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13 ラスボス《鏡の魔女》

 子供の頃、「一緒に遊ぼう」と言ってくれた女の子達が、私の名前を聞いた途端「友達にはなれない」と突き放したことを思い出した。

 お母さんと町を歩いているだけで、すれ違う人々がヒソヒソと噂話しながら私達を敬遠していたことを思い出した。


 名無しという安全圏から、物語の筋に直接関係のある私達を攻撃して何になるというのだろう。

 大抵の物語は悪役なしに進行出来ないのに、何故そんなに考えなしに悪役=悪人と決めつけて攻撃するのだろう。


 ただ背負っている役割が違うだけなのに。


 それに私の仲間達は皆いい人(と狼)ばかりだ。こんな風に悪人と決めつけられる覚えはない。


「おい、年甲斐もなく派手な服着た鏡の魔女!ババアの癖に可憐な白雪姫に嫉妬するたあ、笑わせるぜ」


「やめなさい!それ以上魔女さんを悪く言ったらただじゃおかないから!!」


「『ただじゃおかない』だってよー。やるならやれよ、意地悪ブ…ス…」


 薄ら笑いを浮かべていた男が、(ひる)んだ表情になって後ずさる。


「おい、今何つった?」

 気が付くと、グリム狼がさっきまでのしょんぼりウルウル顔とは似ても似つかない据わった目になり、怒りオーラをまとって私の後ろに立っていた。


「い、意地悪ブス…」


「それも許せねえが、その前!なんつった!!」


「え…と…」


「よりによって、鏡の姉御に『ババア』とかぬかしやがったな!てめえ!!」


 普段から声が大きいグリム狼だが、それさえささやき声だったかと思うくらい、割れ鐘のようなドスのきいた大声で男に迫った。

 その迫力に、さっきまでの勢いはどこへやら男達が「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げながら、私達を遠巻きにしていた人々の中に紛れようとする。


 が、その遠巻きにしていた野次馬達も後ずさっていたので、結局紛れ込めなかった。


「おい、逃がしてくれねえのかよ」


「元はと言えば、お前らがあいつらに突っかかってたんだろ?なんで俺たちがお前らの盾にならなきゃいけないんだよ」


「お前らだって野次とばしてたじゃねえかよ」


 それまで彼らが投げつける悪意に負けまいと、気を張っていた私は、コソコソと言い合う彼らを見ているうちに、なんだかガッカリしてしまった。


 私はいつも同じ町の中や時にはこんな風に《混沌の森》で「悪役」「意地悪な義姉」という冷ややかな視線を感じ何年もそれに苦しめられてきた。

 が、その正体はこんな中途半端な悪意で、「一体今まで何故こんな人達を怖がっていたのだろう」という気分だ。


「あーあ、バカみたい…」


 そりゃあ友達が出来ないのは寂しいけれど、その代わり私にはとびっきり素敵な妹がいる。

 王子様に意地悪な女だと思われるのは悲しいけれど、…うん、すごくそれは悲しいけれど、どうせ舞踏会の後は多分二度と会うことのない人だ。失恋した相手にいつまでも未練がましくしがみついても仕方がない。

 そう割り切ってしまえば、どうってことない。……きっと、いつかは割り切れる日が来るはずだ。


 だが思わず漏れた独り言を、例の二人組のうちの一人が聞き(とが)める。


「おい、ねーちゃん今なんつった?俺達のことバカみたいとか言ったよな?」


「別にあなた達のことじゃないわよ」


 面倒くさいなあ、もう。狼相手には強く出られないけど、私みたいな小娘にはこうやって強気に出るような奴なんだ。


 でもグリム狼が(そして今度はペロー狼も一緒になって)

「「あ あ ん ?」」

と凄んでくれて、今の男はまたコソコソ隠れた。


 その時だった。


「ねえ、あんた達?」


 振り向くと鏡の魔女さんが艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべて、ゆっくりと歩いて来た。

 凄んでもいないし、怒りの表情でもないけれど、「この人には絶対逆らえない」と思わせる不思議な迫力に満ちている。


 二人の男と野次馬達はまたもじりじりと後ずさったが、グリム狼に対していた時と違うのは彼らの表情が恐怖だけではなく、どこかうっとりと見とれるような表情が混ざっていることだ。


 さすが鏡の魔女さん。

 あいつらはババアなんて失礼なこと言っていたけど、魔女さんは白雪姫が大きくなるまで毎日魔法の鏡に「世界で一番美しいのはあなた」と言わせた設定に見合う美貌の持ち主なのだ!


 そして、私達は知っている。鏡の魔女さんは、白雪姫の物語が始まる以前にとても苦労してきたことを。

 子供の頃に両親が亡くなって親戚の家で働いたり、大人になって家を出てからは色々な仕事を転々としながらどうにか生きてきたこと。仕事を何度も変わったのは、行く先々で美貌に目をつけた雇い主やら上司やら同僚やらに言い寄られたり、それを断ると嫌がらせをされたりしたからだ。


 その後物語が進み白雪姫の継母である王妃の出番が近付いたのに、誰にするか全然決まらなくて皆が困っているのを見て、この悪役になろうと立候補した

(この辺は私達シンデレラ町の事情と似ている)。


 子供を持つことがなかった魔女さんは、よい子タイム以外の時間は白雪姫を本当の娘のように慈しんで育てた。


 世の中の酸いも甘いも知り尽くした魔女さんは、考えなしに人を傷つけるような奴らとは器が違うのだ!


「ねえ、さっきから聞いていれば、若い娘に随分な言い様じゃない?」


「え…あ、はい…」


「こんな可愛い娘に対して一体何回『ブス』って言ったの?」


「え…えっと…二回?です」


「四回…」

 私はすかさず小声で突っ込んだ。


「そうね、四回だったわね」


「え?そんなに言いましたっけ?」


魔女さんは半眼で彼らの顔をじっと見つめた後、「ふぅーー」っと溜息を吐いた。


「あなたねえ、若い娘の心に一生残る傷をつけるかもしれない、ひどい言葉を吐いておいて、それを何回言ったのかも覚えていないの?」


「い、一生残るなんて、そんな大げさな…」


「大げさじゃないよ!」


魔女さんが突然大声でピシ!と言い放ったので、男達は小さくなった。


「女は容姿を悪く言われることで、どれだけ傷つくか。殊に若い娘は死にたいほど悲しい思いをするもんさ」ピシ!


「そんな…大体女は顔かたちのことばかり気にしすぎじゃねえのか?」


「女が自分の容姿を気にするのは、男達が女の容姿しか見ないからだよ!」ピシ!ピシ!


 男達が何か言うたびに魔女さんがピシ!と反論し、その小気味よさに、ついつい聞きほれてしまう。


「まあ、なんだね。そもそもあんたたちは何故私達にいやがらせをしてくるんだい?」


「そ、それは…お前達が先に、主人公達にいやがらせをするからだろう?」


「いやがらせ?」


「ああ。狼達は疑うことを知らない赤ずきん達を食っちまうし、お前は義理の娘の白雪姫の若さと美貌を妬んで殺そうとするし、そこの小娘は義理の妹のシンデレラを下女代わりにこき使うじゃないか」


 すると野次馬達からも「そうだ、そうだ」という声が上がった。


「ふーん、なるほどねえ、そういう考えなんだ」

 魔女さんは右の眉をかすかに(しか)めて苦笑した。


「じゃあねえ、聞くけど、赤ずきんの祖母が狼に食べられず、赤ずきんも食べられず、普通にお見舞いをして家に帰ったら、お話は成立するのかい?」


「え…」


「シンデレラが義母や義姉からいじめられず普通にご令嬢として育って、舞踏会で王子様に見染められて、それで物語になるのかい?」


「いや…」


「白雪姫の継母が白雪姫を可愛がって育てて、美しく育つのを喜ぶだけだったら、お話になるのかねえ?」


「………」


「私達が住む童話の世界は殆どが勧善懲悪に出来ているから、悪役がいなくちゃ話が進まない。主人公は自薦でも他薦でも応募する人が殺到するからすぐに決まるけど、どの話も悪役はなかなか決まらない。誰だって悪役になんか進んでなりたいものか。私達悪役はね、それでもお話を進める為にと引き受けたんだよ。皆の為にね」


 鏡の魔女さんの話を聞いているうちに、最初に突っかかってきた二人組も野次馬達も、大人しくなっていった。

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