるのだ。
五年前にパレードで見た王子様は今や素敵な青年になっている。シンデレラが隣に並び立てばすごく絵になるだろう。
今も少しだけチクチクと痛む胸を、深呼吸をして押さえこんだ。




