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12 イエローカードなんて怖くない

 振り返ると、あざやかな(くれない)のドレスを着た鏡の魔女さんが立っていた。


「良かったあ。まだこっちにいらっしゃったんですね!」


「あらあら、心配させちゃったかしらね。ごめんね」


 私も涙ぐんでいたが、グリム狼は私以上に両目から涙が(あふ)れかけていた。


「あ……姉御……まだ遠くに旅立っちまってはいなかったんすね」


「やだねえ。長年よき友人だったあんた達に、別れの挨拶(あいさつ)もなしにどこかに行くわけないじゃない」


「良かったっすよ、(あね)さん。もうこいつなんかしょんぼりしちまって手が付けられねえくらいで…」


 ペロー狼が正直にさっきまでの様子を話し始めたものだから、グリム狼が(あわ)てて遮った。


「ばっ馬鹿野郎! 別にしょんぼりなんか、してねえだろ! おっ俺はだな、姉御との別れを惜しんで、思い出に浸ってただけなんだよ!」


「つまり、しょんぼりしてたのよね」


「おいおい、ジャボットまで……」


 私達のやり取りを聞いて、鏡の魔女さんはクスクスと笑う。


 今日のドレスとも相まって、どことなく華やいだ雰囲気があった。


「……ん? どうしたの?」


 私の視線に気付いて魔女さんが振り向く。


「え、あの…今日はいつもと違って真っ赤なドレスなんだな、って」


「似合わないかしら?」


「ううん! 素敵!」


 ふと横を見るとグリム狼が口をパクパクさせていた。


 あ、ごめん。あなたも素敵って言いたかったのね。


 気を利かせたつもりでグリム狼に話を振る…が。


「ね、そう思わない? グリム狼?」


「いや……そ……や……あ――? ……え――……」


 なんとも挙動不審な返事と態度が返ってくる。


 もう、そこは「俺もそう思うっス!」とか「姉御、本当にキレイっス!」とか言えばいいのに。


「あらあ、やっぱり私には派手過ぎたかしらね?」


「そんなこと……」とフォローしようとした私を遮り


「そっ……そんなことねえっス! 姉御!どんなお城の庭に咲くバラよりもキレイな衣装っス! 夏の海に沈む夕陽よりも鮮やかな赤っス! でも、そのドレスより姉御はキレイっス! こんな真っ赤な服が似合う女は、姉御以外にいねえっス!!」


 おい、いきなり詩人か。でも、盛大な()め言葉に魔女さんもうれしそうに微笑んだ。


「ありがとう、お世辞でもうれしいわね」


「お世辞なんかじゃねえっス!!」


 魔女さんのドレスに負けないくらい顔を紅潮させてグリム狼が叫ぶ。


 余りに大きい声だったので、近くを歩いていた人達がこちらを振り向いた。


 まずい。

 また目立ってしまってる。


 でもこの時を逃したら、グリム狼は鏡の魔女さんに告白する機会をなくしてしまう気がして、そのまま見守ることにした。


「姉御はっ……姉御は、俺が知ってる中で一番きれいな女性(ひと)っス! 顔もきれいだし、スタイルもいいし、俺が魔法の鏡なら、毎日『あなたが一番美しい』って言ってたっス! でも、何より一番きれいなのは、姉御の心っス」


「まあ」


「生まれが狼で、それぞれ赤ずきんを食っちまう悪役に割り当てられて、()ねて不貞腐(ふてくさ)れてどうしようもなかった俺やペローのに、優しい声を掛けてくれたのは、姉御だけっした」


「おい、俺まで巻き込むな」


 ペロー狼が小声で突っ込んだが、グリム狼はそのまま続けた。


「姉御がいたから、姉御がいてくれたから、俺はちゃんと最後まで役を全うしようと思えたんス! 姉御がいなかったら、途中で投げ出して逃げてたかも知れねえっス!」


「そう? あんたのお役に立てたなら光栄だわ」


「姉御は、俺の、あと俺の世代のグリム童話『赤ずきん』の救いの女神っス! 感謝してもしきれねえっス」


「どういたしまして」


「それで……それでその…………あ、姉御は、この後どうするんすか? やっぱり……その……ここを離れるんスか……?」


「そうね、しばらくは色々な世界を見て回ろうと思うの。といっても、結局童話の世界からは出られないけどね。それでも色々な国を舞台にした色々なお話があるようだから、ちょっと見聞を広めようと思って」


「あ……そ……そうなん……スか………」


 グリム狼は見た目にもわかりやすくガックリと肩を落として項垂(うなだ)れた。


 その様子をペロー狼と私はハラハラしながら見つめる。


 と、グリム狼の恋路どころではない闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。


「おいおい、話を聞いてりゃ人食い狼がいっちょ前に人間の女を口説いてるぜ」


「相手は可憐な白雪姫を殺し損ねた魔女じゃねえか。ま、お似合いっちゃお似合いだな」


 悪意に満ちた声に振り向くと、先日の例の二人がニヤニヤしながらこちらに近付いてくる。


「おや、シンデレラをいじめる性悪ブス姉貴も一緒だぜ」


「おじょーちゃん、またイエローカードを切られたくなかったら、少しは大人しくしてるんだな」


 ああ、やっぱりこいつらだったんだ。


 もしかしたらと思っていたので、驚きはなかった。


 ただこんな風に、悪役というだけで他の人からは問答無用で悪い奴ら、攻撃していい奴らだと思われていることが悔しかった。



 ……悔しかった………

 …………あれ?


 この間中傷された時は、ただびっくりして、それから悲しかったけど、……うん、今は悔しい。


 悲しい、より怒りの感情が強い。


 どうして私の感情が変わったのかな。この間と違って皆と一緒だから?


 それもある。


 でも、今頭をかすめたのは、この間のシンデレラの怒った顔だった。


 本気で怒りまくっていた、あれは私の為だった。


 あの子が私の為に心底怒ってくれていた、そのことも私の力になってくれているのを感じて、足を踏ん張り言い返した。


「それがなんだっていうの? イエローカードなんて、怖くないんだから!」


「へーっ、今日は強がり言ってらあ。この間と全然違うじゃねえか」


「お仲間が一緒だからだろ。一人じゃ何も出来ねえ、顔も性格もブス女」


 ムカ――――! ブスって二回も言ったわね!!


 そりゃあ、シンデレラに比べたら器量はずっと劣るけど、それは認めるけど、平凡な顔だけど、でも別にブスじゃないもん!


 性格ブスは……少し当たってるけど、それも…認めるけど、でも私はいつまでも性格ブスでなんかいない。


 可愛いシンデレラの、あの子に相応しい姉になるって決めたんだもの。


 だから、負けない!


「そういうあなた達は何なの? 大の男が二人がかりで私みたいな小娘に悪口浴びせて、卑怯(ひきょう)じゃない?」


「はあ? 別に殴ったりしたわけじゃねえじゃねえか」


「お前の方こそどうなんだよ。お仲間はいたいけな赤ずきんを食う狼二匹と、ババアのくせに白雪姫の美貌(びぼう)に嫉妬するママハハとか、よくよく悪い奴ら同志でまとまって、まともな奴と友達になれねえんだろ?」


 なんか、微妙に本当のことを突いてくるところが憎たらしい。


 確かに私達には普通の役の友人は出来にくい。


 でもそれは私達が本当に悪い奴らだからということじゃなくて、私達を悪い奴らだと勝手に皆が決めつけて、近付こうともしないからだ。


「狼達は本当に赤ずきんを食べるわけじゃないし、鏡の魔女さんだって本当に白雪姫をいじめたり殺そうとしたりしてないわ。魔女さんは白雪姫から実のお母さんのように慕われているのよ!」


「口だけなら、何とでも言えるよな」


「そうそう、白雪姫は内心ママハハを恐れていて『本当にいじめられてます』って言えないのかも知れないぞ」


「そんなこと…!」


 気付くと、いつの間にか言い合う私達の声を聞きつけたらしい人々が、私達を囲んでいた。


「そうだそうだ」

「この悪役ども」


 野次馬達までが男達の味方をする。


 ああっもう! 悔しい!!

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