15 狼、一世一代の告白
「今までお世話になったあんた達にも是非見てもらいたくて、今日はここに来たんだよ」
魔女さんの言葉から、今日は私達にお別れを言いに来たのだと察した。寂しい。泣きそう。笑顔でお別れを言わなきゃ、と思うのに涙が込み上げた。
でも、ここには私より、私以上に鏡の魔女さんとの別れを悲しんでいる狼がいる。その“彼”の方を振り向くと、グリム狼は首を90度に曲げて俯き、わなわなと体を震わせていた。下を向きすぎて顔が完全に見えなくなっていたが、目がある辺りからボタボタと大粒の水分が地面に落ちる。
鏡の魔女さんはペロー狼や私に目で頷くと、グリム狼の前に立った。
「ねえ、グリム狼。顔を上げなくてもいいから、私の話を聞いてくれる?」
「…………」
無言のままコクコクと頷く。
「私達の物語が終わった話は聞いているよね?それで、前から言っていた通り、しばらく旅に出ようと思うの」
「…………」(コクコク)
「いつかはまたここに戻って来るつもりだけど、多分長い旅になると思うわ」
「…………」(コクコク)
「それで、……えーと、何から言えばいいかしら……。そうだ、さっきの言葉、もう一度言ってくれる?」
「…………」(コク……ん?)
グリム狼は意味をつかみかねて顔を上げる。涙と鼻水でひどい顔だ。
「ざっぎのごどば?」
「ああもう、ちょっとこれで鼻をかみな」
魔女さんからきれいなハンカチを差し出されて、グリム狼は思わず後ろに下がる。
「ご、ごんなぎれいなバンガチ、もっだいねえズ」
「面倒だねえ。ほら!」
無理やりハンカチを鼻に押し当てられたグリム狼は、観念して盛大に鼻をかんだ。
「これでよし。で、どう?何て言ったか思い出した?」
「え?えっと……さっき、さっき言ったこと……」
頭をかきかき、考え込んだ後、ポン!と手を叩く。
「おい、今何つった?」
ペロー狼と私、こける。
「あんたねえ、そんなこともういっぺん言わせてどうするのさ」
「じゃあ、えーっと、えーっと……あ……」
再び顔を赤くしたグリム狼は、恥ずかしそうに伏し目がちになりながらも言った。
「姉御は、俺が知ってる中で一番きれいな女性っス!顔もきれいだけど、何より一番きれいなのは姉御の心っス」
鏡の魔女さんはくすっと笑いながらつぶやいた。「そこじゃなかったんだけどね」
「え?」
「ああ、でもその言葉もすごく嬉しかったよ、有難う。こう見えても若い頃は何度か見た目を褒められたことはあったんだよ。でも、これまで出会った男達は容姿しか褒めなかった。男にとって、女は見た目だけに価値があるんだな、と感じたもんだよ。連れて歩くと自慢出来るような、さ」
「……はい」
「だから、心もきれい、なんて言われたのは初めてだよ。すごく嬉しいよ」
「いや……ホントのことっスから……」
気が付くと周りの男達が、ニヤニヤしながらも魔女さんとグリム狼のやりとりをそっと見守っていた。邪魔しないようにと、口に人差し指を立てて「シッ」とか言い合っている。
「それと、私が本当に聞きたかったのは、そのもっと後の言葉だよ。覚えてない?」
「もっと後…? えーっと………あ……」
「思い出した?」
更に顔を真っ赤にしたグリム狼は目をぎゅっと閉じ、大声で叫んだ。
「さすが、お、お、俺が惚れた女っス!!」
「はい、よく言えました」
魔女さんはニ……ッと満面の笑みを浮かべた。心なしかその頬がほんのり上気している。
「それでね、さっきの話に戻るんだけど」
決死の覚悟で一世一代の告白をしたグリム狼は、肩透かしをくらって目をパチパチさせた。私達ギャラリーも(え、戻るんだ)と内心で突っ込む。
「この後、私はしばらく旅に出るんだけど」
「う、うす」
「あちこち見て回るつもりだから、長い旅になるんだけど」
「うす」
「いくら童話の国とはいえ、女の一人旅はちょっと心細いだろ?」
「うす、心配す」
「だからあんた、私と一緒に旅してくれないかい?」
「うす……う……うす……?」
「あんたのとこも、もうすぐ大団円なんだろ?」
「……うす……来週の、予定……っス……」
「出発はそれまで待つからさ」
「……?……」
「私と、一緒に来てくれないかい?」
「……??……」
「出来れば、旅が終わった後も……一緒にいてくれないかい?」
「…………???………」
グリム狼は、何を言われているのかよくわからない、といった感じで、口をあんぐり開けたまま固まっていた。
でもそれはグリム狼だけじゃなくて、ペロー狼も私も、それから他の男達も皆呆けたように口を開いたままだった。
こんなことって……。
こんなことが本当に起こるなんて、考えてもみなかった。
(グリム狼、ごめん)
「あ……え、えと……」
「なんだい?」
「え……あ……お、俺、姉御と一緒にいて……いい……スか?」
「うん、そうして欲しいって言っただろ」
「俺なんかが……ずっと……姉御と一緒にいて……いいっスか?」
「だから、いて欲しいんだって」
「え、でも、俺、狼っスよ?俺じゃ、姉御に、釣り合わねえっスよ?」
「釣り合うとか釣り合わないとか、誰が決めるんだい?」
「で、でも…………」
ああん、もう!まだるっこしい!! 私はグリム狼に抱き着いた。
「おめでとう!グリム狼!!鏡の魔女さんを守ってね!幸せになってね!!」
「……ジャボット……」
「良かったね!本当に良かったね!」
「おめでとさん。俺も嬉しいぜ」
「……ペローの……」
他の人達も周りで拍手して「良かったな」「おお、カップル誕生か」と冷やかし交じりに祝福する。
「…………」
私とペロー狼に背中を押され、鏡の魔女さんに一歩近付いたグリム狼は、それでもまだ戸惑ったように黙っていた。
「私と一緒に来るのは、いやかい?」
「いや……い、いや…………」
「え?本当にいやだったのかい?」
「い、いや、…………い、イヤなわけないじゃないっスか!!」
鏡の魔女さんの手をグッと握って、グリム狼はまくし立てた。
「姉御がいやだって言っても、どこまでもついて行きやス!世界の果てだって、地の底だって!!」
「いや、どうせ行くならもっといいとこ行けよ」
ペロー狼がボソッと呟いたが、そんなこと構っていられないようだった。
「ふふっ、嬉しいねえ」
「俺の方こそっス!夢見てるみたいっス!天国に来ちまったみたいっス!! ……えっと、俺、死んでないっスよね?」
急に不安そうになったグリム狼に、皆どっと笑った。
「そうだそうだ、実は死んじまってんのかも知れねえぞ!」
「からかうなよ。まあ、幸せになれよ」
「とりあえず、頭ボーっとしたまま『赤ずきん』の本番で失敗すんなよ」
「そうだな。赤ずきん食って猟師に腹を掻っ捌かれる時、うっかりホントに腹を切られたりするなよ」
「今回の赤ずきんチームはそのシーンのギミック、すごいって噂だよな」
「へぇー、ちょっと見に行きたいな」
グリム狼も鏡の魔女さんも、すっかり皆と打ち解けてしまった。そしてきっとペロー狼や私も受け入れてもらえているはず。
今はここにいる人達だけだけど、こうやって少しずつ悪役も皆と同じなんだって、わかってもらえるといいな。それに私も名無しの人達の気持ちが少しだけわかったし。
準備があるからと鏡の魔女さんとグリム狼が連れだって帰るのを、皆で冷やかしながら見送って、しみじみと思った。




