16 ああ、はいはい
「あー、ジャボットよう」
日が傾きかけた森で、グリム狼や鏡の魔女さんが手をつけずに帰ってしまったお弁当を皆に分けている時に、ペロー狼がモソモソと耳打ちした。
「ん?なあに?」
「こいつらはあんなこと言ってたが、あとおめえもよく自分で言っているけど、そんなに言うほどじゃねえぜ?」
ペロー狼に言わんとすることがわからず、首を傾げる。
「お前はちょっと、自分を卑下しすぎだと、俺は思うぞ」
「卑下しすぎ?」
ペロー狼は頭をカリカリと搔きながら、早口で吐き捨てるように言う。
「俺は、おめえもなかなかイケてると思ってるぜ。あ、勘違いするなよ!俺は別におめえに惚れてるわけじゃねえぜ。ただ、一般的な話として、悪くねえと思ってるんだからな」
「わかってるわよ」
クスクス笑いながら、ペロー狼の励ましを聞いた。
「別に自分のことブスと思ってるわけじゃないわよ。ただ、童話のヒロインには似合わないだけで」
「いや、いや。似合わなくねえよ。なんならおめえがシンデレラ役でも通じるんじゃないかと、いつもそう思ってるんだぜ」
「それは、さすがに言い過ぎ」
「俺も、実はちょっとそう思ってるぞ」
振り向くと、さっき私を散々「ブス」と言ってきた男の片割れだった。
「さっきはさ、あと、こないだも酷いこと言っちまったけど、そう言いながら『いや、そこまで悪くねえな』と心ん中じゃ思ってたんだ」
そうよ、さっきは一緒になって人の顔を何度もブスって言ってたくせに……。
「シンデレラに意地悪している娘っこだと思ったから、嫌がるようなことを言ってやろうと、あんなことを言ったんだ。でも、あんた結構可愛い顔してるぜ」
「え?え?な、何言ってるの!」
容姿を褒められた経験のない私は、どう受け止めたらいいのかわからず慌てた。か、可愛い? 私が? うそ!
すると他の男達までが近寄ってきて「うん、悪くない」「むしろ可愛い」「俺の嫁よりずっと可愛い顔してるな」「おい、お前の嫁さんにチクってやろうか」ドッと笑いが起こる。その中心で、私は真っ赤になって両手で顔を押さえた。
男達の一人が言う。
「髪だって金髪だし」
「これは、亜麻色っていうの。本物のシンデレラの髪はこんなボヤけた色じゃなくて、ツヤツヤした金髪よ」
「瞳だって緑色だし」
「こんなの、そこらの草っぱみたいな色だわ。エメラルドみたいなきれいなグリーンならまだしも……。シンデレラの瞳はサファイアみたいな深い青よ」
そう、顔立ちだけではなく、シンデレラに比べると、どこかくすんだ色の髪や瞳をしていることも、私のコンプレックスだった。
シンデレラの髪の毛は本物の金糸のようだし、瞳もサファイアブルー、全身が宝石みたいな女の子だ。
「ははは……テレている顔も可愛いぞ」
「もう!皆本物のシンデレラを見ていないから、そんなこと言えるのよ!」
「お姉様、呼んだ?」
突然聞き慣れた声がしてそちらの方を振り返ると、シンデレラが立っていた。
「今日のお弁当に、デザート入れるの忘れちゃって届けに来たの。皆さん、お姉様のお友達?こんなに沢山いるなら、もっといっぱい持ってくれば良かったわね」
「この人達とは今日仲良くなったのよ。あ、こっちはいつも話しているペロー狼。鏡の魔女さんとグリム狼は先に帰ったわ」
「そうなのね」
男達をかき分けながら「姉がお世話になってまーす」と笑顔をふりまき、私に籠を渡して
「良かったわ、今日はクッキーで。小さいけどそのぶん数があるから、1個ずつくらいなら人数ぶん行き渡りそう」とニコニコ笑顔でそのまま帰っていった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
さっきまで、私のことを「可愛い」「可愛い」と散々褒めそやしていた男達は、言葉をなくし顔を真っ赤にして呆けていた。
「あれが……シンデレラ……」
「なるほど、あれが、ヒロイン……」
「王子様に一目惚れされるだけあるわー……」
「「「「………可愛い――――――っ!!」」」
叫んでしまってから、ハッとなって男達が私を見る。
「あ、す、すまんな」
「いや、お前さんが可愛くないわけじゃなくて」
「シンデレラが可愛い過ぎなんだよな」
「なあ」
知ってた。
皆、シンデレラを見たらこうなるって。
そしてペロー狼のセリフは更に私の心を抉った。
「いやー、あんな可愛い子にいつもメシ作ってもらってたんだ……。もっと味わって食わなきゃいけなかったな。いやあ、しかし可愛い」
はあ? あんたいつも、あれが食いたい、これが食いたいと、好きなこと言ってたじゃない。二十歳過ぎの色っぽい女が好みだって、言ってたじゃない。それが、シンデレラの顔を見た途端、それ??
いいけどね、別に。全然構わないけどね。こうなるって知ってたけどね。けどね!
不機嫌になった私に気付いて、ペロー狼も男達も口々に謝ったが、別に謝ることではない。
シンデレラが可愛いことは事実だし、男という生き物が可愛い女の子に弱いのは仕方がないし、私の容姿がシンデレラより劣るのも事実だ。誰かを恨むべきことではない。
わかってる……




